化学分析員という仕事
※ 化学分析員に関する最新統計を踏まえた記事はこちらです。 化学分析員の10年(8)三つの視点から
夏休みです。高校生にとっても大学生にとっても進路を考える季節。電車や駅では大学・専門学校のオープンキャンパスの広告が目につきます。
私は「分析屋」を自称していますが、あまり認知度の高い仕事ではないと思います。どんな仕事なのか、今回は統計データに基づいて淡々と書いてみます。少しでもこの分野に興味を持つ高校生・大学生が増えて、進路の選択肢に加えてくれますように。
賃金構造基本統計調査
ご紹介する統計は厚生労働省が行っている賃金構造基本統計調査です。平成21年6月分の賃金等(賞与、期末手当等については平成20年1年間)について、7月に調査を行ったものです。下記サイトで公開されています。
賃金構造基本統計調査のページ(厚生労働省)
賃金構造基本統計調査 (政府統計の総合窓口(e-Stat))
賃金の調査ですが、賃金だけでなく、職種別の就業人数・年齢分布・男女比・勤続年数分布なども知ることができます。基本的に民営の事業所のみの数値です。また、農業、林業、漁業の産業は除かれています。
母集団は16大産業の常用労働者5人以上の事業所(全国で約133万事業所)、労働者数は約3,700万人とのことです。この中から一定の方法によって抽出された事業所を対象としているそうです。
職種「化学分析員」
この統計では労働者を約130の職種に分類していますが、その中に「化学分析員」があります。仕事の内容は「役職及び職種解説」に次のように書かれています。
化学分析員検査会社で環境分析・食品分析・材料分析などを行う人、製造業で品質管理のための分析を行う人は化学分析員に含まれると思われます。
○(含まれる職種) 分析工、試験工
<仕事の概要>
無機化合物及び有機化合物の定性分析、定量分析、容量分析、機器分析等の化学分析の仕事に従事する者をいう。
<除外>
1) 金属材料の引張試験、組織顕微鏡試験などの仕事に従事する者
2) 専ら、分析用器材の製作、補修の仕事に従事する者
化学分析員の人数
この調査は抽出調査ですから、調査した労働者の数ではなく、母集団に対応する数字として推計(復元)した労働者の数が発表されています。それによると
一般労働者(企業規模10人以上)
男 18,400人
女 11,570人
計 29,970人
短時間労働者(企業規模10人以上)
男 610人
女 1,080人
計 1,690人(10人未満切捨て)
全国には合わせて3万人余の化学分析員がいるようです。
個人的な感覚ではもっと多いような気がするのですが。公務員が除外されること、また、一人の労働者が役職(係長以上)と職種にまたがる場合には役職の方へ分類されることから、実感より少なくなるのかもしれません。また、「その職種の仕事を行うのに必要な技能を見習修得中の労働者で、その都度指図を受けなければ普通の仕事のできないものは、その職種に分類しない」とあります。分析の現場では、このような補助的なスタッフが多いかもしれません。
ちなみに同じ統計で一般労働者3万人程度の他の職種は、一級建築士、診療放射線・診療エックス線技師、各種学校・専修学校教員、電車運転士、旅客掛、旋盤工、オフセット印刷工、金属・建築塗装工・・・等となっています。いずれも極端に珍しくもなくありふれてもいない職種で、何となく納得します。
化学分析員のプロフィール
企業規模10人以上の事業所に勤務する人の平均は次のとおりです。
男性の平均
年齢 36.9歳
勤続年数 10.2年
所定内実労働時間数 160時間
超過実労働時間数 10時間
きまって支給する現金給与額 339,500円
年間賞与その他特別給与額 1,251,700円女性の平均
年齢 33.8歳
勤続年数 7.0年
所定内実労働時間数 158時間
超過実労働時間数 7時間
きまって支給する現金給与額 261,300円
年間賞与その他特別給与額 754,700円
化学分析員の年齢分布と給与
なぜか男性についてしかデータがありません。(理由はどこかに書かれているのでしょうが、私は見つけられませんでした。)
最も数が多いのが20代後半、次いで30代前半、30代後半となっています。25歳から39歳までを合わせると61%を占めます。
「きまって支給する現金給与額」は40~44歳で最も高く、約46万円となっています。大雑把には、20代前半22万円、20代後半26万円、30代前半31万円、30代後半38万円とカーブを描いて40代前半でピークに達し、あとは徐々に下がる形になっています。
ただし先に書いたとおり役職に就いた人は職種別統計から除外されますから、個人単位で見た場合、40代後半で給与が下がる人が多いわけではなく、昇進しているのだろうと思います。(私の知る範囲でもそうです。)
他の類似した職種との比較
あまり単純な比較はできませんが、給与が最も高くなる年代とその金額は次のようになっています。
自然科学系研究者(男) 50代前半 56万円
技術士(男)50代後半 44万円
技術士(女)30代後半 42万円
薬剤師(男) 50代前半 52万円
薬剤師(女) 50代前半 42万円
臨床検査技師(男) 50代前半 47万円
臨床検査技師(女) 50代前半 36万円
栄養士(女)50代後半 30万円
他の職種では50代で給与が最高になるものが多いです。これは同じ職種のままキャリアを積みながら50代まで勤務できることを意味するのでしょう。
それに対して化学分析員は先に書いたとおり40代で管理職になる人が多いのかもしれません。また、化学分析は近年需要が伸びてきたために若手の比率が高くて相対的にベテランが少ないのかもしれません。
それにしても40~44歳で46万円の給与ということは、他職種と比較してもかなり良いのではないでしょうか。
まとめ
ひとつの統計からの推定ではありますが、化学分析員は概して若手が活躍する職種であることがうかがえます。給与は悪くないようです。
ある程度の年齢で管理職になって現場から離れる傾向があるようですから、マネジメントに向く人はやりがいを感じる一方、ずっと現場にいたい人にとっては、前例が少なくて認められにくく給与が上がらない、といった難点があるかもしれません。
ここでは味気ないデータばかり紹介しましたが、仕事の中身については 私のサイト や 同業の皆さんのブログ を読んでみてください。
なお、余裕がなくて調べていませんが、化学分析員の勤務先は比較的大きな企業が多い可能性があり、それが給与に関係していることも考えられます。
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Comments
ど~も~!薬屋で~す。
いまどきの高校生は、何で進路を決めるんですかね?
私のときは、得意な科目から学部が決まり、次に大学が決まり、そして職業が決まったような気がしますが・・・。私の周辺の話です。
女性の比率から学部を決めた不届きな輩もいましたが・・・・、不謹慎でした。
Posted by: 薬屋 | 2010.07.27 11:17 PM
薬屋さん、こんにちは。
今でも得意科目と成績は重要な要素でしょうね。もちろん興味や意欲も。
それから聞いた話では、厳しい雇用情勢を反映して、就職率や、不況に左右されない業種かどうか、資格が取れるか、学費は高すぎないか、等に対して保護者のチェックが念入りになっているようです。
Posted by: ここの管理人 | 2010.07.28 06:05 AM
はじめまして、
もう若いという年齢でもないけれど、
現在人生のちょっとした岐路にいる者です
津村さんのブログ拝読させていただいて、
とても身に染み入りました
感動した部分と同じくらい、
ズキッときた部分もありました
これまで自分が歩いてきた道とも、
これから自分が歩いていくであろう道とも、
重なっている部分があったからです
率直な自分自身の疑問なのですが、
津村さん達は分析者という職業に対して、
「寂しい」というような感情は、
お持ちになったことはございませんか?
僕は聴覚障害者なのですが、
勉強自体はさして苦労もなくここまでこれました
専攻は「環境分析」です
だけどそうやってここまできて、
「自分がやりたいこと」と、
「自分にできること」を天秤にかけ、
分析者という仕事が現実的な選択肢として浮かび上がってきたとき、
「寂しい」という感情が自分のどこかで、
ジワッと滲んできてしまいました
分析という仕事の面白さは、
充分に理解しているつもりですし、
分析という仕事の社会的な意義も、
十二分に理解しているつもりです
それでも分析という仕事が、
分析という作業それ自体に完結してしまうのなら、
分析という作業それ自体が目的になってしまうのなら、
僕はどこか寂しいと感じてしまうのです
書き方に失礼な部分があったとしたら、
申し訳ございません
ただ僕はどうしても分析という仕事に、
そういう風に感じてしまう部分がどうしてもあるのです
津村さんはそういう風に感じたことってございませんか?
Posted by: 宮下大介 | 2010.11.04 09:16 PM
すいません、
自分が書いた文章を読み返してみたのですが、
内容があまりに感傷的過ぎてアレでしたので、
ちょっと補足させてください
「分析の仕事が、それ自体で完結してしまうのなら寂しい」
という風に書いてしまったのですが、
この部分がかなりまずかったというか、
語弊がありそうな感じがしましたので修正させてください
「分析」の仕事とのかかわり方を考えて、
もっと積極的に「分析」と関わりたいと考えたとき、
分析対象の基礎研究にもっと関わりたいとか、
事件再発防止のための体勢づくりに関わりたいとか、
「分析後」のことが真っ先に思い浮かぶと思うのですが、
サンプルの採集・選択というような、
「分析前」の調査の段階からもっと関わりたい、
という志向を持った人も多いと思うのです
それは、
「より効果的な測定方法を追求する」という、
分析者の本懐にも通じている問題だと思うのですが、
委託されたサンプル以外のものを自主的に探求していくというのは、
現実的には色んな面から難しいと思います
津村さん達には、
そういうジレンマに苦しんだという経験はございませんか?
Posted by: 宮下大介 | 2010.11.05 08:55 AM
宮下さん、はじめまして。
分析屋にも守備範囲の広い職種と広くない職種がありますね。
宮下さんの言われている未達成感のようなものは、自分自身で試料の採取法や内部チェックの体制を決められない立場の人が感じるものでしょうか。
私自身の立場は、以前の職場ではかなり裁量範囲が大きかったですが、今は狭くなりました。
でも、充実感では今のほうが勝っていると思うこともあります。
かつて、自分で裁量したことが本当に社会的意義があると常に確信できていたわけではなかったですが、いま委託された仕事は確実に誰かに求められたもの。そういう安心感を常に感じています。
委託された仕事から一歩踏み込んでクライアントに助言したりすることも、その内容が相手にとって有益なら、(すぐには無理だとしても)最終的には歓迎されるのではないかと楽観しています。
根が楽天的なので、こんな感じですね。
Posted by: ここの管理人 | 2010.11.05 11:59 PM
津村さま、
ご返答いただけてとてもうれしいです
ありがとうございます
僕自身も、根はかなり楽天的なほうです
また僕自身の周りの先輩方を見回してみても、
分析系の仕事についておられる方は実直で誠実で、
分析という仕事そのものを楽しんでやっておられる方が多い気がします
僕も、そうありたいと常に思っております
ただ社会的な意義という部分では、
葛藤している部分がかなりあります
僕はほかの業種での分析者の事情はほとんど知らないのですが、
環境の分野では、捏造とまではいかなくても、
数値が操作されることはよくあるようです
だからといってそういう事情の暴露というのは、
たとえそれが社会正義に適うものであったとしても、
分析者としては決して許されるものではない、
それは自分でもわかっているのですが・・・
「分析屋は、クチが固い」
この言葉は、先輩にも言われました
だけど真剣に考えれば考えるほど、
自分の中の「熱」が冷めていく感覚もまた、
否定できずにいます
長々と愚痴を書いてしまい、
申し訳ありません
多分どこかで自分の気持ちを、
形にして吐き出したかったのだと思います
お返事いただけてとても嬉しかったです
津村さま、どうもありがとうございました
Posted by: 宮下大介 | 2010.11.06 05:18 PM
そういうお悩みでしたか。
私の書いた返信は単純すぎたかもしれませんね。
生活や環境の安全を守るための様々な規制と、その監視のための分析は、いったん制定されれば厳格な運用が当然とされます。
しかし、規制のあり方そのものが現実の社会に合っていなかったり、メリットと不釣合いなコストが分析や取締りのためにかけられていたりすることがあります。
そのような不整合の矛盾をもろにかぶるのは現場の技術者なので、真面目な人ほど悩む場面もあると思います。
環境分析に限らず、色々な分野に共通する問題ですから、悲観的にならず、かつ、問題意識を持ち続けることが大事かなと思っています。なかなか実名ブログで真正面から取り上げにくい問題ではありますが。
私がお奨めする参考図書
郷原信郎「「法令遵守」が日本を滅ぼす」 (新潮新書 2007)
中西準子「環境リスク学―不安の海の羅針盤」(日本評論社 2004)
畝山智香子「ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想」化学同人 2009)
Posted by: ここの管理人 | 2010.11.07 10:49 AM
化学分析関係の仕事につきたいとと本気で考えています。探していたらこのページを見つけたので見て見たのですが、化学分析員になるにはどうすれば良いのですか?自分でいろいろと探していたら化学分析技能士という資格が出てきました。化学分析員とはどうちがうのですか?自分で検索しててもよくわからないので教えてください
Posted by: おか | 2013.08.10 04:15 PM
おかさん、こんにちは。
化学分析員になるには、大学や専門学校で化学を学ぶことが必要ですので、まずそのような学校に進まれるのが第一歩だと思います。
化学分析技能士は化学分析員に関係する資格の一つですが、私の実感では、この資格を持つ人はあまり多くないように思います。環境系の分析では環境計量士の資格を持つ人が多いですし、日本分析化学会が認定する分析士という資格もあります。
ちなみに私は上記のどの資格も持っていません。
化学分析員という名称は労働関係の調査における職業分類ですので、この名称で募集があるとは限りません。「業務内容 化学分析」といった表現になることも多いです。
採用時は化学系の学歴だけが求められ、資格は必要に応じて採用後に取る場合も多いです。危険物取扱主任者なども関連資格です。
化学分析の仕事に興味を持たれているとはたいへんうれしいです。ぜひ希望の仕事に就いてください。
Posted by: ここの管理人 | 2013.08.11 10:37 PM