« July 2009 | Main | September 2009 »

August 2009

2009.08.26

5年ぶりに元素が増える

本に書いたことは発行直後から古くなり始めるんですね。それは当たり前ですが、自分が書いたことの一つ一つが気になります。「よくわかる 分析化学の基本と仕組み」は広い範囲をカバーしているので、気苦労も大きいです。

学術雑誌に掲載される論文は数多く書いてきましたが、内容が古くなることは全く気にしていませんでした。論文は必ず発行年を意識しながら読まれるものですし、ほとんどの読者は相応の知識を持っているからです。

でも勉強のための本となると、一つ古くなるごとにハラハラしてしまいます。本を発行した時点ではそうだった。でも今は少し変わった。読者はその情報をキャッチしているだろうか・・・?

「よくわかる 分析化学の基本と仕組み」のp.10に「現在では111の元素が確認されて正式に名前が付けられています」と書きました。この部分が古くなる見込みです。
既に先月 ケムステニュース:112番元素にコペルニクスに因んだ名前を提案 で紹介された内容ですが、このほど朝日新聞社のサイトにも掲載されました。
asahi.com: 112番目の元素認定 命名候補「コペルニシウム」 より

2009年8月24日14時1分

 【ワシントン=勝田敏彦】この世に存在する元素の数が112に増えた。ドイツで見つかった原子番号112番の元素の存在が日本の研究などで再確認され、国際機関が公式に認めた。名前が決定されたのちに、理科の教科書の周期表の記述なども書き換えられることになる。

 この元素は、96年にドイツ・重イオン科学研究所(GSI)などの国際チームが合成した。短時間しか存在できないことなどから再現実験が難しく、確認に時間がかかっていた。しかし04年、日本の理化学研究所のチームも合成に成功して07年に発表。これらを受けて認定機関である国際純正及び応用化学連合(IUPAC)が今年5月、公式に認めた文書を発行した。

 現在、命名の手続きに入っており、「コペルニシウム」が提案されている。GSIのホフマン教授が「私たちの世界観を変えた傑出した科学者の名をたたえる」とし、地動説を提唱したことで有名なポーランドの天文学者コペルニクスにちなんだ名前。意見募集などを経て、数カ月後にIUPACが最終決定する。

 元素の数が増えるのは、04年のレントゲニウム(原子番号111番)の認定以来になる。

5年ぶりなんですね。何も私が本を出した年に認定しなくても・・・来年か再来年でもよかったのに・・・などと勝手なことを考えています。

| | TrackBack (0)

2009.08.16

「分析化学のおすすめ本」を公開

「図解入門 よくわかる 最新分析化学の基本と仕組み」では、分析の全体にわたって主要な事柄だけを解説しています。従って各項目について深く知るためには、それぞれの参考書に当たらなければなりません。

私が選んだ手ごろな本のリストを 分析化学のおすすめ本 として公開しました。はてなダイアリーを利用しています。本の選び方とリストの構成は次のとおりです。

1.分析実務に携わる人向け
 分析装置の開発や分析原理の研究等をする人向けではありません。コメントも実務の観点から付けています。

2.刊行日の新しいものから順に表示
 アマゾンが記載している発売月(日)または奥付の日付の順に表示しています。発売月までの情報に基づいたものは日付が「00日」になっています。

3.右サイドバーに「カテゴリー」を表示
 「よくわかる分析化学」の目次に対応したカテゴリー分けをしています。ここをクリックすれば「試料採取」「分離分析」などのカテゴリーごとの本を探せます。

各々の紹介記事には自動的に「はてなキーワード」とアマゾンの書籍情報ページへのリンクが挿入されています。「はてなキーワード」は「はてな」が提供する情報集積サービスで、1冊の本につき1つのページが作られており、その本に言及したはてなダイアリーの記事へのリンクがあります。(ただし分析の本に言及した記事はあまり無いですが。)

選ぶに当たって悩んだのが個別の分析手法に関する本です。本一冊の分量となると研究者向けのものが多く、一般ユーザーにとっては難解すぎたり特殊すぎたり、しかも価格は高く、情報が古くなる速度も速く、購入しても活用できるかどうか疑問があります。
個別の分析手法については、機器メーカーが主催する講習会のテキストが良いと思います。たいてい原理から実務上の注意点まで要領よくまとめられています。また、日本分析化学会 の機関誌「ぶんせき」には各分析法・分野の最新情報を盛り込んだコンパクトな解説記事が掲載されますから、分析化学会に加入するのも良いのではないかと思います。(年会費は9,000円)

そういうわけなので、分析化学のおすすめ本 には、原理的なことを勉強できる本・数年以上手元に置いて活用できる本を中心に集めています。「よくわかる分析化学」の巻末に挙げた参考書籍はすべてリストしました。それ以外にも多数載せています。今後も本を追加していく予定です。

| | TrackBack (0)

2009.08.08

分析済みのサンプルを再び分析(ISRとは)

その分析結果は本当に正しいのか?どの程度確かなのか?
これは分析屋に絶えず問われることです。この疑問に答えるべく、品質管理と品質保証の体系が組み上げられてきました。

その体系づくりの先端を常に走ってきたのが医薬品関連の分野です。新薬開発には膨大なコストと時間がかかりますから、それを無駄にしないために最大限の注意が払われます。各国で承認されるために、それぞれの審査基準を満たす必要もあります。GLP、QA、QM等の概念は、医薬品分野で普及した後に、数年から十数年遅れて食品・環境等の分野に広がりました。

そういうわけで、私自身は医薬品分析と深いつながりがあるわけでないのですが、この分野の動向には注目しています。それで最近気になるのがISR (Incurred Sample Reanalysis) という言葉です。実験動物やヒトの血液等に含まれる医薬品または代謝物の分析において、この言葉が使われるようになりました。

ISRとは何?
製薬会社の研究者が集まる学習会で「いまネットで読める一番コンパクトな解説は?」と質問したら、住化分析センターの分析技術情報誌 SCAS NEWS 2009-I に医薬事業本部ファーマ事業所の山口建さんが書かれた 「生体試料中薬物の定量分析に関する"White Paper"について」(PDF) を教えてもらいました。その中にはこう書かれています。

Incurred Sampleとは、「化合物が投与された生体から採取された実サンプル」の事であり、ISRは実サンプルの再分析を意味します。

つまり、分析済みのサンプルをもう一度分析するということ。なぜそんなことを?

FDAがガイダンスに従って実施された分析を調査したところ、初回分析と再分析の結果が大きく異なるサンプルが散見され、しかも、この事態が一部の施設や化合物に限るものではなかったことから、ISRの必要性が叫ばれるようになりました。既に米国ではISRが実施されており、日本国内でもその方法や基準について検討されています。

なるほど。分析の信頼性確保のために技能試験・外部精度管理・QCサンプルの分析等が行われていますが、それらは実サンプルを使ったものではありません。「実サンプルをもう一度分析してみる」は究極の方法と言えるかもしれません。ISRでは、それをSOP化して業務に組み込むようです。

再分析は全部のサンプルについて実施するわけではなく、学習会で言われていた目安は「サンプルの5%」でした。ISRの目的は個々の分析値の確認でなく分析法の妥当性検証なので、全数について行う必要はないのです。
単純に考えれば5%の再分析に要するコスト・時間はISRを実施しない場合の5%増しですから、それによって得られる妥当性の検証効果と比較して(私の直感的に)メリットがあるように思います。

ただ、幅広い分析に対してこの考えが適用できるか否かはまだわからないと思います。薬物動態研究で定量される化合物の種類は限られているのに対し、環境や食品から検出すべき化合物は何百種類に及ぶ場合があります。そうなると、定量値以前に「ちゃんと検出できたか」が問題になりますが、同じ装置を使って同じ手順で分析したら同じ見落としが起こる可能性が非常に高いでしょう。その結果をもって「再分析データも一致した」と言って良いかは疑問です。(具体的にどんな感じかは 残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるには 参照)

それからIncurred Sampleという言葉は特殊なので、他分野に適用される場合は別の言葉になるでしょう。

ISRについては、日本質量分析学会の第56回質量分析総合討論会(昨年)で取り上げられてから国内で認知され始めたようです。 (プログラム、セッション名「 生体試料中濃度測定に関するAAPS/FDA White Paper に対するディスカッション」)
また、同学会の 関西談話会 でも近々取り上げられると聞いています。
まだ医薬品分野でも模索状態のようですが、私もこの動きに注意しておきたいと思います。

追記(2009/8/26)
文中 Reanalysis の綴りが Reanaylsis になっていたので修正しました。

| | TrackBack (0)

« July 2009 | Main | September 2009 »