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2020.08.22

「すぐ身につく 分析化学・機器分析の実務」

化学分析実務に関する本の紹介です。
矢矧 束穂[編著] 瀬戸山 央[著]
「すぐ身につく 分析化学・機器分析の実務-基礎、前処理、手法選択、記録作成を現場目線で解説」
日刊工業新聞社 2020年3月30日発行

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発売後すぐに購入して途中まで読みましたが、ハイフンスラッシュ問題と化学分析員給与問題を深めていたため後回しになっていました。遅ればせながらご紹介します。

著者の所属は、矢矧(やはぎ)さんが神奈川県立産業技術総合研究所、瀬戸山さんが神奈川県産業技術センターとのことです。
2020/8/30 追記 現在は瀬戸山さんも神奈川県立産業技術総合研究所とのことです。)

この本で取り上げられている分析対象は、材料や異物の定性分析が中心です。材料の中でも金属やプラスチックなど固形物が多くなっています。環境分析や食品分析に携わっている方にとってはちょっとなじみのない分析対象かもしれません。

ユニークなのは本のコンセプトと構成です。章立てはこのようになっています。

 第1章 分析の基本
 第2章 分析によって明らかになること
 第3章 分析に必要な考え方
 第4章 分析をする上で知っておいた方がよいこと
 第5章 分析に必要なテクニックと周辺知識
 第6章 分析結果の報告
 第7章 分析機器の管理
 第8章 代表的な分析機器と測定例

実例として挙げられた分析対象の範囲は比較的限られているのですが、化学分析の実務を包括的に語ろうという意欲がうかがえる構成です。「はじめに」にはこのようにあります。

たしかに多くの教科書には、「どのように分析を進めるのか?」「分析でできることは何なのか?」という初学者や実務者にとって一番知りたいことが記載されていない。

そして、この本は「原理よりも手順やノウハウ、考え方に重点を置いてまとめた」とのことです。たとえば基本①定性分析という項目には

未知試料が対象となる場合の分析手順は、「前処理が不要または簡便な測定→前処理が必要な測定」「非破壊的な測定→破壊的な測定」「主成分の測定→微量成分の測定」という流れで進めるのが一般的である。

と書かれています。
科目としての分析化学の教科書にはこのようなことはあまり書かれていません。未知のものに挑戦する分析実務のロマンを感じます。

いっぽうで、試験室の中だけにとどまらないこんな記述もあります。

分析機器を管理する上では、事務部門のスタッフなどにも分析機器は設置環境により影響を受けることの周知や、実験室周辺での工事情報が事前に得られるような体制を整えておくのがよい。

振動や電源など、試験室の外から受ける影響もあります。事務部門とのコミュニケーションにまで言及するとは、行き届いた内容です。

個別の分析機器の解説は最終章にまとめられていて、次の10種類が取り上げられています。
XRF、SEM-EDS、UV-Vis、FTIR、Raman、XPS、NMR、HPLC、GC、ICP-AES
質量分析については原理の解説はなく、HPLCとGCのページにマススペクトルが出ています。

私の経験上ですが、「○○は含まれているかどうか?」「○○の濃度はどれだけか?」という分析は比較的答えが出しやすいものです。法規制や安全のための日常的な分析はだいたいこういう分析です。

それに対して「何が含まれているか?」から始まる分析は研究や問題解決が目的である場合が多く、非常に高度な場合もあります。この本は、このような問題解決型の分析に取り組む人、すなわち自分で分析手法や前処理法を選ぶ裁量権のある人が、メインの想定読者でしょう。

でも分析の仕事へのこだわりがあちこちに感じられます。この心意気は、どんな分析をしている人でも同じではないでしょうか。

興味を持った方は、版元の書籍紹介ページ に総目次と「はじめに」全文が掲載されていますので見てみてください。

なお、分析実務全般についての書籍としては2012年刊行のこの本もお薦めです。
「実務に役立つ! 基本から学べる分析化学」

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Comments

この本の著者の一人としてご紹介いただき感謝いたします。
著者の所属は現在、どちらも地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所になります。

Posted by: shii | 2020.08.30 12:22 AM

shiiさん、著者の方からコメントいただけるとは恐縮です。現在のご所属について本文中に追記させていただきました。

Posted by: 津村ゆかり | 2020.08.30 10:02 AM

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