お詫びと訂正:セシウム137の記事
前の記事 に間違いがあったので訂正しました。セシウム137の濃度の基準を一桁小さく書いていました。お詫びして訂正します。
記事に間違いがありました。太字が訂正した部分です。申し訳ありませんでした。(4月17日訂正)
放射性の廃棄物について、香川さんという方から コメント をいただきました。
100bq/kgという、放射能汚染取扱い基準についてお尋ねします。
このレベルを超えるものを無資格の者に対処させる事は、法律違反なのではないでしょうか?
結論から言えば、137Csについては、1万Bq/kg以下の濃度なら放射線障害防止法の「放射性同位元素」に該当しません。ですから、この法律による管理対象になりませんし、放射線取扱主任者の選任も必要ありません。
■ 放射線障害防止法で定める放射性同位元素
私たちの身の回りのほとんどの物、また、私たち自身の身体も、放射線を放出しています。放射線の害を防止するためのいろいろな法律では、どの程度以上のものを放射性物質として扱うか線引きしています。
放射線障害防止法 と 放射線障害防止法施行令 では「放射性同位元素」の定義をしていて、その具体的な要件は 放射線を放出する同位元素の数量等を定める件 の第一条と別表第一に書かれています。
ややこしいですが少し辛抱して読むと、137Csについては数量で1×104Bq、濃度で1×101Bq/gとされています。つまり、絶対量が1万Bq以下または濃度が1万Bq/kg以下なら、この法律で定める放射性同位元素でないということです。
科学的には137Csはたとえ原子1個でも放射性同位元素ですが、法律では少量のものは該当しないんですね。法律の言葉は時として科学的に不合理です。
■ 100Bq/kgの基準とは
ところで、香川さんがお尋ねの「100Bq/kgという放射能汚染取扱い基準」が何をさすかがわからない・・・という方のために。
おそらく、原子炉等規制法に基づくクリアランス基準のことだろうと思います。これについては環境省がわかりやすい文書を出しています。
100Bq/kgと8,000Bq/kgの二つの基準の違いについて
この中では100Bq/kgは「廃棄物を安全に再利用できる基準」と書かれています。原子炉の廃材等であっても、建築資材やベンチ等として再生利用可能なレベルということです。また、8,000Bq/kgは安全に焼却したり埋め立て処分したりするための基準です。
■ 焼却・埋め立ての基準は「放射性同位元素」の基準より低い
まとめると
100Bq/kg 再利用できる基準
8,000Bq/kg 焼却や埋め立てができる基準
10,000Bq/kg 放射性同位元素として特別な管理をする基準
ということになります。
焼却・埋め立ての基準は「放射性同位元素」の基準の8割になっており、2割の余裕幅をもって放射線障害防止法に抵触しない数字になっています。
それから、香川さんは環境省のパブリックコメント募集について私の意見をおたずねですが、このブログでは事実関係の解説だけにとどめていますので、すみませんが回答はひかえさせていただきます。
4月9日に 海水中の放射能の基準値はどこに書かれているか で「早晩もっと緩めた基準が発表されそう」と書きました。
しかしその後も、東京電力が発表する福島第一原発付近の海水の数値には一貫して「炉規則告示」の濃度限度の何倍であるかが付記されています。ちなみに最新の発表(4月28日)では、2号機スクリーン海水中の濃度は、ヨウ素131がシルトフェンスの内側で1600倍、外側で250倍とのことです。4月2日に測定された「750万倍」が最高で、その後は減ってきました。
農産物・水産物・飲料水・避難区域・学校・・・と次々に暫定基準が定められましたが、海水については事故以前の基準(一般公衆の被ばく限度を年間1mSvとして定められた値)がずっと使われていることになります。
一方、原発から半径30km圏の外側の海水中の濃度は文部科学省が測定して発表しています。
福島第1原子力発電所周辺の海域モニタリング結果
これは炉規則告示の濃度限度に触れておらず、単に数値だけの発表です。
ところで、排水中の放射能限度の計算法に書いたとおり、この濃度限度は残留農薬等の基準のようにそれぞれの核種で判断するものではなく、含まれる核種すべての合計で評価します。
東京電力も文部科学省も、測定対象核種はヨウ素131、セシウム134、セシウム137の3つです。東電の発表にずっと「その他の核種については評価中」と書かれているのが気になります。
東電の最初の発表時(3月22日)には、海水中のコバルト58、ヨウ素132、セシウム136の濃度も記載されていました。これらの濃度限度との比はヨウ素131等よりも2~3桁低くなっていました。つまり、単純にBq/cm3で比較するとそれぞれの健康影響の深刻さを比べられませんが、濃度限度の数値で割り算することで比較できるようになります。
1000倍超の数値を発表し続ける意味を疑ってしまいそうになりますが、それでもこうして比較することが、多数の核種の中でどれが相対的に重要かを判断するために役立っていると言えるでしょう。
海水中の放射性物質濃度の「基準値」のありかを探した結果を昨日書きました。
その中で「色々こまかい規定は省きますが」として省略したことをちょっと追加しておきます。
排水中の放射性物質は、ヨウ素131やセシウム137などの個別の核種ごとの濃度で管理されるわけではありません。
それぞれの核種及び化学形ごとに告示の第六欄の数値で割って、それらの数値の合計が1を超えないようにします。人体への影響に応じて重みづけして管理するためです。
従って、たとえば「ヨウ素131が基準値の750万倍」と報道された 2号機取水口付近の海水(4月2日サンプリング、4月5日発表)) の場合は、炉規則告示の方法に従うなら、セシウム134の「200万倍」とセシウム137の「130万倍」も合わせ、さらに、測定されていない多数の核種があることを考えて、「濃度限度の1080万倍以上」となるでしょう。
ただしこれは「周辺監視区域外の水中の濃度限度」、つまり一般の人が立ち入る場所の基準ですから、現状で立ち入り禁止区域内の値と比較することに大きな意味はないと思います。また、この告示の前提となっている一般公衆の被ばく線量当量限度は年間1mSvです。
福島第一原発周辺の海水の分析結果は「基準値の○○倍」と報道されますが、その数値の上昇ぶりには本当に驚きます。4月5日にはついに「750万倍」と報道されました(FNNが1億倍と報道しましたが、これは海水でなく流入水そのものの分析値)。
分析値を扱う仕事に就いて24年、「基準値の750万倍」と聞くのは初めてですし、最後であってほしいものです。
幸い昨日(4月8日)の発表では最高で「基準値の6万倍」と減少しています。「幸い6万倍」という言い方も最後であってほしいです。
(東京電力が発表した分析結果:4/5、4/8)
こんな倍率が並ぶと、もとの「基準」は何なのかと気になります。報道では131Iで40Bq/Lが基準値だそうですが、食品衛生法に基づく飲料水の暫定規制値が300Bq/kgに対して、飲むわけでない海水の基準が1桁小さいことになります。
東京電力の発表には「炉規則告示濃度限度Bq/cm3(別表第2第六欄 周辺監視区域外の水中の濃度限度)」が基準であると書かれています。
この「別表第2」はどこで見ることができるのでしょうか?
私はかなり真剣に探しましたが、どうもインターネット上では入手できないようです。ただ、代用になりそうなものを見つけました。ちょっと詳しく説明します。
原子炉からの排水を規制する法律
国の放射性物質管理の根本にあるのは「原子力基本法」です。
それに基づいて「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」があります。
その第35条によれば、原子炉設置者は主務省令で定めるところによって、核燃料物質によって汚染された物の廃棄等について、保安のために必要な措置を講じなければなりません。
主務省令? 主務を担当するのはどこでしょう?
この法律の第23条で、発電の用に供する原子炉(実用発電用原子炉)の主務大臣は経済産業大臣とされています。
経済産業省のどの省令?
「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」(通商産業省令)に規定があります。
この第15条に、実用発電用原子炉から排水施設によって汚染水を排出する場合は、周辺監視区域の外側の境界における水中の放射性物質の濃度が経済産業大臣の定める濃度限度を超えないようにすることとされています。
ここまでは 原子力安全・保安院 > 法令 > 原子力 > 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律等 の法令を丹念に読んでいけばわかります。
告示はどこに?
問題は「経済産業大臣の定める濃度限度」です。これが「炉規則告示濃度限度(別表第2第六欄)」に書かれているのでしょう。
ところが、炉規則告示なるものは上記ページにありません。
検索しても公的機関のサイトでは見つからず、大成出版社という会社のサイトにあるのを見つけました。
実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量限度等を定める告示
この第9条に周辺監視区域外の濃度限度が規定されていて、排水の濃度基準は別表第2第六欄にあると書かれています。やっと第六欄に到達!
しかしこのページでは残念ながら別表は付けられていません。民間会社のサイトですし、本文を載せてくれているだけでもたいへんありがたいことです。
しかしここで諦めない
経済産業大臣が所管する原子力安全・保安院のサイトには原子炉からの排水の基準値が掲載されていないわけですが、原子炉を管轄するのは経済産業省だけでありません。例えば文部科学省は試験研究用の原子炉を所管しています。
発電用と試験研究用で排水の基準に差をつけるでしょうか?
おそらく差はないだろうと考えると、試験研究用の原子炉の基準で代用できそうです。
文部科学省の 原子炉等規制法による安全規制 のページには告示も含め多数の法令が掲載されています。その中に
試験研究の用に供する原子炉等の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、線量限度等を定める告示
があります。色々こまかい規定は省きますが、第六欄の値は次のとおりです。(単位はBq/cm-3)
131I(蒸気・ヨウ化メチル・ヨウ化メチル以外の化合物) 4×10-2 (40Bq/L)
134Cs(すべての化合物) 6×10-2 (60Bq/L)
137Cs(すべての化合物) 9×10-2 (90Bq/L)
東電発表の数値を割り算するとこれらの値と合いますので、少なくともこれらの核種については発電用と試験研究用の基準は一致しているようです。
なお、発電用原子炉の第六欄は「周辺監視区域外の水中濃度限度」であるところ、試験研究用は「排液中又は排水中の濃度限度」です。試験研究用の原子炉の場合は「周辺監視区域」が存在しないのかもしれません。(小規模だから?)
今後どう扱われるか
ただし、苦労して探しだした基準値(の代用)ですが、今となっては飲料水の基準よりも厳しいわけですから、早晩もっと緩めた基準が発表されそうです。ご覧のとおり核種ごと・化学形態ごとに詳細に決められた長大な表ですから、どのように扱われるか注意していきたいと思います。
2011/4/11 追記
同じ疑問を感じて調べたブログを見つけたのでトラックバックします。
福島原発13[海水中の濃度](ざちゅがく)
2011/4/15 追記
疑問を感じた方がここにも。
福島第一原発事故報道 海水 放射能汚染 基準(ニュースウォッチ11)
直接の言及はありませんがトラックバックしました。
放射能の暫定基準値(大槻義彦のページ)
私は放射線取扱主任者です。正確には第1種放射線取扱主任者免状を持っていて、7年程度の実務経験があります。今の仕事は放射線と関係ありません。
最近メディアやブログやtwitterで放射線に関する情報が飛び交っています。
でも残念ながら私には、一番だれもが知りたい疑問「現在や近い将来の福島原発周辺での放射線による健康影響は?」に答える知識がありません。
放射線取扱主任者は、放射線を扱う事業所が法律*に定められた色々な規制をきちんと守るために選任されます。私が主任者をしていたときには、放射性同位元素を使う実験計画が排気などの基準を満たすか計算したり、GM管で場の測定をしたり、液体シンチレーションカウンターで廃水の放射線量を測定したり、管理区域に立ち入る人たちに毎月バッチフィルムを配布して回収したりしていました。
国家試験には放射線の生体影響も出題されます。でもそれは、大線量を被曝した場合にどうなるかということと、小線量でも確率的な影響はあるということ程度です。基準を超えた放射線にどの程度被曝したらどんな確率でどうなるかについては詳しく勉強しませんでした。
それでも私にとっては最も苦労して取った資格です。大学入試・薬剤師試験・国家公務員試験はそれぞれ1回で合格しましたが、第1種放射線取扱主任者は3回受験してやっと合格しました。この試験の合格率はだいたい20%です。
そんな専門的な分野ですが、放射線に関する知識は、これから長期間にわたって日本に生活する上での常識になるのかもしれません。既にシーベルトやグレイが普通の言葉になってしまいました。
こんなことを書くとのんびりし過ぎていると思われるかもしれませんが、色々な測定・分析装置の中で私が好きなものの一つはGM管です。放射能汚染がない場所で測定したとき、GM管は「ザッ」「ザッ」という音を出します。その一つ一つは宇宙から来た放射線? それとも地面に含まれているカリウム40? GM管は、常に身近にある放射線を音にして聴かせてくれます。
もちろん、こんなイメージを描けるのは、1つ1つの音が聞き分けられる程度に放射線量が少ない場合だけです。私が測定していた程度の放射線とは桁違いの線量の中で原発の復旧作業を続ける人たち、ずっと避難している人たち、水や農産物の汚染・・・実験用の放射性物質の管理業務とは比べものにならない事態が現実に起こっています。胸が苦しくなります。
深く勉強している放射線取扱主任者の方も多いと思いますが、私の知識はわずかです。それを自覚しつつ、それでも何かあまり出回っていないことに気づいたら、ここに書こうと思います。
* 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律
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