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2020.07.03

化学分析員の10年(7)給与低下より気になること

このシリーズは明るい話で締めくくることにしていますが、今回は(1)~(6)を踏まえて40代の給与低下の原因考察です。暗い話です。

ネット検索したら、賃金構造基本統計調査の職種別統計から平均年収や生涯賃金を算出して職種別ランキングまで公開しているサイトがいくつもあることに気づきました。(例1 例2

「生涯賃金」は、年齢階級別の賃金を元に、今後も同じように支払われると仮定して算出します。最新(2019年)の統計で年齢階級別賃金はこのようになっています。

2019_20200703210301

40代と50代では相当大きな差があることが見て取れます。これまでの解析でわかったのは、2008年頃から化学分析員の給与に変化が起こったらしいということです。具体的には、それまでは40歳を過ぎても給与は上昇していたのに、2008年頃からあまり上がらなくなったようです。このグラフの50代は変化の前の世代で、40代は変化の後の世代。つまり、年齢階級別賃金から「生涯賃金」を割り出すのは大間違いだと推定できます。

2008年に起こった変化とは、(5)で書いたとおり、30歳以上の化学分析員の人数の減少と29歳以下の増加です。2007年まで男性化学分析員は、29歳以下は5%程度しかいないベテラン中心の職種だったのですが、2008年からいきなり29歳以下が25%前後を占めるようになりました。これは一時的な傾向ではなく、2008年以後最新調査に至るまで続いています。

おそらく2007年頃まではある程度助手や下働きを経験しなければなれなかった化学分析員、それが2008年からは19歳以下ですら就ける職業になった。給与の額よりこのことの方が私には衝撃です。

なぜ2008年にそのようなことが起こったかですが、「団塊の世代の大量退職」が一つの要因かもしれません。ただ、団塊の世代は複数年にわたっているはずなので、ピンポイントで2008年に変化が起こった理由は説明しきれません。
それに、ベテランが退職したからといっていきなり29歳以下が5倍に増えて仕事が回るでしょうか。仕事の質そのものが変化したのではないでしょうか。

法規制についても調べました。
環境、食品、水、労働衛生など、法規制が整備されると有害物質の分析が義務付けられる場合があります。どこで分析したデータでも良いわけではなく、国や地方自治体に登録された分析機関での結果が求められます。

分析業界にとっては市場が拡大してありがたいことのように思えますが、それまで専門的だった分析業務が定型的な業務になり、安定需要が見込まれ、新規参入が容易になるとも言えます。いわゆるコモディティ化です。そのような変化が起こった時期は次のとおりです。

<各法律に基づく検査機関登録制度の開始時期>

 計量法 特定計量証明事業 2002年4月
 温泉法 登録分析機関 2002年4月
 土壌汚染対策法 指定調査機関 2003年1月
 食品衛生法 登録検査機関 2004年2月
 水道法 登録検査機関 2004年3月

ゼロ年代前半に集中して開始されたようです。

なお、分析に関わる資格の歴史はもっと古いです。
環境計量士制度は1974年に新設され、1992年に濃度関係が区分されるなど専門性が高まったとのことです。(杉田和俊「分析がかかわる資格 環境計量士」ぶんせき, 2012, 96 (2012))作業環境測定士制度は1983年から現行と同様の方法で行われるようになったそうです。(保利 一「労働安全衛生法に基づく有害作業の作業環境管理の現状と課題」産業医科大学雑誌, 35, 73 (2013)

法規制に関わる分析で起こった変化のプロセスを私なりに推定してみます。

  • 2002~2004年頃、法規制に基づく分析をする機関の登録制度が相次いで新設された。
  • 事業の立ち上げ時には各社で分析のベテランたちが試験法整備、機器調達、GLP対応などを担った。
  • 業界の事例が積み上がり、採算性も見えやすくなり、新規参入が容易になった。
  • 競争が激しくなり始めた一方で定型的な業務が増え、ベテランでなくてもこなせるようになった。
  • 団塊の世代の大量退職の時期になった(2007年問題)。
  • 退職者の穴を埋めるため中堅が係長以上に昇進し、化学分析員としてカウントされる人員は減少。
  • 2008年から経験が浅い人員が大量採用されるように。
  • 化学分析員の業務に対する評価が変化。長い経験が必要 → 新卒でも可能。
  • 40歳以上が持つ経験は以前ほど評価されなくなった。(給与という形では)

正確でないと思いますが、ある程度説明になっているのではないでしょうか。

法規制に関わらない分析ではどうでしょうか。
製造業では自社内で化学分析部門を持つところがありますが、アウトソーシングが進んでいると聞きます。整理される分析部門と分析を引き受ける受託分析会社でも変化は起こっていると思います。法規制のように明確な時期はわかりませんが、上に描いたプロセスと似たことが起こっているかもしれません。

分析機関の間の競争は激しく、働く環境は厳しくなっているようです。現場の声を 私のtwitter でリツイートして紹介しています。

次回は展望のある話を書いてシリーズを終わろうと思います。その手がかりにしようと、twitterでは私がこれまでに読んだ働き方についての本のメモもつぶやいています。

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