書籍・雑誌

2024.09.15

「分析化学の基本操作」:3つのポイントに絞った入門書

新刊のご恵贈をいただきました。上本道久さん「分析化学の基本操作: 器具選び・試料処理・データ整理」(丸善出版、2024年8月30日発行)です。(私のウェブサイトでは「先生」を使わない方針なので、「さん」で失礼します。)

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詳しい紹介の前に、この本の内容からうんちくクイズを3問出しましょう。答えは記事の最後に書いておきます。

① 「時計皿」はなぜこの名前が付いたでしょうか?

② アスピレーターで圧力が低下するのは「○○効果」の働きです。○○とは?

③ LC/MSにも欠かせない窒素ガス発生機ですが、どんな原理で発生させている?

 3つのポイントに絞った入門書
この本は、わずか3章から成っています。3章とは副題のとおり「器具選び・試料処理・データ整理」です。
通常の分析化学の教科書にはこれらの他に個別の分析法の解説が書かれていて、ボリュームとしては個別分析法が7~9割といったところと思いますが、この本では個別の分析法をスッパリ抜いているところが特徴的です。

考えてみれば、教科書に書かれている滴定から蛍光X線からNMRまで全部必要という人は滅多にいないわけで、共通する3章だけに絞るのは良いアイデアです。使用する分析法が限られている場合は、この本+必要な個別分析法の本でまず勉強するのも良いように思います。

目次は版元サイトで確認できます。
「分析化学の基本操作」(丸善の紹介ページ)

 器具の図とうんちくが味わい深い
第1章「分析化学で使う器具」と第2章「分析化学における単位操作(基本操作)」では、図の充実ぶりがうれしいです。「化学図録」のようにカラー写真がふんだんに入っている本もありますが、「分析化学の基本操作」にはカラーページは無く、器具や操作法のモノクロの図が掲載されています。その図が簡素な線ながら正確で美しく、ピンチコック、試験管ばさみ、クランプ、ムッフ、洗瓶といった分析試験室にころがっているようなものまで、なんだかときめく絵柄です。また、それぞれの解説には冒頭でクイズにしたようなうんちくが含まれています。職人は道具にこだわると言われますが、誌面から器具へのこだわりを感じます。

類書に日本分析化学会(編)「分析化学実験の単位操作法」(朝倉書店、2004)がありますが、これは網羅的で分厚く高額な本です。「分析化学の基本操作」のカバー範囲は、一般的な器具や操作をほど良く選択していると思います。

 著者の主観が語られる
科学技術書ですから、もちろん文章のほとんどは文献に基づく事実なのですが、ところどころに著者の主観的な表現があって親しみやすいです。いくつか例を抜き出します。

分析化学の実験室に入っててんびん皿の清浄さを一目見るとその実験室の水準がわかるとはよくいったものである。(p.99)

あるあるですね。「天秤の水準器の泡が中央にあるかをまず見る」という話も聞いたことがあります。

(試料調達について)本項で気をつけるべきことを整理すると、試料の代表性、汚染、分量、変質、などであろうか。(p.93)

「であろうか」という散漫な印象の書きぶりが風流。

手袋の使用の是非は流儀もあるが、現在は常用の方向に傾いているようである。著者はフッ酸などの劇薬以外はあまり手袋を使わないほうで、素手の感覚を大事にしていた。(p.88)

「わかる~」と思いました。共著者が多いほど安全側に寄りがちですが、こんなことも書けるのが単著の醍醐味かも。

(白衣について)薄手半袖で、首でボタン留めする"ケーシー型"といわれる白上衣もあり、著者は(中略)この白衣を愛用していた。(p.87)

個人的なことですが、国立医薬品食品衛生研究所の上司だった故・伊藤誉志男部長が常にこの白上衣を着ておられたのを懐かしく思い出しました。

 注意点
知らずに買うと期待はずれが起こるかもしれない点についても、二つ書いておきます。

一つめは、第3章「分析値の信頼性確保」では他書を読むことを勧められるという点です。
この章は有効数字や不確かさなどを扱っていますが、詳しくは上本さんの既刊「分析化学における測定値の正しい取り扱い方」(日刊工業新聞社、2011)を参照するように書かれている箇所が多いです。この章を目当てに読むなら、「分析化学における測定値の正しい取り扱い方」を読む方が早いのではないかと思いました。

二つめは、前提となっている分析対象が主に無機物で、分析手法はICPや原子吸光だということです。そのため、特に前処理の章では環境分析や食品分析や医薬品分析などとは違いがあります。

 まとめ
以上ご紹介したとおり、この本には、単なる解説でない、ベテランの先輩から経験談や雑談を聞きながら教えてもらう雰囲気があります。また、化学分析を長くやってきた人にも、楽しく情報の整理ができる本だと思います。

【うんちくクイズの答え】

① 懐中時計のガラス蓋に形状が似ているから
② ベンチュリー効果
③ 空気中の酸素と窒素の吸着速度の差を利用した分離精製

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2023.09.21

本の紹介「人生は化学反応・化学変化」

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私は著書でメールアドレスを公開しているので、時々読者の方から質問メールが送られてきます。2019年3月頃、丸山晴男さんという方から分析機器に関する質問をいただきました。 たまたま共通の知人がいることがわかったため、何回かメールのやり取りをし、持っておられる私の「よくわかる最新分析化学の基本と仕組み」は初版の方だったので、第2版を送らせていただきました。その後も時々メールの往来がありました。丸山さんがこのほど本を出版されたのでご紹介します。

 丸山晴男さんについて
略歴は版元の書籍ページに書かれています。(Amazon等の書籍購入リンクもあります。)
人生は化学反応・化学変化(幻冬舎ルネッサンス)
岐阜県内の中学校・小学校・高校で42年間教諭や講師をされてきました。そのかたわら、自宅に「恵那エネルギー環境研究所」と「恵那ライブ気象台」を開設して研究活動や学校以外での教育活動を続けて来られました。

丸山さんの研究所と気象台には、太陽光発電システム、2種類の風力発電システム、太陽熱利用給湯システム、気象自動計測システム、ネットワークカメラ、放射線計測システムが設置されているとのことです。詳しくはウェブサイトに設置状況の写真などがあります。
恵那エネルギー環境研究所 総合 Web

また、丸山さんが講師を務められたオンライン市民講座の動画で、講義の様子がわかります。
食品の秘密(恵那市公式チャンネル)

 熱意ある実践の軌跡
「人生は化学反応・化学変化」で一貫しているのは「研究をしたい」「それを教育に生かしたい」という熱意で、自宅研究所を開設してだんだん充実させていった経緯や、活動ノウハウ、人生訓、それらを学校内外での教育で伝えてきたことなどが熱く語られています。

丸山さんの大学・大学院時代の専攻は応用化学科とのことですが、運営しておられる研究所は化学とはあまり関係がないようです。教職に就くため地元に戻る時、試験管、ビーカー、フラスコ、分液ろうとなどをそろえて持ち帰ったそうですが、個人で化学系の研究を続けることは難しく、模索の末に、発電システムや計測システムを使う研究をすることにしたそうです。
高額なシステムを設置するために自動車の買い替えを控えて中古車に10年以上乗っているといった裏話も書かれています。

また、本のタイトルにも表れていますが、人間関係をとても大切にされています。学生時代や仕事で出会った人ばかりでなく、メーカーへの問い合わせやメールで知り合いになった人に至るまで、人間関係を財産として捉えておられる姿勢に、特に学ぶことが多いと思いました。

 オリジナルの誌面デザイン
この本の版元は文芸書を得意としていて、理系の本はあまり扱っていません。そのため、誌面デザインは一から構築する必要があり、なかなかたいへんだったそうです。その際に「分析化学の基本と仕組み」を参考にされたとのことです。これは出版社が何百冊も出しているシリーズ本の一つで、誌面デザインは出版社が作ったものです。でも、似たような誌面のマニュアル本は多数の出版社から出ているので、参考にしたからといって問題にはならないでしょう。でき上った誌面は随所にベンゼン環が描かれている2色刷りで、すっきりしたオリジナルなものになっています。

「人生は化学反応・化学変化」の最後の方に「研究・活動協力機関,協力者」のリストがあり、私の氏名も載せていただいています。人間関係を大切にする姿勢を形にされたのでしょう。私は、最初に分析機器の質問にお答えしたということはありますが、これまでのメールでは出版や執筆に関するやり取りの方が多かったです。そんな話も参考にしていただけたのかもしれません。

 こんな人におすすめ
最後に、どんな方にこの本をおすすめできるか書きます。
間違いなくおすすめできるのは教育関係の方でしょう。教育実践の事例がいろいろ書かれているからです。
ただ、私自身は教育関係者ではないので、この本に書かれていることの新規性や有用性は判断できません。恵那エネルギー環境研究所ウェブサイト には講座メニューなど掲載されていますので、教育関係の方には判断できるのではないでしょうか。また、これから教員を目指される方には、自分の生き方のモデルとしても考えられると思います。

教育関係以外では、こんな人の参考になると思います。
 ・本業のかたわら研究をしたいと考える人
 ・エネルギッシュな生き方に触発されたい人
 ・個人で書籍を出版したい人
ただし「研究」については、普遍的に参考になるかどうかわかりません。というのは、論文リストを見る限り丸山さんの研究は教育実践に関するものがほとんどだからです。様々な機器を使用した計測・観測の結果どんな新しい発見があったかについてはこの本に書かれておらず、計測や観測の実践を教材として利用したことが書かれています。つまり、教材以外の目的で研究をしたい人にとっては、テーマの設定法など成果に直結するノウハウが得られるとは限らないかもしれません。

研究と教育にかける熱意、また、そのような半生を書籍という形にすることへの熱意が伝わってくる本です。そんな生き方に触発されたい皆さんに、本当におすすめです。

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2023.08.07

「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」

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分析法バリデーションに特化した学習用書籍、20年ぶりの刊行です。20年前に出た本は試薬会社による発行でしたから、出版社によるものとしては初めてではないでしょうか。価格が高めなので、購入判断のための情報が欲しいと思っている方がいるかもしれません。そのような方にも役立つように内容を紹介したいと思います。

 本の概要
「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」
香取 典子/著
2023年7月25日 発行
B5判 136ページ
6,600円(税込)

じほう社による書籍紹介 (概要、目次、序文を掲載)

42ページまでが本文で、ICH Q2に沿った分析法バリデーションの解説です。次にAppendixとして統計的な解析の解説が16ページ、用語解説が9ページ、資料編(ICH Q2(R2)分析法バリデーションガイドライン案、第十八改正日本薬局方第一追補よりクロマトグラフィー総論とシステム適合性)が56ページという構成です。

 ICHって何?
私のブログの読者で医薬品分析をしている人は少ないと思うので簡単に説明します。
ICHとは「医薬品規制調和国際会議」の略称です。医薬品の承認申請のルールを日米欧の3極間で調和させる活動をしています。詳しくは下記を参照してください。

ICH 医薬品規制調和国際会議 (独立行政法人医薬品医療機器総合機構)

ICHでは色々なガイドラインを合意していますが、それぞれのガイドラインには記号が付けられています。例えば品質に関するものにはQ、安全性に関するものにはS、有効性に関するものにはEといった具合です。
Q2は分析法バリデーションに関するガイドラインです。これは1990年代に合意されたものですが、30年近くぶりの改正という大きな節目に差しかかっています。また、新たにICH-Q14が合意されようとしており これは分析法の開発に関するものです。このように分析法バリデーションに関わるICHのガイドラインが大きく変わる時期であるために、「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」が刊行されたと思われます。
現時点で2つのガイドライン案は、各極におけるパブコメや寄せられた意見に基づく修正段階のようです。案(原文、和訳)や最新の進捗状況は下記を参照してください。

ICH-Q2 分析法バリデーション (独立行政法人医薬品医療機器総合機構)
ICH-Q14 分析法の開発 (同上)

 何が変わるの?
というわけで、「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」には、ICH-Q2の変更点と新設されるICH-Q14の内容が解説されています。主なポイントを紹介します。

・「分析法のライフサイクル」という概念の追加
・多変量分析法(近赤外分析など)に対応
・「特異性」は「特異性/選択性」に
・「直線性」「検出限界」「定量限界」は「稼働範囲」に
・「範囲」は「報告値範囲」に
・「頑強性」「システム適合性試験」はICH-Q14に

個人的には「報告値」という概念が新しいと感じました。これは、「測定値」が必ずしもそのまま報告されるわけではないからだそうです。言われてみれば確かに…と思います。

 食品分析や環境分析への影響は?
では、ICHにおける分析法バリデーションの変更は、食品分析や環境分析の分野にはどのように影響するのでしょうか?
ひとことで言えば、そんなにすぐに影響するわけではないと思います。ICHは医薬品の承認申請のためのガイドラインなので、直接関係があるのは製薬会社とその分析委託先です。いずれ日本薬局方に反映されるはずなので、そうなれば薬剤師の国家試験を受験する人も直接影響を受けるでしょう。
食品分析のGLPは厚労省の管轄ですし、薬品分析との技術的共通点も多い(ガスクロ・液クロが多用される、有機化合物の分析が多いなど)ので、日本薬局方が変わればそれに呼応した変更はあり得ると思います。環境分析はJISになっているものが多いので、薬局方は無関係と私は考えています。なお、私が知る限りJISに分析法バリデーションの規格はありません。(真度、併行精度、再現精度等の定義や求め方の規格はあります。)

 基本の解説もあり
ICHの変更点だけが解説されているなら読者対象はICHを熟知している人に限られそうですが、この本には「ゼロから学ぶ」と書名にある通り、変更点理解の前提となる基礎事項の説明があります。真度や精度の意味、統計の基礎(平均、標準偏差、母集団と標本、分散など)が書かれています。

 本を買うべき?読むべき?
それでは、この本を買うかどうか迷っている方のために、判断材料になりそうなことを書きます。書店で手に取ってみるのが一番ですが、それができない方は参考にしてください。なお、医薬品分析関係の方は職場で購入されるでしょうから、それ以外の分野を念頭に置いています。あくまで個人の見解です。

【買う価値がありそうな人】
〇分析法のバリデーションをする立場の人
〇分析法の論文を書く人
〇検量線の点数や精度評価の試行数をどうするか根拠がほしい人
〇分析法バリデーションに関する知識を整理したい人

【買うまでもないと思われる人】
ICH Q2(R2)案ICH-Q14案 を解説無しで理解できる人
△分析法のバリデーションをしない人
△自分の分野に波及してから対応すれば良いと思われる人

なお、ページ数のおよそ4割は「資料編」で、ここにはネットで無料公開されている文書が掲載されています。
ICH Q2(R2)分析法バリデーションガイドライン案(e-Govパブリック・コメント)
第十八改正日本薬局方第一追補

個人的には色々な情報を整理できて得るところが多かったです。このブログに書きたいトピックもあるので、おいおい記事にしていきます。

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2021.10.30

元同僚の中村優美子さんがエッセイ集を出版

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中村優美子さんは、私が国立医薬品食品衛生研究所大阪支所に勤務していた時代の同僚です。多数の論文で共著者になっています。大阪支所は2005年に廃止され、中村さんは廃止前に大阪府内の地方自治体へ技術職として転職されました。その後も私たちはずっと連絡を取り合っています。

このほど、その中村さんがエッセイ集を出版されました。中村優実子というペンネーム、タイトルは「記憶の残像」です。自費出版ですがオンラインで購入可能です。

 Amazonの書籍ページ
 楽天の書籍ページ
 紀伊国屋書店の書籍ページ

私は発売前にいただき、読み終えましたので、内容をご紹介します。とても興味深かったです。

題材は中村さんの子供時代、職歴と仕事内容、両親の介護と看取り、各年代で起こった災害や事件の記録などです。

ということが目次でわかりますので、正直なところ最初は、誰でも一冊は書ける、個人的な記録と満足のための出版であろうという想定で読み始めました。

けれども、ありふれているはずの素材が、なかなかの味を出しています。中村さんが見た夢や占いのことが多数織り込まれているのが大きな特徴です。

と紹介すると、ありふれている上に夢とか占いとか!?とさらに興味減退かもしれません。
しかし、両親の介護と看取りといった人生の大変な時期を淡々と描写する合間に夢の話を入れることで、著者の心情が間接照明のように伝わるという、独特の味わいがあるのです。

しかも、それだけでは現実味のない記述になってしまうかもしれないところ、仕事の話では科学技術や行政の用語が多用されて、著者が実社会での役割も果たしてきたことが理解でき、本全体として絶妙なバランスになっています。

私はかつて、大阪支所勤務時代の上司だった外海泰秀さんの退官記念誌もウェブで紹介しました。(外海泰秀さんの退官記念誌)大阪支所は無くなってしまいましたが、中村さんが本を出されたことによって、形のあるものがまた一つ残ったこと自体がうれしいです。

興味を持たれた方は、ぜひお求めください。
なお、仕事の話は概要解説のみですから、分析業務上の具体的なエピソードが書かれているわけではありません。

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2020.08.22

「すぐ身につく 分析化学・機器分析の実務」

化学分析実務に関する本の紹介です。
矢矧 束穂[編著] 瀬戸山 央[著]
「すぐ身につく 分析化学・機器分析の実務-基礎、前処理、手法選択、記録作成を現場目線で解説」
日刊工業新聞社 2020年3月30日発行

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発売後すぐに購入して途中まで読みましたが、ハイフンスラッシュ問題と化学分析員給与問題を深めていたため後回しになっていました。遅ればせながらご紹介します。

著者の所属は、矢矧(やはぎ)さんが神奈川県立産業技術総合研究所、瀬戸山さんが神奈川県産業技術センターとのことです。
2020/8/30 追記 現在は瀬戸山さんも神奈川県立産業技術総合研究所とのことです。)

この本で取り上げられている分析対象は、材料や異物の定性分析が中心です。材料の中でも金属やプラスチックなど固形物が多くなっています。環境分析や食品分析に携わっている方にとってはちょっとなじみのない分析対象かもしれません。

ユニークなのは本のコンセプトと構成です。章立てはこのようになっています。

 第1章 分析の基本
 第2章 分析によって明らかになること
 第3章 分析に必要な考え方
 第4章 分析をする上で知っておいた方がよいこと
 第5章 分析に必要なテクニックと周辺知識
 第6章 分析結果の報告
 第7章 分析機器の管理
 第8章 代表的な分析機器と測定例

実例として挙げられた分析対象の範囲は比較的限られているのですが、化学分析の実務を包括的に語ろうという意欲がうかがえる構成です。「はじめに」にはこのようにあります。

たしかに多くの教科書には、「どのように分析を進めるのか?」「分析でできることは何なのか?」という初学者や実務者にとって一番知りたいことが記載されていない。

そして、この本は「原理よりも手順やノウハウ、考え方に重点を置いてまとめた」とのことです。たとえば基本①定性分析という項目には

未知試料が対象となる場合の分析手順は、「前処理が不要または簡便な測定→前処理が必要な測定」「非破壊的な測定→破壊的な測定」「主成分の測定→微量成分の測定」という流れで進めるのが一般的である。

と書かれています。
科目としての分析化学の教科書にはこのようなことはあまり書かれていません。未知のものに挑戦する分析実務のロマンを感じます。

いっぽうで、試験室の中だけにとどまらないこんな記述もあります。

分析機器を管理する上では、事務部門のスタッフなどにも分析機器は設置環境により影響を受けることの周知や、実験室周辺での工事情報が事前に得られるような体制を整えておくのがよい。

振動や電源など、試験室の外から受ける影響もあります。事務部門とのコミュニケーションにまで言及するとは、行き届いた内容です。

個別の分析機器の解説は最終章にまとめられていて、次の10種類が取り上げられています。
XRF、SEM-EDS、UV-Vis、FTIR、Raman、XPS、NMR、HPLC、GC、ICP-AES
質量分析については原理の解説はなく、HPLCとGCのページにマススペクトルが出ています。

私の経験上ですが、「○○は含まれているかどうか?」「○○の濃度はどれだけか?」という分析は比較的答えが出しやすいものです。法規制や安全のための日常的な分析はだいたいこういう分析です。

それに対して「何が含まれているか?」から始まる分析は研究や問題解決が目的である場合が多く、非常に高度な場合もあります。この本は、このような問題解決型の分析に取り組む人、すなわち自分で分析手法や前処理法を選ぶ裁量権のある人が、メインの想定読者でしょう。

でも分析の仕事へのこだわりがあちこちに感じられます。この心意気は、どんな分析をしている人でも同じではないでしょうか。

興味を持った方は、版元の書籍紹介ページ に総目次と「はじめに」全文が掲載されていますので見てみてください。

なお、分析実務全般についての書籍としては2012年刊行のこの本もお薦めです。
「実務に役立つ! 基本から学べる分析化学」

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2017.09.02

「elements~メンデレーエフの奇妙な棚~」のマンガ化

科学技術振興機構の動画サイト サイエンス チャンネル に、実写動画 elements~メンデレーエフの奇妙な棚 があります。
古い動画ですが何とも言えない味わいがあって引き込まれます。このブログでも9年前に紹介しました(紹介記事)。

今年の3月にこの動画のマンガ版が刊行されました。

「元素に恋して マンガで出会う不思議なelementsの世界」
千代田ラフト[原作]、若林文高[監修]、きたがわかよこ[漫画]
創元社
Elements

原作の動画が素晴らしく良いので、果たしてマンガで再現できるのかなと思いました。書店で立ち読みしましたが、あの骨董品店の薄暗さがない白っぽい紙面で、ちょっと買う気が起こりませんでした。
図書館で予約したら3か月でやっと順番が回ってきました。
通読したら、立ち読みした時より少し印象が改善しました。

原作は骨董品店の主人(中高年男性?)が声だけで出演します。そこになんとも言えずミステリアスな雰囲気があります。主人の顔はメンデレーエフに似ているのかも・・・と想像します。

でもマンガでは主人が顔出しで登場。面長でカイゼルひげ、チェックのスーツに山高帽というスタイル。メンデレーエフには似ていません。

プロットはほぼ原作と同じようです。主人が女子高生に元素のすごさをわかりやすく面白く解説。女子高生との愉快なかけあいも原作の雰囲気が出ています。
原作はとてもミステリアスなのですが、マンガでは毎回いつの間にか主人が消えるという設定によってミステリアスさを出しています。

収録されているのは全9話。
第1話は周期表について、第2話は錬金術について。
第3話以降は個別の元素で、取り上げられているのは酸素、金、窒素、アルミニウム、水素、炭素、銀。

マンガをきっかけに久しぶりに動画を見返しました。やはり味わいがあります。最近の技術水準と比べたら画像の質はボロボロと言っていいですが、表現方法が巧みです。

冒頭で挙げた記事で書いた私のおすすめベスト3は、
1 (7)遅れてきた怠け者~希ガス~
2 (17)あやかしの元素たち~ランタノイド~
3 (18)金属の王~鉄~ または (6)永遠の元素~金~ (甲乙つけがたい。)
です。

それから動画のオープニングのナレーションがまたミステリアスなのです。本館サイトの「ふとした言葉」でも一部を引用しましたが(アーカイブ)、マンガ版の扉には全文が掲載されています。これが一番うれしかったりします。以下に引用しておきます。

昔、ある男が奇妙な棚を作り、予言をした。
私はこの棚に「世界のもと」を並べた。
そして棚には空きを残そう。
やがて棚の全てが「世界のもと」で埋まる日が来る。
男は、この世界の姿を解き明かす者。
すなわち、化学をなりわいとする者だった。
男の予言どおり、棚には世界のもとが放り込まれていった。
この棚には、世界の全てがある。
この棚の全てを知れば、
世界の全てを手に入れることが出来る……かもしれない。

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2017.07.17

マニアックな元素本「元素をめぐる美と驚き」

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文庫版の「元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで」(ヒュー・オールダシー=ウィリアムズ著、安部恵子ら訳、早川書房)を読みました。

実は2012年刊行の単行本も読んでいましたが、最後までしっかり読む気になれず後半は斜め読みでした。
今年4月に文庫版が出て、上下巻に分かれているため電車の中などでも読むことができ、きちんと読み終わりました。

化学、特に元素の読みものが好きな方のために、どんな本か紹介します。

まず、初心者向けではありません。既にかなり元素に対する思い入れを持っている人向けだと思います。
その上、本当に楽しむためにはかなり欧米、特にヨーロッパの芸術や文学や歴史に関する予備知識が必要です。

著者は1959年ロンドン生まれのジャーナリスト。学生時代から元素の実物を集めることを趣味とし、芸術や文学や日用品がいかに元素と関わっているかを探求し、元素発見にちなむ各地へ旅をします。

絵画、銅像、彫刻、建築物、ドラマ、映画、詩、小説、果ては化粧に至るまで、元素がどのように活躍しているか述べられます。さらに、元素の命名に神話が使われていることなども。文化と化学を結びつけた膨大なエッセイ集になっています。

Amazonの宣伝文句には「古今東西の逸話を満載した科学ノンフィクション」とありますが、「古今」はあるものの「東西」はどうでしょう。ほぼヨーロッパです。著者が言うには、自然界にある元素のほとんどはヨーロッパで発見されたそうなので仕方ないかもしれませんが。ヨーロッパの文化の素養が無い私にとっては、興味を持続させながら読むのは骨が折れました。

そういうわけで、あまり元素マニアでない方には、まず「スプーンと元素周期表」をお勧めします。元素の面白さがストレートに来ます。このブログでも紹介を書きました(読み応えのある元素本「スプーンと元素周期表」)。これも文庫版が出ています。

が、しかし、「元素をめぐる美と驚き」の元素への思い入れには学びたいと思います。「私たちは元素との必然的な関わりを大事にし、楽しむべきだ」がこの本のメインテーマです。

「へぇ~」と思った内容を箇条書きにしてみます。

  • 炭素が経済の中心に余裕で居座っていられるのは、燃やすとあとかたもなく消え失せる唯一の固体燃料だから

  • メンデレーエフが最初に発表した周期表には、リスク分散のためにさまざまなレイアウトが含められていた。最終形に収まったのは何十年もあとのこと。

  • ジョゼフ・ライトが描いた「リンの発見」の絵。暗い部屋の中でフラスコの中のリンが輝いて神秘的。(参考リンク:3分でわかるジョセフ・ライト

  • アルゼンチンは元素にちなんで名づけられた唯一の国(銀を意味するラテン語argentumから)

  • 硫化カドミウム顔料には青色を除いた虹のほぼすべての色があり、この発見によってゴッホの時代の画家たちは、様々な色を突然使えるようになった。

  • スウェーデンの化学者が使った携帯型の道具「吹管」。分光器に取って代わられるまで使われた。鉱物を熱し、変化する炎の色から金属元素、蒸気の臭いから硫黄などの非金属、音から水の存在などがわかる。

一番印象に残ったのは、最終章、著者がスウェーデンの島にあるイッテルビー鉱山へ旅した話です。この鉱山はイットリウムの語源で、さらに他の6つの元素の発見につながった鉱物の産地です。歴史的な場所であるにもかかわらず今ではひっそりとしていることがうかがえました。
著者が誰もいない道を分け入って小さな鉱山跡にたどり着き、夢中で鉱物のかけらを拾い集める様子は、元素の発見をたどるようでワクワクしました。

冒頭に掲げたのはウィキメディア・コモンズで提供されているイッテルビー鉱山の写真です。

File:Ytterby gruva 2769.jpg
Description
Deutsch: Die Grube Ytterby auf der Insel Resarö in der schwedischen Gemeinde Vaxholm
Svenska: Ytterby gruva på Resarö
Sevärd.svg
Date May 2004
Author Svens Welt

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2013.07.26

分析屋さんの漫画「博士の白衣女子攻略論」

なんと化学分析試験室を舞台にした漫画が連載されていました。うかつにも知りませんでした。
香日ゆら「博士の白衣女子攻略論」(芳文社)
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この漫画の存在に気づいたきっかけは、日刊SPA!「ニッチな世界の[あるある]大全【6】化学検査技師は膀胱炎になる人が多い!?」(2013.07.08)で紹介されていたからです。

ところが、既に 2012年11月11日の朝日新聞の読書欄に書評が掲載されていたようです。
「理系の生態 フツーの目線で」
朝日新聞を購読していますが、コミックのコーナーはちゃんと見ていなくて全く気づきませんでした。

現在出ている単行本は1巻だけです。さっそく購入して読んでみました。
感想は…
作風はほんわかしています。好感が持てます。分析試験室の「あるある」がたくさん載っています。

「そういう研究とか別にしてないけど」
「じゃあ何してるんですかっ!?」
「分析だけど」
「まあ区別つかないわよねぇ…」

という調子で、分析業務の日々が淡々と流れています。
概要は朝日新聞の書評で的確に紹介されていますので、そちらを参照してください。

「分析屋を描いた漫画」以外のお勧めポイントですが…
好感は持てるけど強く印象に残るような何かがあるわけでもない…これが正直な感想です。

しかし、私は作者自身に対して興味を持ちました。お名前は「こうひゆら」と読むそうです。
漫画からは試験室の特色がつかめません。何が検体なのかさえはっきりわかりません。
登場するアイテムは、JIS、滴定、酸、白金皿、比色管、走査型電子顕微鏡、アセチレンガス(ICPか?)、液体窒素、CaとCdの標準液…
環境系らしいことはわかります。微生物の試験室もあるようです。
ブログツイッター から、作者は青森県在住で、漫画を描く以前は食品・水質・温泉などの分析業務に携わっていた ということがかろうじてわかります。
やっぱり分析業務にたずさわる(たずさわった)人は真面目で慎重なのです。私のブログで何回も書いているテーマ(?)「分析屋は口が固い」、その実例がまた一人見つかったように感じています。

2013/11/19 追記
第2巻が発売されたので読みました。
よりディープで自然なエピソードが増えたと思います。
詰まったろ過の様子を見て丹沢さんが
「ろ紙交換したら駄目なんですか?」
と質問するシーンが。ずいぶん成長したものですね。
残念ながら2巻で完結です。

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2012.11.20

「実務に役立つ! 基本から学べる分析化学」

ずっと待っていた本が出版されました。いつもの書評よりマニアックにご紹介します。
Kihonkara_3
実務に役立つ! 基本から学べる分析化学
平井昭司 編著
ナツメ社 2012年11月29日 初版
A5判 248ページ
2,100円(税込)

上記リンク(出版社サイト)でサンプルページと総目次を読むことができます。

 「よくわかる最新分析化学の基本と仕組み」と同じスタイル
私は4年ほど前に「図解入門 よくわかる最新分析化学の基本と仕組み」(秀和システム、2009年)を執筆しました。「実務に役立つ! 基本から学べる分析化学」は、書籍スタイルが私の本とよく似ています。
二色刷り・横組で、各項目が見開き2ページずつにまとめられ、左ページが本文、右ページが図解。コンピュータ関連書が主力の出版社から刊行され、対象読者は入門者、語り口はですます調で柔らかめ。
このスタイルの本は幅広い分野のものが多数出版されていますが、分析化学では私の本(以下、「基本と仕組み」と略します)が初めてでした。
「基本と仕組み」は出版社が予想していた以上に売れ行きがよく、発売以来Amazonの分析化学ジャンルでずっと上位をキープしてきました。需要があることが判明したわけで、2冊目、3冊目が必ず発行されるに違いないと思っていました。それが冒頭に書いた「ずっと待っていた」の意味です。

 充実の内容・買いやすい価格
「実務に役立つ! 基本から学べる分析化学」(以下、「基本から学べる」と略します)を手にとってパラパラ眺めてすぐにわかるのは、内容の充実ぶりです。まず6ページ分のカラー口絵で、電子天秤、ろ過や溶解、原子吸光分析装置の化学炎、地震対策された分析機器など、本全体のイメージを写真で伝えています。
本文ページは、本文と図解に加えて、左端に「キーワード」と「メモ」が隙間なく書き込まれています。また、図解ページの下欄に「現場活用のポイント」という枠があり、実際に分析操作をする際の注意事項がリアルに書かれています。
本文と図解を通読した後、さらに勉強したければ左端だけを読んでいけば、1冊の本で2段階のレベルの学習ができそうです。
執筆陣はベテラン12名。図や写真も丹念に製作されています。これで2100円は、専門書としては破格と言って良いでしょう。

 レベルはやや高め
「基本から学べる」は用語の使い方などが厳密で、その分、レベルは高めだと思います。
例えば、「純物質系標準物質」の項目は次のような書き出しです。

「標準物質は、測定装置の校正、測定方法の評価または材料に値を付与することに用いるために1つ以上の特性値が十分に均ーで、適切に確定されている材料または物質といえます。」

すべての項目がここまで難しいわけではありませんが、入門者がすんなり読めないかもしれない部分が若干あります。
「pH」は「ピーエッチ」と読むことがJISで定められていますが、出てくるたびにふりがなが付けられています。「ペーハー」と読む人が今でも多い現状を改めようという意志を感じました。

「専門用語を避けずに密度の高い情報を伝える」と「かみ砕いた表現で少ない情報を伝える」はトレードオフの関係にありますが、どちらかというと前者の立場を重視した執筆姿勢だと思います。

 親しみやすさの工夫も
このようにちょっと固めではありますが、親しみやすい誌面の工夫も見られます。
「萌えキャラ」ではないですけど、白衣に防護ゴーグル・マスク・手袋着用の男性キャラクター1名が随所に登場します。
そんなバリバリ防護スタイルの男キャラで親しめるのか?と思われるかもしれません。しかし、このキャラクター、遠心分離のために自分で試験管を振り回して目を回したり、実験時の装備の図解ではアップになり、ネクタイをしめて(その他のイラストはTシャツ)シリアスな上目づかいでポーズを取ったり、なかなか味わいがあります。

 無機分析中心
化学分析で扱う対象物質は幅広いですが、「基本から学べる」が前提としているのは主に無機分析です。マトリックスとしては金属・土壌・水など。分析対象は重金属やヒ素・無機イオンに重点が置かれています。
私は食品や薬品を対象としてきましたので、バックグラウンドの違いをあちこちで感じました。例えば
「Si、Al、Fe、Ca、Na、K、Mg、C、Ti、Cl、Sなどの元素は、一般的に大気浮遊粒子中に存在しています」
と書かれていて、「そうなのか!」と思いました。これらの元素を測ったことがないので気にしたことがありませんでした。実験室環境から常に混入してくる物質としては、フタル酸エステル類が真っ先に思い浮かびます。
また、フローインジェクション分析では「使用した装置は十分に純水を流して洗浄」とありますが、有機化合物を扱うラボではイソプロパノールを先に考えるのではないでしょうか。

 幅広い分析の実務に役立つ
ただ、対象分野の違いを感じるのは前処理の章と分析機器の章だけで、分析データの取り扱い、分析の品質保証、安全・環境への配慮の章などは、化学分析全般に共通しています。「基本から学べる分析化学」は、幅広い分野の分析実務者に役立つでしょう。きわめてコストパフォーマンスに優れた一冊です。

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2012.08.05

「固相抽出ガイドブック」

今日は「買うかどうか判断できる」を目標に書評を書きます。ご紹介する本は、つい先日出た「固相抽出ガイドブック」です。

Speguidebook

 買うのを迷う本の価格は?

金銭感覚は人によって違いますが、2,000円程度までの本なら、心を惹かれた時にパッと買えば?というのが私の立場です。他のものを少し我慢すれば工面できるお金だし、読んでみてハズレだったとしても、好奇心は解決されます。図書館で借りられるならそれもいいですね。

逆に10,000円を超える本は、個人で買うのは特殊な場合でしょう。そういう本は専門書であり、おそらく業務に関連しているはずですから、職場で買ってもらえるように努力して、無理なら諦める・・・というパターンが多いのではないでしょうか。

問題はこの中間の価格帯の本です。個人で買えないことはないけれど、迷ってしまいます。
しかも大きな書店が近くになくて、実物の立ち読みができず、ネット書店で買うしかないとなると、賭けのようなものです。
職場で購入を検討する立場の人にとっても、中身がわからなければやりにくいですね。
この書評では、そのような方たちのために判断の材料を書きます。

 本の概要

編・著者: ジーエルサイエンス固相抽出ガイドブック編集委員会
発行所:ジーエルサイエンス株式会社
発売所:まむかいブックスギャラリー
発売日: 2012/07/18
価格:6,300円
A5判 344ページ

何が新しいといって、アマゾンで入手できる本でタイトルに「固相」が入っているものが出るのはこれが初めてです。化学分析に携わる人なら、「固相」をキーワードに本を探した経験が一度や二度はあるのでは?勉強したいと思ってもまとまった本はなかなか無い、というのが固相抽出でした。
1986年発行の「固相抽出法ハンドブック」(K.C.Van Horne編集、久保博昭日本語版監修、加藤肇翻訳、ユニフレックス発行、4500円)という本がありますが、現在では入手困難です。

私は「固相」という言葉だけに反応して購入ボタンを即押ししました。

Spehandbook

 経験に基づくノウハウ、丁寧な作り

届いて通読した結果、本の内容は期待を裏切りませんでした。ユーザーが固相抽出のテキストに望むことはほとんど盛り込まれていると思います。

取り上げられている分野は、目次(発売所サイト) を見ればわかる通り、広範です。医薬品、食品、環境(水だけでなく土壌も)、バイオ、放射性核種の分析に対応。ターゲット物質は有機化合物だけでなく無機物質にもわたります。

分離剤は古典的なものから最新のものまで取り上げられ、化学構造、特性、分離メカニズム等が解説されています。具体的な分析例も豊富です。実務経験に基づくノウハウや留意点が書かれ、用語集・官能基別pKa参照データ等の資料も充実しています。

さらに、「第1部 固相抽出法の基礎」はフルカラーで、色のついた成分を分離する様子を写真で見せるなど、工夫と労力がこらされています。第2部以降も2色刷り、しかも紙質が良く、モノクロ写真の解像度も高いです。つまり、ハード面でも妥協のないスペックとなっています。

 制作に1年半

発行を知ってすぐ、たぶん当事者と思われた 前処理仕事人さん にメールでお話をうかがいました。本そのものに表れているとおり、並々ならぬ制作スタッフの努力によって編まれたようです。

実行委員会を立ち上げてから発行に至るまでに約1年半。途中で急きょ、放射性核種の章を追加せざるを得ない状況になり、全体の構成も結果的に2回ほど見なおしたとのことです。

 このへんはネガティブ評価

さて、書きにくいですがネガティブなことも率直に挙げなければ、購入を検討する人への情報提供として片手落ちです。

おそらく最初に誰でも気づくのは、取り上げられているのがジーエルサイエンス製品とエムポアディスク(住友スリーエム)ばかりだということです。
固相抽出になじみのない人のためにあえて書きますと、ジーエルサイエンスは長らく固相抽出製品を扱っていますが、自社製品は今のところ決してメジャーと言えませんし、歴史も浅いです。

しかし、だからといってこの本に書かれている内容が普遍性を持たないというわけではありません。固相抽出製品は、各社とも共通の名称(C18、SAX、PSA等)を付けていますから、この本で勉強したことは他社の製品にも役立ちます。また、他にどんな供給元があるかは、自分の分野で使われている分析法、学会発表、展示会、カタログ等で簡単に知ることができます。

むしろ、無理に一般化した表現で書かれているよりも、「ジーエルサイエンスの製品ではこうだ」という事実がはっきり述べられているほうが誠実で応用がきくとも考えられます。

それよりも私が思ったのは、「もしかしたらこういう本は無料で配布されるのでは?」ということです。期待できるかたは、買う前に、取引のある代理店等にきいてみるほうが良いかもしれません。

次に目についたのは、事例で採用されている分析機器がやや古いという点です。HPLCが多く、UPLCやLC-MS(/MS)は少ないです。ただ、分析機器の進歩は前処理を省略できる方向へと進みますので、HPLCで可ならUPLCやLC-MS(/MS)にもほぼ可でしょう。

その他、欲を言えば代表的なつまずきポイントについてQ&Aがほしいと思いました。また、冒頭に挙げた1986年刊「固相抽出法ハンドブック」の記述がベースになっていると思われるところがあるので、参考文献として記すべきではないかと思いました。(どこかにあるのかもしれませんが、私には見つけられませんでした。)

 固相抽出ユーザーなら一度は手に取るべし

読み進みながら、前処理の話は楽しいと感じました。なかなか分かれないものを分けることは面白い。豊富な応用例の中で、私もヒントをもらいましたので試してみるつもりです。

いかがでしょう。固相抽出ユーザーなら、少なくとも手に取ってパラパラめくってみたくなったのではないでしょうか。
書店で見つからない場合も、折よく来月幕張メッセで開催されるJASIS(ジャシス、旧 分析展/科学機器展)で展示・販売されると思います。それでも実物を確かめられない皆さまに、この書評が役立ったら幸いです。

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