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2009.08.08

分析済みのサンプルを再び分析(ISRとは)

その分析結果は本当に正しいのか?どの程度確かなのか?
これは分析屋に絶えず問われることです。この疑問に答えるべく、品質管理と品質保証の体系が組み上げられてきました。

その体系づくりの先端を常に走ってきたのが医薬品関連の分野です。新薬開発には膨大なコストと時間がかかりますから、それを無駄にしないために最大限の注意が払われます。各国で承認されるために、それぞれの審査基準を満たす必要もあります。GLP、QA、QM等の概念は、医薬品分野で普及した後に、数年から十数年遅れて食品・環境等の分野に広がりました。

そういうわけで、私自身は医薬品分析と深いつながりがあるわけでないのですが、この分野の動向には注目しています。それで最近気になるのがISR (Incurred Sample Reanalysis) という言葉です。実験動物やヒトの血液等に含まれる医薬品または代謝物の分析において、この言葉が使われるようになりました。

ISRとは何?
製薬会社の研究者が集まる学習会で「いまネットで読める一番コンパクトな解説は?」と質問したら、住化分析センターの分析技術情報誌 SCAS NEWS 2009-I に医薬事業本部ファーマ事業所の山口建さんが書かれた 「生体試料中薬物の定量分析に関する"White Paper"について」(PDF) を教えてもらいました。その中にはこう書かれています。

Incurred Sampleとは、「化合物が投与された生体から採取された実サンプル」の事であり、ISRは実サンプルの再分析を意味します。

つまり、分析済みのサンプルをもう一度分析するということ。なぜそんなことを?

FDAがガイダンスに従って実施された分析を調査したところ、初回分析と再分析の結果が大きく異なるサンプルが散見され、しかも、この事態が一部の施設や化合物に限るものではなかったことから、ISRの必要性が叫ばれるようになりました。既に米国ではISRが実施されており、日本国内でもその方法や基準について検討されています。

なるほど。分析の信頼性確保のために技能試験・外部精度管理・QCサンプルの分析等が行われていますが、それらは実サンプルを使ったものではありません。「実サンプルをもう一度分析してみる」は究極の方法と言えるかもしれません。ISRでは、それをSOP化して業務に組み込むようです。

再分析は全部のサンプルについて実施するわけではなく、学習会で言われていた目安は「サンプルの5%」でした。ISRの目的は個々の分析値の確認でなく分析法の妥当性検証なので、全数について行う必要はないのです。
単純に考えれば5%の再分析に要するコスト・時間はISRを実施しない場合の5%増しですから、それによって得られる妥当性の検証効果と比較して(私の直感的に)メリットがあるように思います。

ただ、幅広い分析に対してこの考えが適用できるか否かはまだわからないと思います。薬物動態研究で定量される化合物の種類は限られているのに対し、環境や食品から検出すべき化合物は何百種類に及ぶ場合があります。そうなると、定量値以前に「ちゃんと検出できたか」が問題になりますが、同じ装置を使って同じ手順で分析したら同じ見落としが起こる可能性が非常に高いでしょう。その結果をもって「再分析データも一致した」と言って良いかは疑問です。(具体的にどんな感じかは 残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるには 参照)

それからIncurred Sampleという言葉は特殊なので、他分野に適用される場合は別の言葉になるでしょう。

ISRについては、日本質量分析学会の第56回質量分析総合討論会(昨年)で取り上げられてから国内で認知され始めたようです。 (プログラム、セッション名「 生体試料中濃度測定に関するAAPS/FDA White Paper に対するディスカッション」)
また、同学会の 関西談話会 でも近々取り上げられると聞いています。
まだ医薬品分野でも模索状態のようですが、私もこの動きに注意しておきたいと思います。

追記(2009/8/26)
文中 Reanalysis の綴りが Reanaylsis になっていたので修正しました。

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