サラリーマンと商業出版(5)対象読者は?
執筆を引き受けたものの、編集者と私とでは一つだけ大きな考えの相違があった。それは「どんな層を対象読者として想定するか」という点。編集者は学生も含めたいとしていたのに対し、私は社会人に絞りたいと考えた。
まず私の考えの根拠。大学の分析化学の授業の副読本として本を作るとなると、平衡や滴定のややこしい計算問題を丁寧に説明しなければならないが、それにページ数を取られすぎるのは困る。今どきの分析現場で平衡や滴定の計算問題が必要なシーンはあまり多くない。それに対して、前処理や信頼性保証について大学ではほとんど教えないが、これらをはずしては現場の分析の全体像は語れない。
いっぽう、編集者が学生も対象にしたいと考えた理由は明快だった。「学生は絶対数が多いから」だった。「分析化学の入門書を必要とする社会人はそんなにたくさんいるんですか?」という至極当然な疑問を編集者は口にした。
そこで私は、分析の現場では、必ずしも化学系の大学を出た人ばかりが従事しているわけではなく、部門の統廃合で全然関係ない部署から異動してきたり、理系というだけで配属されたり、ときには文系卒だったり、化学系を出たものの卒後10年以上も経っていたり、雇用形態も派遣やパートが増えてなかなか技術が継承蓄積されにくかったり・・・といった事情を説明した。
それから、計算問題が多い分析化学の本は既に山ほど出版されていて、それら以上にわかりやすい本を私が書けるとは思えないのに対し、前処理や信頼性保証までカバーした入門書は既刊書が見当たらない・・・とも述べた。
結局、対象読者は社会人とすることになり、著者名(私)を確定した新たな企画書が作成されて出版社の会議で了承された。
ただ、発刊後の評判を聞く限りでは学生にも読まれているようだ。授業の参考にすると言ってくださった大学教授もおられる。もしかしたら大学の側に、もっと現場を知りたいという潜在的なニーズがあるのかもしれないと思う。
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