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May 2025

2025.05.22

Rf値(TLCの)は何の略?(3)

Rf
薄層クロマトグラフィーの「Rf値」の元の語は公式には「retardation factor」らしい、IUPACが1993年に勧告した用語集に書かれているから。でもまだ普及の途上らしい・・・というのが前回の内容でした。

しかし、Rf値は最初から「retardation factor」だったんでしょうか?
Rf値という言葉を最初に作った人は、「retardation factor」から命名したのでしょうか?
IUPAC勧告 Nomenclature for chromatography (IUPAC Recommendations 1993) を読んでも、この疑問は解決できませんでした。

そこで、Rf値の元の語が書かれている書籍の中で最も古い「薄層クロマトグラフィー」(橋本庸平 著、廣川書店、1963)をひもといてみました。この本のp.5に次のように書かれています。

この方法(沪紙分配クロマトグラフィー)によると溶媒が沪紙上を移動した先端 Solvent front までの距離で試料物質が出発線 Start Line から展開溶媒(ふつう移動相)にともなって移動した距離を除してえられる比率,つまり移動比 Rate of Flow が通常Rf*(またはRf )であらわされる.

これが書かれた時点では、Rf値の元の語は「retardation factor」でなく「Rate of Flow」だったようです。この部分の引用文献は
 Lederer, E. and M. : Paper Chromatography (1955) Elsevier Pub. Co.
という夫婦か親子で書いたらしき単行本です。残念ながらこの本の入手法は見つかりませんでした。

他に手がかりが無いか探しました。「薄層クロマトグラフ法 (機器分析実技シリーズ)」(滝谷昭司 他著、共立出版、1985)にクロマトの歴史が書かれています。平面クロマトグラフィーは1944年、ConsdenとGordonとMartinのペーパークロマトの論文が最初のようです。
Biochem J, 38, 224–232 (1944)
にこう書かれています。

However, R is not conveniently measurable in paper chromatograms, so a new symbol, RF is introduced.*

おぉっ! Rf値誕生の瞬間です。これは興奮もの。

R は他の論文からの引用ですが、Fはこの時に付けられたもの。では、どの語から? 定義の式はこうなっています。

RF = (movement of band) / (movement of advancing front of liquid)

この中でfで始まる語はfrontのみです。日本語で言えば「溶媒先端」の「先端」ですね。「Rf値のfはfrontのfだった」との解釈が可能です。

ではRは? 注を読んでみましょう。

* The symbol RF is equivalent to the symbol R used by LeRosen (1942) who apparently received the paper of Martin & Synge (1941) too late to avoid using the symbol R in a different sense.

どうもRはLeRosenが1942年に使った符号のようです。では、Rの元の語は?
その論文はこちらです。平面クロマトでなくカラムクロマトの論文です。

J Am Chem Soc, 64, 1905–1907 (1942)

閲覧は有料ですが1ページ目だけ無料で読むことができます。ありがたいことに、1ページ目にRが出てきているので、ここだけでもRが何なのかわかります。式を引用します。(原文には単位が付いているが省略。)

R = (rate of movement of adsorbate zone) / (rate of flow of developing solvent)

現在普通に行われているカラムクロマトは湿式充填ですが、この論文は乾式充填について述べています。乾いた担体に移動相の溶媒がしみこみながら進んでいく・・・TLCと同じですね。

そして、式の中でrが付く語はrateだけなので、Rの元の語はrateと考えられます。
 rateとfront
これこそがRf値の元の語ではないでしょうか?
でもこの2語、つながりにくいですね。rate of frontとかfront rateとか、並べてみても意味を成しません。rate to frontなら何となく通じそう? でもそのような用例は知りません。

そこで、安易なようですが私が出した暫定的な答えはこれです。
Rf値のもともとの語はrateとfront。でもこれらは熟語にすることができないので、後世の人たちは勝手にいろいろな熟語を当てはめた末、5通りもの解釈が生まれた。

この推測が合ってるかどうかわかりません。知っている人がいたら教えてください。

冒頭の画像は「1940年代、化学者、ペーパークロマトグラフィー、定規」等のキーワードでChatGPTに生成してもらいました。初めてRf値が定義された論文で行われたのは、実際には二次元クロマトです。

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2025.05.19

Rf値(TLCの)は何の略?(2)

Tlc

薄層クロマトグラフィーの「Rf値」の元の語について、続きです。
国際純正応用化学連合(IUPAC)の用語集「Gold Book」の「RF value, R F in chromatography」には「retardation factor(平面クロマトグラフィーにおける)を見よ」と書かれています。それに従って retardation factor, R F in planar chromatography に飛ぶと次のように書かれています。

Ratio of the distance travelled by the centre of the spot to the distance simultaneously travelled by the mobile phase:
R F = b / a
By definition the R F values are always less than unity. They are usually given to two decimal places. In order to simplify this presentation the values hR F may be used: they correspond to the R F values multiplied by 100. Ideally,R F values are identical to the R values used in column chromatography.

(津村訳)
遅延ファクター, R F(平面クロマトグラフィーにおける)
移動相が移動した距離に対するスポットの中心が移動した距離の比。
R F = b / a
定義によって、R F 値は常に1より小さい。通常小数点以下2桁まで表す。単純化のためにhR Fを使用できる。これはR F 値を100倍したものである。理想的にはR F 値はカラムクロマトグラフィーにおけるR 値と同一である。(訳おわり)

「カラムクロマトにおけるR 値と同じ」・・・R 値とは何でしょうか。
Gold Bookには「R 値」の項目がありませんが、「retention factor, k (カラムクロマトグラフィーにおける)」の項目の中にR が出てくるので、これのことかなと思います。書籍の中には「retention factor」がRf値の元の語と書かれたものがありますが、「retention factor」はカラムクロマトの用語、とされているようです。

ともかくGold BookにおいてはR F 値の元の語は「retardation factor」、これ以外は書かれていない、ということははっきりしました。

ところで、英語版のWikipedia「Retardation factor」に興味深い記述があります。この項目には3つの引用文献がありますが、3つともGold Bookからの引用で、すべて「オンライン修正版(2006-)」と書かれているのです。つまり、Gold BookにRf値の元の語として「retardation factor」が掲載されたのは2006年以降のようです。

日本語版Wikipediaは「retardation factor」に未対応で立項が無く、日本語版の「薄層クロマトグラフィー」には本日現在「R f 値(retention factor value、R f value [1])」と書かれています。(参考文献1は岩波 生物学辞典 第四版)

この先は私の想像ですが、Rf値の元の語を「retardation factor」とする勧告が1993年に出されたものの、Gold Bookは2006年まで13年間も未対応で、現在、書籍やメーカーの対応がゆっくり進んでいるところなのではないでしょうか。メルク本社のウェブサイトは早めに対応した一方で、メルク-シグマアルドリッチは未対応、そして多くの書籍も未対応、これから徐々に統一されていくのではないでしょうか。
2通り程度ならともかく、5通りもの語があるのは気持ちが悪いので、統一が進んでほしいです。

冒頭の画像は、大阪市立図書館で借りた薄層クロマトグラフィーの本6冊です。大阪市の図書館事情に満足しています で書いたとおり、貴重な本も最寄りの図書館に届きます。以前は最速2日で届いていましたが、現在業務が停滞しているとのことで、9日かかりました。

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2025.05.18

Rf値(TLCの)は何の略?(1)

薄層クロマトグラフィーをする人なら誰でも知っている「Rf値」、これの元の語は、私が把握しているだけでなんと5通りあります。

retardation factor
ratio of flow
rate of flow
relative to front
retention factor
ratio to the front, ratio of fronts (2025/6/4 追加)
いったいどれが正しいのか。調べたら、私自身の答えは意外に簡単に出ました。この表のような状況だったからです。(各資料の詳細はこの記事末尾)(2025/6/4 表に2件追加)
250604_rf_value
IUPACが1993年の勧告で「retardation factor」としていて、用語集「Orange Book」でも「Gold Book」でもこの通り記載しているのだから、これでOKでしょう。(retardationは遅滞、遅延といった意味。)

とは思うのですが、1993年以後に刊行された書籍にも全くといっていいほど「retardation factor」の語は書かれていません。そもそも、Rf値の元の語が何なのか書いていない書籍のほうが多いのです。

近年はTLCに特化した本は出版されていませんが、昔は何冊もありました。それらの本にすら、Rf値が何の略なのかほとんど書かれていません。なぜなのでしょうか。
個人的に調べた結果を3回程度に分けて書こうと思います。(今日は参照元を並べるだけで疲れたので・・・)

Rf値の元の語が記載されているもの(表に並べた順)

Rf値が解説されているが元の語については記載していないもの(刊行年順)

  • 鈴木郁生「薄層クロマトグラフィーの実際」(廣川書店、1964)
  • B.S.Gritter「入門クロマトグラフィー」(東京化学同人、1971)
  • R.E.カイザー「高性能薄層クロマトグラフィー」(講談社、1978)
  • F.ガイス「液体クロマトグラフィーの最適化 薄層からカラムへ,その基本的なパラメータ」(講談社、1980)
  • 滝谷昭司他「薄層クロマトグラフ法 (機器分析実技シリーズ)」(共立出版、1985)
  • 中村 洋(監修)「分析試料前処理ハンドブック」(丸善出版、2003)
  • 日本分析化学会(編)「分析化学実験の単位操作法」(朝倉書店、2004)
  • S.P.J.Higson「分析化学」(東京化学同人、2006)
  • 化学同人編集部(編集)「実験を安全に行うために 続 基本操作・基本測定編 第3版」(化学同人、2007)
  • 日本分析化学会「分析化学用語辞典」(オーム社、2011)
  • JIS K 0214:2013 分析化学用語(クロマトグラフィー部門)

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2025.05.14

「よくわかる分析化学の基本と仕組み[第3版]」正誤表

「図解入門 よくわかる最新分析化学の基本と仕組み[第3版]」の正誤表が出版社サイトに掲載されました。6か所の間違いがありました。申し訳ありません。

図解入門 よくわかる最新分析化学の基本と仕組み[第3版]サポートページ(秀和システム)

一つは「X線回」を「X線回」とした誤植です。これは自分で入力する本文では起こりえない間違いですが、図版の中で発生しました。専門外の人が作業するとよくあることなので、もっと注意して見ておくべきだったと思います。

二つ目は表の注釈で、『アイソトープ等流通統計 2024』からの引用なのに『アイソトープ等流通統計 2015』となっていました。第2版からの注釈を流用したために発生した修正漏れです。

あとの4か所はすべて書籍の中の他の節を参照した番号の誤りです。「DNA分析と抗原検査」の章を新たに加えたことで章番号や項番号が第2版から変わったところがありますが、修正漏れです。

書籍の制作作業中、諸文献から引用した数値や用語にミスが無いか何回もチェックしましたが、注意が回らない部分で間違いが発生しました。本1冊を完璧に仕上げるのは難しいと今回も感じました。読者の皆様に深くお詫び申し上げます。

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2025.05.04

大阪市の図書館事情に満足しています

250504_

大阪市立中央図書館で、予約した本がなかなか届かない事態になっているとのことです。

中央図書館窓口等委託事業者の交代に伴う業務の停滞について (大阪市立図書館)

私自身現時点で6冊を予約していますが、なかなか順番待ちの数字が減らないなと思っていたところです。

しかしこの機会に、私が日頃どれほど大阪市の図書館事情に満足しているかを書いておきたいと思います。
何より、蔵書がそろっている。理系の専門書もかなり所蔵されています。そして、ネットで予約すれば、早ければ2日で最寄りの図書館に届けられます。予約・借り出し共に上限は15冊。何かについて調べたい時、最大15冊まで、2日で関係の本を借り集められるということです。
地域の図書館では、本の詰まったコンテナをいっぱい積んで届ける小型のバンを見かけます。中央図書館だけでなく24の図書館全部の蔵書を相互に融通して運搬しています。

こんなサービスが無料とは信じられない、ありがたいと、ずっと思ってきました。

私は東京で4年間勤務し、その時には千代田区立図書館を利用していましたが、蔵書には全く不満足でした。千代田区の人口が比較的少ないからかもしれません。東京都立図書館やその他の図書館からの取り寄せサービスもありましたが、ネットで検索して申し込めるような手軽なものではなく、一度も利用しませんでした。

現在大阪市立図書館で予約対応が滞っているのは委託事業者が交代したからだそうです。これまでの事業者が優秀すぎたかもしれません。本当に、あり得ないほど素晴らしいサービスでした。
この先、予算配分が増やされて改善されるか、予算はそのままで予約本が届くまでの日数が長くなるか、どこかで落ち着くことと思います。個人的には予算が増額されて利便性が維持された方がうれしいですが、日数が長くなったとしてもやむを得ないと思います。比較できる図書館事情は千代田区だけですが、たとえ本が届く日数が伸びても、大阪市の方が私にとってはありがたいです。持続可能な形で続いてほしいです。

さらに、大阪市立図書館だけでない、関西在住の大きなメリットについても書いておきます。国立国会図書館関西館です。東京本館にしかない図書ももちろん多いですが、一定の年数が経った紙媒体は関西館で保存されます。ですから、電子化されていない古い文献を複写したい場合、本館ではページ数を指定して依頼するしかありませんが、関西館では借り出して内容を確認したうえで複写できます。
広くて静謐な館内もまた世俗離れした空間で、ここで膨大な雑誌の最新号からバックナンバーまで読んでいると一日過ごせます。PDF配信になってしまった「ぶんせき」も冊子で配架されています。

そういうわけで、大阪市立図書館と国会図書館関西館の両方にアクセス可能な人は、日本で最高クラスの恵まれた情報環境にいると私は思っています。

冒頭の画像は2023年12月に撮影した国会図書館関西館です。雑木林のようなしつらえの中庭がとても美しいのですが、館内はいっさい撮影禁止なので写真がありません。

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