Rf値(TLCの)は何の略?(4)
「Rf値のもともとの語はrateとfront」と暫定的な結論を出しましたが、異説もいくつか考えられます。根拠論文をまとめて紹介したうえで、異説についても書いておきます。論文の複写を国立国会図書館から取り寄せていたら日が開いてしまいました。
前回の記事 で二つの論文を取り上げましたが、関係論文はもう一つあります。計3報を刊行年の順に説明します。
■ Rf値の語の誕生にかかわった一つめの論文
まず、1941年にイギリスの「羊毛産業研究協会」という組織の化学者たちがカラムクロマトに関する論文を発表し、この中で「R」の符号を使いました。
Biochem J, 35, 1358–1368 (1941)(無料公開)
これは理論段高さについての歴史的な論文かもしませんが、それは置いておいて、Rだけ見ていきます。Rは次のように定義されています。
R = (movement of position of maximum concentration of solute) / (simultaneous movement of surface of developing fluid in empty part of tube above chromatogram column)
長い! しかもわかりにくい!
この論文に図はありませんが、勝手に図にするとこうでしょう。
論文を読むと、Rの実測値が1.07の化合物があります。Rf値なら起こりえないことですが、担体が詰まっている部分は液体が通る空間が小さく、同じ体積の液体でも長い距離を移動するのでしょう。つまり、この論文ではRf値に似たものを定義しましたが、現代のRf値とは少し異なっていました。
■ Rf値の語の誕生にかかわった二つめの論文
この論文は無料公開されていないので複写を取り寄せました。1942年刊行、著者はカリフォルニア工科大学の化学者です。
J Am Chem Soc, 64, 1905–1907 (1942)(1ページ目のみ公開)
前回も書いた通りカラムクロマトの論文で、一つめの論文とは違って乾いた担体をカラムに詰めてクロマトグラフィーを開始しているため、溶媒先端を確認できました。前回も引用した式を引用します。(原文には単位が付いているが省略。)
R = (rate of movement of adsorbate zone) / (rate of flow of developing solvent)
これはTLCやペーパークロマトと同じ仕組みなので、Rf値と同様にR = b/aを計算できます。無料公開されている1ページ目にはRのデータはありませんが、2ページ目にはβカロテン、カプサンチン、ルテインなどのカロテノイドのR値が書かれています。Rf値が最初に実測された論文です!(ただし符号はR)
1944年、いよいよRf値爆誕。一つめの論文と同じく羊毛産業研究協会の化学者たちです。
Biochem J, 38, 224–232 (1944)(無料公開)
これはペーパークロマトの論文なので図を描くまでもないですが、一応描くとこうなります。
定義の式は前回も引用したとおりです。
RF = (movement of band) / (movement of advancing front of liquid)
著者らは自分たちの1941年の論文を引用し、
「ペーパークロマトでは一つめの論文のように液面が動いた距離を測ることはできないので、新たにRFの記号を導入した。」
と書いています。そして注に、
「RFは二つめの論文のRと同じである。」
とも書いています。
以上がRf値誕生にかかわる三つの論文の内容です。
■ 「fはflowでは?」という異説
ここでRf値のRとfの起源をあらためて考えます。
「F」の添え字は三つめの論文で初めて導入されましたが、Fが何を意味するかは明確に書かれていません。私はfrontのFだろうと考えますが、この論文にはflowの語も何回か出ています。定義式の中にfrontの語があるからといって、frontがFになったと解釈しても良いのでしょうか? 実はflowのFなのではないでしょうか?
これについて、私はこう考えます。
著者らは一つめの論文とは異なる値を定義するからこそ、Rに添え字Fを付けました。一つめの論文でも移動相は流れていましたから、flowでは両者の違いを表せません。一つめの論文で測定した液面(surface)の代わりに溶媒先端(front)を測定することこそが、三つめの論文の特徴です。だから、ここはfrontでなければ意味が通らないと思います。
■ 「Rはrelativeでは?」という異説
三つめの論文には、「R」についても何を意味するか書かれていません。前回の記事では二つめの論文の1ページめだけ読んで「rate」と解釈しました。この論文の全文を読んだところ、2ページ目にこのような記述がありました。
R, the relative rate of movement of an adsorbate zone with respect to the developing solvent
「R、すなわちrelative rate」と言っています。rの付く語が「rate」の他にもう一つ出てきました。「relative」です。
一つめの論文はどうでしょうか。冒頭で引用した式の中では「rate」の語は使われていません。rateではなく「movement」の語で溶媒と分析対象成分の移動が表されています。しかしこの論文では、冒頭の引用部分の後のページで次のようにRを説明しなおしています。(式の部分は抜粋)
In terms of the movement of the surface of the liquid standing above the solid in the tube, the relative rate of movement R is given by the expression
R = (movement of band) / (movement of surface)
ここでも「relative rate」と書かれています。だったら、「relative」の方がRの由来だった可能性もあるのでは?との疑問がわいてきます。
微妙ですが、私はrateに一票です。というのは、relativeが名詞でないからです。数式の中で符号で表されるもので添え字でないものは通常名詞なので、relative rateのrelativeの方からrを取ることは無いと思います。
「relative rateの二語をまとめてRと表現した」
と考えることもできますが、これはたまたまどちらもrで始まるから考えられることであって、もしrateがrで始まる語でなければ、その文字のほうが使われたと思います。
■ でも熟語としてしっくり来るのはどれ?
さて、三つの論文を全部読んだうえでも、私の前回の結論
Rf値のRはrateから、fはfrontから
は不動です。そして、rateとfrontではしっくり来る熟語が作れないので勝手な解釈がいろいろ生まれたと考えます。
それでも略語らしきものを見れば元の語を知りたくなるのが人情というもの。勝手に作られた熟語たちの中で、ベストフィットはどれでしょうか?
上記の経緯を踏まえると、最もふさわしいのは「relative to front」ではないかと個人的に思います。「front」がちゃんと入っているし、一つめと二つめの論文にあった「relative」を組み合わせているからです。
最近「ratio to the front」「ratio of fronts」という新しいバリエーションも見つけました。これらもなかなか良いですが、「ratio」は元の論文に無いので、ベストはやっぱり「relative to front」かなと思います。(新しいバリエーションは Rf値(TLCの)は何の略?(1) に追記しました。)
逆に難点があると思われるのは「rate of flow」と「retention factor」です。
掲載している書籍数で言えば「rate of flow」派が多めですが、「rate of flow」を素直に読むと「流速」です。実際にRf値が表しているのは「流速の比」であり、「流速」でないので、誤解を招く表現です。また、「retention factor」は別の意味のクロマト用語で、通常kで表されますから、誤りと言って良いと思います。
■ 「retardation factor」の謎
以上でRf値の起源はかなりすっきりしました。そうなると今度はIUPACが「retardation factor」という語を唐突に出してきた経緯が知りたくなりますが、これは今後の課題とします。ぼちぼち調べようと思いますが、どなたか知っていたら教えてください。





Comments