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July 2024

2024.07.09

分析技術で一人起業(8)起業して良かったことと今後の展望

安藤さんが設立された 株式会社 食品検査・研究機構(firo)についてご紹介してきたシリーズは今回が最終回です。起業して良かったこと、今後の展望などお聞きしました。

超臨界流体クロマトグラフ(SFC)と安藤さん Firo23

 起業して良かったこと
安定な公務員の職を辞しての起業ですが、官から民への変化については非常に満足しておられる様子でした。公務員は仕事を選べませんが、独立後は自分の判断で仕事を即断即決できるのでストレスが無いそうです。また、共同出資でなく一人の起業ですが、これも気が楽だそうです。
firoでは農薬分析以外の仕事も受注しています。それらは単発で多様な依頼で、香り成分、うまみ成分、機能性成分などさまざまな分析がからむ仕事です。手間がかかる割にあまり収益には結びつかないようですが、未知のものを探求する面白さがあるようです。これらを受けるかどうか自分で判断できるのは、確かにやりがいに結びつきそうだと感じました。

 次にやりたいこと
会社の残留農薬分析法は順調に稼働しているので、SFCの価値を示す学術的な活動が次にやりたいことの一つだそうです。具体的には、o,p’-DDTはGC/MSによる分析の際に注入口で一部がo,p’-DDDやo,p’-DDEに変化するので、SFCでの解決に取り組んでいるそうです。o,p’-DDT がLC/MSではイオン化せずSFC/MSではイオン化する現象を発見していて、今後はこのメカニズムの解明と分析条件の最適化を行い、「SFC/MSでしかできない分析」を一例でも多く確立したいそうです。
また経営面では、輸出用農産物の産地増加をめざしており、各地の生産者を訪ねて輸出のメリットやノウハウを伝えたいとのことです。

o,p’-DDTの構造式(Wikipediaより) Firo22

 会社の将来
安藤さんは7年後に70歳で引退するつもりで、適当な時期に若手の事業継承者を探して、まずは社員になってもらいたいそうです。ラボの場所は次代経営者が自由に決めれば良いとのことです。
firoの現状のビジネスは台湾の市場動向や検疫の姿勢に大きく依存しています。政治的・地政学的リスクは気になるところです。現在の台湾政権は相手国によらず公正で厳しい検疫をしていますが、もし日本に対して好意的でない政権に変われば公正が保たれるかどうかわかりません。すべてのビジネスと同様、firoのビジネスにもリスクがあります。
いっぽうで、安藤さんが最初の一年で全国行脚してニッチ(すき間)を見つけたように、目に見えていないニーズはそこここに隠れているはずです。今後の安藤さんも次の社長さんも、小回りの良さを生かしてチャンスを発見していかれることでしょう。

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2024.07.08

分析技術で一人起業(7)宮崎という土地

firoの所在地は宮崎県宮崎市です。この地で起業した意味についても安藤さんにお伺いしました。

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 地理的に隔絶されている?宮崎県
私は本州以外に住んだことがなくて、九州の地理がよくわかっていません。宮崎県と鹿児島県は隣どうしだから人の往来も活発だろうくらいの認識でした。しかし宮崎市と鹿児島市の間はJRの特急で2時間かかるそうです。別の隣県は大分県ですが、宮崎市と大分市の間は特急で3時間だそうです。私にとっての隣県とは、岐阜市と名古屋市とか京都市と大阪市とか、通勤圏内というイメージなので、これは尺度が違うと思いました。
しかも九州新幹線が福岡―熊本―鹿児島と開通したので、宮崎県は取り残され気味、飛行機でダイレクトに結ばれている東京や大阪の方が行きやすいそうです。
(2) で紹介したとおり関東から宮崎へ検体が届くまでに2泊3日かかります。これは全国展開を考えたとき不利でしょう。

 ビジネスにベストな土地は?
宮崎に設立した理由は、安藤さん自身が宮崎出身で、自宅というラボ用のスペースがあったからです。
「自由に立地を選べるとしたら、福岡あたりがちょうど良いと思う。不動産の賃料が高すぎず、交通の便が良く、輸出入港があり、四国の産品まで集まってくる」
と安藤さんは言われます。

 決め手になるのは「人」
それでも、宮崎でなければならない重要なポイントがあるそうです。それは、3名の従業員さんです。これらの方々は私の訪問日には在宅勤務をしておられたのでお会いできていませんが、ISO/IEC 17025と同等の信頼性確保体系をコツコツ構築するなど、能力と真面目さを備えた方々だそうです。
確かに、ラボスペースは借りることができますが、人とのめぐり逢いは代替不能だろうなと思います。
また、県内の大学から非常勤講師や共同研究のオファーがあったほか、市内の高校からはグローバル人材育成プログラムの運営指導員の委嘱もあり、地元で若手研究者の育成に携われることも大きな要因だったようです。

 宮崎の名所
宮崎と言えば新婚旅行先やスポーツのキャンプ地などとしても知られており、名所が多いです。今回、安藤さんに案内していただいて日南海岸を見渡す堀切峠、海に面した断崖の洞窟にある鵜戸神宮、日露戦争の講和条約を結んだ小村寿太郎の生家を訪問しました。梅雨のさなかですが天気に恵まれて幸いでした。地鶏や冷や汁、新しい名物「カツオ炙り重」もおいしかったです。写真を載せておきます。


冒頭の写真:堀切峠から日南海岸を望む
直線の縞模様「砂岩泥岩互層」が海岸線近くに見られます。これが何キロも続いていました。

海に面した断崖の洞窟にある鵜戸神宮
日本神話の山幸彦の息子で神武天皇のお父さん「うがやふきあえずのみこと」をお祀りしています。

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小村寿太郎の生家
日露戦争の講和条約を結んだ偉人です。戦争を終わらせた方を本当に尊敬します。

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日南市の新しい名物「カツオ炙り重」
炭火付きで供されて、各自であぶりながらいただきます。日南市は一本釣りカツオ漁獲量が日本一だそうです。カツオといえば高知県しか知りませんでした。

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2024.07.07

分析技術で一人起業(6)経営者として

世間では「スタートアップ」の語が流行し、若い人であっても起業はまれなことでなくなってきました。とはいえ、高額な分析機器を備える会社を起こして維持するのは簡単ではないでしょう。firoの経営面についてお聞きしました。

 資金調達
firoは株式会社で、資本金は800万円。これはすべて安藤さんによる出資だそうです。株主総会は議長も株主も社長も安藤さんという、一人三役で成立。これを報告する一人株式会社用の様式があるとのことです。
分析機器の購入には各種補助金を申請して充当しているそうです。ものづくり補助金(中小企業庁)、農産物の輸出促進補助金(農水省)などがあるそうです。補助金で支給されるのは購入額の3分の2で、残りの3分の1は会社負担ですが、これは銀行からのローン(5年)でまかないます。分析機器は5年で簿価はゼロになりますが、状態が良ければ5年後以降も使えるので、ローンが終われば利益が生まれるようになるとのことです。

 人材確保
firoの社員は正規1名、パートタイム2名です。信頼性確保や法令対応、多岐にわたる消耗品を切らさない経理事務など、正規社員である秘書がしっかりした方で、きちんとやっておられるそうです。なお、この秘書さんも社長の安藤さんも分析実務をされます。決算、納税、社会保険、労務管理、法令届出などもすべて自分たちで しているそうです。一人何役もこなしている感じです。

大豆なども粉末にできる強力な粉砕機は、容器だけで1個50万円だそうで、この容器が10個もありました。合計500万円。しかし少人数で検体を迅速に処理するためには器具の個数がけっこうポイントになるので、そこにお金をかけるのはうなずけました。

強力な粉砕機
右のスロットにセットされているのが1個50万円の容器
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 設立時の模索から軌道に乗るまで
設立から今年5月で5年経過したfiro。事業がまわるようになるまでには模索の期間がありました。安藤さんが公務員時代に開発した技術は全て前職に残してきて、会社では0から構築しようと決意し、前職の顧客以外を新規開拓するという営業方針を立て、 最初の1年は全国行脚して農薬分析の方法やニーズを探したそうです。その結果2年目からは 分析技術で一人起業(4) で紹介したとおりの分析法を確立し、受注を増やしてきたとのことです。

 他の人に勧めますか?
政府も積極的な起業を勧める昨今ですが、他の人に勧めますか?と安藤さんにおききしました。答えは
「手持ちのお金が2000万円あればやってもいいのでは?」
でした。3~5年で消える起業家が多いですが、これは生活できなくなるからだそうです。5年くらい生活できる資金が必要で、安藤さんの場合は前職の退職金があったそうです。

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2024.07.06

分析技術で一人起業(5)信頼性確保・法令対応・ラボ管理

前回までfiroのラボと分析法をご紹介してきましたが、分析会社といえば分析そのもの以外にも信頼性確保や各種法令対応に膨大な書類仕事やラボ管理業務が必要です。このあたりをどのようにしておられるのかお聞きしました。

アマゾン川原産の淡水魚ディスカス(Wikipediaより) Firo14

 独自の信頼性確保
標準作業手順書(SOP)整備や試験データ保存などいっさいをISO/IEC 17025と同等に行っているそうです。大学の化学分析に詳しい先生に監査員に就任していただいており、年に2回の監査を受け、その指摘に基づいてPDCAサイクルを回しているとのことです。また、産業技術総合研究所の外部精度管理に参加していて、2023年には、成績が良好だったとして技能試験フォローアップセミナーで講師を依頼されたそうです。
firoは登録検査機関ではありませんから当然GLPには対応していません。ISO/IEC 17025の認証も取得していません。それで大丈夫なの?と思いますが、仮に将来必要になればISO認証を取るし、現在でも求められれば査察並みのチェックに対応可能だそうです。
このような発想にはこれまで出会ったことがなく、目からうろこだと思いました。

 試験法の妥当性確認
分析の品質管理実務で特にたいへんなのは試験法の妥当性確認(バリデーション)ですが、検査する農産物を9品目に絞ることで負担を抑えているそうです。台湾に輸出する農産物に特化しているため、品目数が少なくても不都合がありません。ブランク値の確認には庭の無農薬レモンを使うそうです。標準溶液は林純薬工業の混合標準溶液を使用しており、ロットが変わったら新旧の比較をすることで濃度の一貫性を確認しているそうです。

Firo04

 法令対応、設備面
シリーズ(1) でご紹介したドラフト替わりのレンジフードですが、宮崎労働基準監督署に確認したところ、使用する有機溶媒の量からみて有機溶剤中毒予防規則の適用除外と判断され、レンジフードで可と言われたそうです。また、有機溶剤使用者の健診も対象外と言われたそうです。
24時間365日の分析対応については、安藤さんは被雇用者でないため、労働基準法に違反しません。
廃棄物に関しては、試験操作の中で有機溶媒を加える工程以降はすべて使い捨てデバイスを使用しており、使用後は産廃業者に引き渡します。SFCに使うCO2は、2016年から高圧ガス保安法の規制対象外になりました。特定毒物研究者の許可も受けています。
設備面では、窒素発生機の騒音対策として静音ボックスを使用、また、分析機器を置くリビングの床は1トン/m2の荷重に耐える補強がされているとのこと。これはかつて趣味でディスカスという大きな熱帯魚(冒頭の写真)を飼う水槽を設置していたからだそうです。床に関しては普通の民家より高スペックのようです。

 民家のフローリングに7m3ボンベを設置?
エックス(旧twitter)で「ガスボンベを室内まで運ぶの大変そう」とのコメントをいただきました。言われてみれば、民家には「上がりかまち」があり、台車を通過させられません。それに、ボンベを転がしたらフローリングに傷がつきます。急きょ安藤さんにメールでお聞きしました。

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ガスボンベの搬入口はリビングにある勝手口で、ここには屋外から小さな3段の階段があるそうです。ガス屋さんは1段ずつボンベを持ち上げて納品し、あとは安藤さんが転がして設置するそうです。床は「WPC檜」というプラスチック強化檜材で、見た目は木目のフローリングなのに表面は硬度が高く、ボンベを転がしても傷がつかないそうです。
耐荷重だけでなく表面強度も高スペックな床なんですね。

ところで「ボンベを転がす」は、実際にやったことがある人でないとイメージできないと思いますが、ボンベを立てたまま少し斜めに傾けて底面のへりの一部だけが床に接するようにしてゴロゴロ転がしていく移動法です。
傾ける角度が小さければ女性でも比較的簡単にできますが、間違えて傾けすぎてしまうと重量が一気に増して支えきれなくなり、倒れてしまう危険性があります。それを再び起こすのはたいへんです。
斜めにしたら、ごく小さな接地面にボンベの重量がぜんぶかかりますが、これで傷がつかないとは、すごい床です。

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2024.07.05

分析技術で一人起業(4)SFCを活用する農薬分析法

では、即日分析結果が出るfiroの農薬分析法がどんなものかご紹介します。

 分析法の概要
全体の手順はざっと次のとおりです。

試料をドライアイスと共に粉砕 → QuEChERS法で抽出 → 膜精製キットで精製 → 機器分析(SFC/TOF-MS、LC/TOF-MS、GC/MS/MS)

膜精製キットを使っていること、濃縮工程が無いこと、SFC(超臨界流体クロマトグラフィー)をメインに使うことが特徴だと思います。
膜精製キットとは、三浦環境科学研究所の SPEEDIA という製品で、膜ろ過と固相抽出が組み合わされています。通液は遠心分離で行い、多数検体の同時処理が可能です。
濃縮工程を要しないのは分析装置が高感度、高選択性だからです。この方法によって、6検体を約1時間で前処理することができます。

前処理工程ごとの試料液の外観(検体:イチゴ)
左からQuEChERS後、膜ろ過後、固相抽出後
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 SFCを使うメリット
firoのTOF-MSにはSFCとLCが接続されていて切り替えが可能で、基本的にSFCを使い、LCは補助的な使用だそうです。残留農薬分析でSFCを使うところは珍しく、通常はLCメインだと思います。
安藤さんによれば、SFCの方が分析できる物質が幅広く、きれいに分離するそうです。LCの移動相は粘性が高くて分析対象物がカラム固定相の微細孔に入りにくいのに対し、SFCの移動相である超臨界流体状態のCO2は微細孔に入り込んで相互作用がより強く働き、ピークがシャープになるそうです。また、質量分析計のイオン化においても、LCでは移動相の水の気化にエネルギーを使うが、SFCはCO2なのでそのようなことがなく、イオン化効率が高いため感度は3倍程度に上がるとのことです。

ただ、私個人はSFCをあまり使っていませんが、私が分析したことのある物質ではLCの方がよく分離でき、SFCは分離が良くないと感じました。また、LCとSFCはそれぞれ別の質量分析計に接続していたので、感度の比較はできませんでした。

 標準添加回収検量線
firoの農薬分析法は検量線用の溶液調製にも特徴があります。それは、農薬の標準溶液を分析の最初の段階で試料に添加し、前処理のすべての段階を反映させた検量線を描くことです。具体的には5段階の濃度添加+無添加の合計6ランを同時に試験操作します。この方法は血中薬物濃度の測定などでは行われていますが、多品目の試料を扱い試験工程も長い農薬分析ではほとんど行われていません。しかし、理論的に最も正確に定量できる方法です。これを可能にしているのが、シンプルで迅速な前処理工程です。

SFCとLCを切り替えて接続可能なTOF-MS
左からLC、SFC、質量分析計
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TOF-MSのフライトチューブの首にかかっているのは、農薬残留分析研究会ポスター発表最優秀賞のメダルです。

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2024.07.04

分析技術で一人起業(3)分析結果だけではない

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土日も休まず即日結果を出す残留農薬検査。安藤さんのお話では、firoの提供する価値はそれだけではないそうです。

 台湾の規制状況を把握
台湾の農薬残留基準は厳しく、ポジティブリストにない農薬は「不検出」が基準です。検疫での検査もしっかりしています。そのリストの更新速度が遅く、日本の新しい農薬に対応していないのだそうです。平成後半以降に登録されたものはだいたい不可とのこと。日本の残留農薬基準では問題のない農産物も、台湾には輸出できないケースが珍しくないのです。firoでは輸出先国の規制状況を把握して分析結果を評価し、依頼者に伝えています。

 農業試験場出身ならでは
農業に関わってきた安藤さんは各農薬の残留特性を熟知しており、農家が使用した農薬の種類と使用時期を聞き取って、「おそらく基準を超えるから検査しても無駄」と判断して伝えることもあるそうです。「どれだけ待てば基準以下になりますか?」ときかれれば目安の期間を示して再検査を勧めるそうです。さらには、防除暦の段階から農家と関わり、輸出を前提とした生産の支援もしているとのことです。私は食品衛生出身で農業のことはわかりませんから、農業視点からの助言ができるのは強みだなと思いました。

 独自の勘どころ
さらに、firoには独自のノウハウがあります。それは輸出するリスクを評価する指標となる「安全率」です。firoが分析した検体と輸出先で検査される検体はぴったり同じではありません。したがって、検査値が基準を下回っていれば良いというのではなく、どの程度下回っていれば安全か、判断する必要が出てきます。そのための安全率がfiroの独自ノウハウです。また、ある圃場の複数か所から農産物をサンプリングしたら、それらを合わせて測定するのではなく、それぞれを測定し、一つでも安全な範囲を超えたら輸出しないよう助言するといいます。
台湾FDAの発表 によれば、今年台湾に輸出されたイチゴの検査では、多いときは一週間で10件の不合格が出たようで、firoのアドバイスにより輸出を控えた生産者から感謝されたそうです。

 輸出のメリット
そこまでして台湾に輸出する意味があるのかという話ですが、実は生産者にとって大きなメリットがあるそうです。台湾の基準は厳しく、台湾に入ってくる農産物の量が限られるため、価格が維持されていること、また、台湾への輸出で成功すると生産者の評価が高まり、ベトナム、ドバイ、タイなど他国からもオファーが来るのだそうです。


冒頭の写真はGC/MS/MS装置です。これもリビングにあります。

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2024.07.03

分析技術で一人起業(2)何をしている会社?

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株式会社 食品検査・研究機構(略称firo)のメイン業務は農産物中の残留農薬検査です。残留農薬検査といえば食品分析の中でも確立された分野で、対応可能な登録検査機関(食品衛生法に基づく)は全国に約120もあります(厚労省 食品衛生法上の登録検査機関について)。

今さら新規参入できる分野なのか? 価格競争が激しくて小規模事業所ではなかなか太刀打ちできないのではないか? 一人起業で何ができるのか? 同業のみなさんにとっては疑問が先に立つと思います。

 スクリーニングに特化
firoは登録検査機関ではありません。登録検査機関は公定試験法を用いて公的な証明書を発行できる機関ですが、firoで行うのは自主検査のみであり、その検査結果で基準をクリアしていたとしても、公的には認められません。公定法は農薬の特性に合わせた個別検査、あるいは複雑な試験操作を要する一斉検査で、時間も費用もかかります。これに対して、firoが行うスクリーニング検査では迅速に370農薬をチェックします。

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 主に輸出品の検査
公定法ではない検査結果、なぜそれで顧客がつくのか? firoが受注しているのは、主に台湾向けに輸出する農産物の検査、特にイチゴや桃など滞留させられないものです。台湾から日本の生産者・輸出事業者に対して急ぎ農産物出荷のオーダーが来ることがありますが、通常の検査機関は月曜から金曜までの対応で、しかも結果は最短でも翌日です。これに対してfiroは土日祝日、盆と正月も検査を受け付け、検体を受領したら即日検査してPDFで結果を送信することができます。関東からの検体送付(宅急便)は宮崎まで2泊3日かかりますが、それでも関東の生産者からの分析依頼が来るそうです。

 リスクのある農産物の出荷を止められる
輸出した農産物が基準値を超えたら、業者にとってはたいへんなことになります。輸送料や保管料が無駄になるのはもちろん、その農産物は有害なものとみなされ、廃棄にも多額の費用がかかり、さらに、信用も落ちます。業者にしてみたら、時間をかけて検査して確実な結果を得るよりも、迅速に検査して低リスクで輸出したいのです。そのためには、基準をクリアする可能性が若干あったとしても、リスクがあればすぐ止めるスクリーニング検査の方が目的にかなっています。ここに、土日も即日結果を出すfiroが新規参入する余地があったというわけです。

firoのロゴは許可を得て転載、イチゴの画像はPhotoAC(作者:じゅんcoco)

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2024.07.02

分析技術で一人起業(1)リビングのLC/MS装置

民家のリビングにLC/MS装置が置いてある、しかもTOF-MS。という話を聞いたのはもう3年くらい前のことで、ぜひ一度この目で見たいものだと思っていました。しかしその場所は宮崎市、なかなか赴く機会がないところです。そこでこのほど、思い切って休みを取って「リビングのLC/MS装置」だけを目当てに宮崎まで行ってきました。

訪問先は「株式会社 食品検査・研究機構」です。宮崎県総合農業試験場に勤務しておられた安藤 孝さんがたった一人で起業して2019年5月に設立された会社です。主にやっているのは農産物の残留農薬検査で、機能性成分やうまみ成分などの試験も時々依頼されるそうです。

JR宮崎駅からはバスと徒歩で15分ほど。県立美術館と図書館がある「文化公園」という大きな公園の近くの閑静な住宅街に、その民家があります。門構えも建物も完全に普通の民家です。普通の玄関で社長の安藤さんが出迎えてくださいました。

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しかし庭は普通ではありませんでした。除草剤を使えないので草が生い茂り、大きなレモンの木に無農薬の実がついていました。そしてリビングには本当にLC/TOF-MS装置がありました。写真に写っているのは家庭用のエアコンです。TOF-MSのフライトチューブの首には農薬残留分析研究会の受賞記念メダルがかかっています。

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分析ラボに必ずあるはずのドラフトチャンバーは?
それはキッチンにありました。家庭用のレンジフードです。たくさんのマイクロピペットが家庭用レンジの上に置かれている光景は、なかなか目にしたことがある人はいないでしょう。さらに、キッチンの水栓からは水道水と蒸留水が出ます。センサーで感知するので、手を触れずに切り替えられます。蒸留水のタンクはシンクの下にあるそうです。

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こんなワンダーランドなのに、取材はこれまでゼロだったそうです。一度TVカメラが入ったことがありますが、それは会社で分析した製品の取材の一環だったため、このラボに着目したものではなかったそうです。
勤め人の個人ブログで「取材」というのもおこがましいですが、私は同じ分析屋としてラボや業務内容に興味しんしんですから、たっぷりお話を伺ってきました。その内容を何回かに分けてレポートします。

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(写真の一部は安藤さんにご提供いただきました。)

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