化学分析と関係が深い民間資格について書きます。
国家資格にはそれぞれ根拠法令があって、
「この資格を与えるのは○○大臣」
「この業務はこの資格がある人しかやってはダメ」
「この資格名を勝手に名乗ったらダメ」
などときちんと決まっています。これに対して、国家資格ではない資格が多数あります。「民間資格」という名称がどの程度正確かはわかりませんが、国家資格に対して民間資格と呼んでおきます。
■ 液体クロマトグラフィー分析士
分析士とは、公益社団法人 日本分析化学会 が認証している資格です。分析全般というわけではなく、特定の分析手法に対応する分析士の称号があります。また、初段から五段の段位があります。手法と段位を組み合わせて「液体クロマトグラフィー分析士初段」のような称号となります。
日本分析化学会には分析手法や分野に応じて研究懇談会が設置されており、その数は現在19です。液体クロマトグラフィー分析士の認証試験は、研究懇談会の一つである液体クロマトグラフィー研究懇談会が担当しています。受験案内などはこちらです。
分析士認証試験(液体クロマトグラフィー研究懇談会)
初段は誰でも受験可能ですが、二段以降はそれぞれ前の段を合格し、登録されていなければ受験できません。また、同じ年度内には一つの段位しか受験できません。つまり、五段を取得したい場合には一年に一段ずつ、最低5か年度にわたって受験する必要があります。
五段ともなると「論文の査読・指導、学位論文の審査、国際会議において存在価値が評価される質疑応答ができる」ことが求められ、論文発表実績、講習会・講演会における講師実績、国際会議における座長・依頼講演実績などなどを申告するというすごい資格です。
どんな問題が出題されるのか、初段だけサンプル問題が分析化学会のサイトに掲載されています。初段は極めて簡単な問題が出るようです。五段までどのような階段になっているのか・・・相当の高低差がありそうです。
分析士会・分析士認証試験(日本分析化学会)
液体クロマトグラフィー分析士試験が初めて実施されたのは2010年10月で、その試験では約300名が合格したそうです。この資格を取得する意義などは下記を参照してください。
ミニファイル 分析がかかわる資格 クロマトグラフィー分析士
なお、分析化学会の組織として「分析士会」があり、ウェブサイトには分析士の名簿や行事案内が掲載されています。
公益社団法人 日本分析化学会 分析士会
■ LC/MS分析士
LC/MS分析士も分析化学会が認証している分析士資格の一つで、液体クロマトグラフィー研究懇談会が担当しています。「液体クロマトグラフィー質量分析分析士」とは書かれておらず、「LC/MS分析士」が正式名称のようです。
受験案内はLC分析士試験と同じページにありますが、当面の実施予定は現時点では掲載されていません。
分析士認証試験(液体クロマトグラフィー研究懇談会)
初段のサンプル問題もLC分析士試験と同じページにあります。LC分析士初段よりは少し難しいですが、簡単な問題です。
分析士会・分析士認証試験(日本分析化学会)
■ イオンクロマトグラフィー分析士
これも分析化学会が認証する分析士資格で、イオンクロマトグラフィー研究懇談会が担当しています。概要説明や過去の試験問題はこちらにあります。
イオンクロマトグラフィー分析士
イオンクロマトグラフィー分析士試験の当面の予定は掲載されていません。
日本分析化学会の研究懇談会は19もあるので、今後他にも「○○分析士」ができるのかもしれませんが、現時点では上記3分析士だけです。LC分析士があるならGC分析士も期待してしまいます・・・
■ 医用質量分析認定士
エックスのコメントで教えていただいた資格です。医用質量分析認定士は一般社団法人 日本医用マススペクトル学会が認定する資格で、2013年度に始まったそうです。資格取得の条件は、学会会員であることと、学会主催の医用質量分析認定士講習会に参加して同時に行われる試験に合格することの二つだそうです。規程には
「本制度は先天代謝異常症の診断、医薬品のTDM、薬物中毒診断、臨床化学、臨床微生物等、質量分析技術の医療応用に従事する者および従事予定の卒業見込み者を対象とする。」
とあります。これが資格内容も表していると考えられます。5年ごとの更新が必要です。詳しくは学会ウェブサイトをご覧ください。
一般社団法人 日本医用マススペクトル学会
■ 医用質量分析指導士
経歴10年以上の医用質量分析認定士に対して「医用質量分析指導士」の称号が付与されるそうです。ただし、医用質量分析認定士の資格が取り消されたときは医用質量分析指導士の資格を喪失するとのことです。
一般社団法人日本医用マススペクトル学会医用質量分析認定士制度規程
■ 検査分析士
検査分析士は、 特定非営利活動法人 分析産業人ネット が認定する資格です。初級、中級、上級、特級があります。
ここまでご紹介した資格はすべて分析手法に対応していましたが、検査分析士は「機器分析技術」が対象なので、範囲は広めのようです。初級の受験を申し込むと「初級検査分析士資格試験テキスト」が配布され、この範囲内で出題されるようです。下記から例題を読めますが、その限りでは吸光光度法、蛍光光度法、LCの3つが出ています。
2024年度検査分析士認定試験(一斉試験)について
検査分析士上級は、初級の範囲に加えて、16手法から2手法を選択して試験を受けるそうです。16手法が何かは上記リンクに書かれていて、LC、GC、LC-MS、GC-MS、UV/VIS、FT-IR、NMRなど一般的な機器分析手法が挙げられています。
検査分析士特級は、上級試験に合格した人だけが受験でき、論述試験と面接試験があるそうです。論述試験では出題された課題を自宅で10日間以内に作成して提出するとのことで、上記サイトにはどんな課題か書かれていませんが、ぶんせき誌2012年12号の解説によれば、「後継者の教育が可能なテキストの制作」だそうです。また、同解説によれば、検査分析士の試験は2007年に始まったそうです。
面白いのは、初級・上級・特級が世阿弥のいう「守、破、離」に対応しているという理念です。分析化学会の分析士が「段位」になっていることといい、何だか古風です。なお、中級は上級の受験者が1科目だけ合格した場合に与えられる級です。
資格認定基準
検査分析士会があり、継続的な教育制度が用意されているそうです。
検査分析士会
■ シニア検査分析士
検査分析士資格を保持し、満60歳以上で、一定の条件があれば、「シニア検査分析士」の称号が付与されるそうです。ボランティア活動として機器分析を通じて社会への貢献をする時に役立つようです。
シニア検査分析士
■ 環境測定分析士
環境測定分析士は一般社団法人 日本環境測定分析協会が認定する資格で、1級から3級があります。2006年に開始されたそうです。こちらに詳しい説明があります。
環境測定分析士、環境騒音・振動測定士
パンフレットによれば、大阪府や鳥取県では入札の際に必要な業務責任者等の資格として環境計量士(濃度)、技術士(環境等)と並んで環境測定分析士が挙げられているそうです。環境計量士(濃度)と技術士(環境)、この2つの国家資格は 化学分析にかかわる資格(1) で取り上げましたが、どちらもかなり難度が高いと思います。これらに並ぶ資格とは、評価が高そうです。
試験範囲を確認したところ、環境計量士(濃度)と重なっているように見えます。しかし2級は3年以上、1級は5年以上の実務経験が必要であり、実技試験と面接試験もあります。3級はそのようなことはなく、選択式の筆記試験のみです。
以下は私の想像ですが、3級は環境計量士(濃度)にチャレンジ中の人が一定の実力を証明するため、2級と1級は環境計量士(濃度)では試験されない実務経験や実技スキルを証明するために利用されているのかなと思いました。
(間違っていればご指摘をお願いします。)
■ 食品分析士
食品分析士は 一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC が運営する認定制度で、2023年に始まったばかりの新しい資格です。詳しい受験案内などはこちらです。
食品分析士/食品品質管理士
栄養成分表示のための高含量成分の分析や、極めて低含量の有害物質の分析などに必要な法令、基礎的な分析操作、機器分析まで、幅広く体系的に学ぶことができるそうです。現時点では3級の案内だけが掲載されており、試験範囲は基礎的な化学や前処理に加えてGC、LC、原子吸光、ICP、ICP-MSの5つの機器分析です。受験はオンラインでいつでも可能(90分間)、不合格の場合には申し込みから180日間はもう1回だけ再受験可能だそうです。2024年度には2級も実施されるとのことです。
以上、化学分析と関係が深い民間資格をご紹介しました。
民間資格は国家資格とは異なり、法令によって特定業務と結びついているわけではないので、技能を客観的に証明したり個人の研鑽の目標にしたりといった利用法が中心になります。受験する場合は、目的と資格内容をよく検討してください。また、せっかく取得した資格は価値を持ち続けてほしいものですから、継続性も重要です。主催団体についてもよく調べてください。
個人的な感想ですが、どの主催団体の説明にも、日本の科学技術レベルを高めたい、後進を育てたい、との熱意を感じました。また、それぞれの資格は他にはない役割を持っていると思いました。国家資格でない資格を維持していくことには困難もあるでしょうが、資格者の方々への責任もありますから、主催者のみなさまには、対象の技術が必要とされる限り制度を続けていただきたいと思いました。
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