GC-MSかGC/MSか(LC-MSかLC/MSか)(18)使い分けのメリットとは?
そろそろ一連の調査と考察をまとめたいと思っています。すると「ハイフン:装置、スラッシュ:分析法」の使い分けのメリットについての考察が抜けていたことに気づきました。
私はこの使い分けに疑問を感じていますが、何ごともメリットとデメリットのバランスで考える必要があります。世界で一般的でないのに日本ではJISにまでなっている使い分け、何かメリットがあるに違いありません。今回はこの点を深めてみます。
■ 日本質量分析学会(MS学会)の会誌に掲載された見解
そもそもの始まりは、2009年にMS学会の用語集でこの使い分けが採用されたことです。IUPAC勧告を先取りしたはずだったのに、2013年に出たIUPAC勧告では使い分けしないことになりました。しかしMS学会は軌道修正はせず、使い分けを続ける立場をとりました。その経緯を説明したコメンタリーをもう一度読んでみました。
吉野健一「ハイフンとスラッシュの使い分けについて(コメンタリー)」 J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 62(5), 61-64 (2014)
一部の専門家がハイフンとスラッシュの使い分けを提案した最大の理由は,“LC-MS”や“LC/MS”という略語が定義なしに用いられた場合,その略語が装置である液体クロマトグラフ質量分析計(liquid chromatograph-mass spectrometer)を表しているのか,分析法である液体クロマトグラフィー質量分析(liquid chromatography/mass spectrometry)を表しているのか,区別ができないという問題を解消させるためである.
“LC-MS”や“LC/MS”に限らず,同一の文書内で同じ略語を複数の用語に対して使用することは,読み手の混乱を招くことから,これを避けなければならないことはIUPAC recommendations 2013であえて言及する必要のない科学的な文献を記述するルールの一つである.
このように書かれているのですが、具体的にどのような「問題」や「混乱」が起こるのかに触れていません。
■ 具体的に考えてみる
それではということで、私自身が考えてみました。
私はGC/MSやLC/MSの専門家ではなく、一ユーザーに過ぎません。ですから、分析法や装置そのものについて極めて専門的な表現が必要になることはありません。
しかし私はこれらを使用した研究の論文を書くことがありますし、これらに関する書籍も出版していますから、用語はきちんと使いたいと考えています。このような立場での考察であることをお断りしておきます。
よく使う表現から思い浮かべていくと、そもそも区別が不要なシーンがけっこう多いことに気づきました。
「GC/MSで分析した」
「GC/MSの条件は」
これらは分析法なのか装置なのか、どちらで解釈されても支障ないでしょう。
次に、文脈から意味がわかるケースも多いと思います。
「GC/MSのデータによれば」(たぶん分析法)
「GC/MSの結果では」(たぶん分析法)
「このGC/MSの大きさは」(たぶん装置)
もしかしたら書き手の意図は違うかもしれませんが、違っていたとしても大きな違いではないと思います。
こうなるとどんな場合に使い分けが必要でメリットがあるのか困ってきますが、こんな例はどうでしょうか。
「GC/MSが必要」
これだけでは分析法なのか装置なのかわかりません。
でも普通の文章の中だったら・・・?
「この試験室にはGC/MSが必要」(たぶん装置)
「この成分の同定にはGC/MSが必要」(たぶん分析法)
あれこれ考えた挙句、こんなのを思いつきました。
「GC/MSの費用は」
これは装置の価格なのか分析を行う際のコストなのか、前後の文脈を多めに読まないとわからないと思われます。まあ、1,000万円なら装置で1万円なら分析単価でしょう。
■ 「装置」や「法」を付ければ区別できる
以上のような簡単な事例では、問題も混乱も特に思い浮かびませんでした。ただし、より複雑な記述になるほど、区別すべきシーンもあるかもしれません。その場合には「GC/MS装置」「GC/MS法」のように書くことができます。
すなわち、ハイフンとスラッシュで区別しなくても別の方法があることを考えに入れる必要があります。ハイフンとスラッシュはそれぞれ半角1文字であるのに対して「装置」「法」は文字数が多いですが、使うのが不便なほど長いわけではありません。
■ 使い分けの不徹底
考察する中で逆に
「そんなに使い分けが必要なら、もっと徹底しなければおかしいのでは?」
と思ったことがあります。
まず、GC、LC、MSの語が使い分けられていないことです。これらはそれぞれ装置の意味でも分析法の意味でも使われますが、必要性が極めて高いのであれば、これらも使い分け法が工夫されているはずです。あるいは、結合した時だけ使い分けなければならないのであれば、その理由を知りたいところです。
さらに、ハイフンとスラッシュは表記だけの違いであり音では区別できないことにも疑問を感じます。GC/MSもGC-MSも読みは同じ「ジーシーエムエス」です。これまた、必要性が極めて高いのであれば音でも区別できるようにするべきでしょう。音で区別できるという意味では「GC/MS装置」「GC/MS法」の方がすぐれています。
■ ハイフンとスラッシュが混在するデメリットはある
以上の通り、少なくとも私の経験では「ハイフン:装置、スラッシュ:分析法」の使い分けによるメリットを感じたことはありませんが、使い分けのデメリットを感じたことはあります。私もほんの短期間ですが、使い分けを実践してみた時期があるのです。
まず、書き分けがわずらわしい。前半で述べたように装置・分析法の区別が不要な文脈もあるのに、いちいち判断しなければなりません。
自分が面倒なだけならまだ良いのですが、誤植を疑われて説明が必要になる、これが一番困りました。読み手は分析の専門家でないクライアントだったり装置を調達する事務方だったりもします。同じ文書内にGC/MSとGC-MSが混在していたら「どちらかが間違いだろう」と推定するのが人情です。冒頭でそれぞれの正式名を書いたとしても、すべての文書が冒頭から丹念に読まれるわけではありません。世間の人たちは忙しいです。
質量分析の専門誌「Rapid Communications in Mass Spectrometry (RCM)」はスラッシュだけを使用していますが、これは同じ論文誌の中でハイフンとスラッシュが混在することにデメリットがあると判断したからではないかと思います。
■ 結論
使い分けのメリットを探すという私の試みは成功しませんでした。まあ、「装置」「法」を付けるより文字数が少ないというメリットはありますが、デメリットに見合う大きさのメリットでしょうか。もっと他にメリットがあるのではないでしょうか。ご存知の方がおられたら教えてほしいと思います。
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