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April 2009

2009.04.29

5を切り上げるか切り捨てるか(数値の丸め)

「図解入門 よくわかる最新分析化学の基本と仕組み」に対していただいたコメントが10ほどになりました。本を読んでいない人にもわかるように、一つずつこのブログで補足説明をしていこうと思います。
比較的単純なテーマから。今回は数値の丸めについて。

普通の四捨五入


「丸め」というのは、測定値などの最後の何桁かを切り捨てたり切り上げたりして少ない桁数の数値にする操作です。誰でも小学校で教わる「四捨五入」は丸めの一法です。四捨五入では、丸める桁の数字が4以下なら切り捨て、5以上なら切り上げ、0ならそのまま・・・ですね。

JIS Z 8401の規則A


ところが、四捨五入では困ったことがあります。それは、多数の数値を四捨五入によって丸めた場合、平均するとわずかに正の誤差が生じることです。
なぜなら、切り捨てられるのが1,2,3,4の4個、切り上げられるのが5,6,7,8,9の5個の数字なので、全体として切り上げられる場合のほうが多くなるからです。
そこで、数値の丸め方について定めているJIS Z 8401の規則Aでは「丸めた数値として偶数倍のほうを選ぶ」としています。どういうことかというと、例えば12.25を小数点以下1桁の数字に丸める場合は切り捨てて12.2に、同じく12.35を丸める場合は切り上げて12.4にします。この規則なら5は切り上げられたり切り捨てられたりするので全体として特定方向への誤差は生じません。

・・・ここまでが「図解入門分析化学」で書いていることです。

規則Aでは不都合な場合


しかし、規則Aでも不都合が起こることがあります。
「体温の測定値を整数に丸める」という処理を考えてみましょう。規則Aではこうなります。
Photo

一見して、36℃に丸められるデータのほうが37℃に丸められるデータより多いことがわかりますね。どうしてこういうことになるかというと、36は偶数で37は奇数だからです。このように、規則Aでは隣り合った数値どうしの重みに差がついてしまいます。

昨年当サイトで ご紹介 した「実験データを正しく扱うために」(化学同人編集部)では、このような場合に留意して第3刷から次のような補足が入ったそうです。

JIS Z8401の規則Aで定める方法で、単純な四捨五入(同 規則B)で生まれる正への偏りは防げるが、丸めた後、隣り合う数値の重みに差が生じるという欠点がある。数量の少ないデータ群やばらつきの小さいデータ群を処理するときは規則Bの方がよい。

規則Bとは、5を必ず切り上げる処理法、つまり普通の四捨五入です。

規則Bなら良いか


しかし、私などが大学の先生の書かれた本にもの申すのも何ですが、規則Bを使うと「正の誤差」という欠点は復活してしまいますよね。「規則Bの方がよい」と言ってしまってよいのでしょうか。

より合理的に解決するためには、体温計の例なら「小数点1桁の数字が5の場合、切り上げるか切り捨てるかはランダムに決める」という方法が考えられます。
この考え方は 端数処理 - Wikipedia に「乱数丸め」という言葉が出ています。この言葉について解説した匿名でないウェブサイトが無いか検索してみましたが、残念ながら私には見つけられませんでした。

データ処理に関する参考書


「丸め」ひとつをとっても上記のように奥が深いわけですが、「図解入門分析化学」では本文11行とイラストだけで要点のみ載せています。さらに詳しく勉強したい方は 正しくデータを扱うための本2冊(化学系) で紹介した本を目的に応じてお読みください。
どちらも売れ行きは好調なようで、「実験データを正しく扱うために」は3刷、「これならわかる 化学のための統計手法 正しいデータの扱い方」は先月2刷になっています。また、前者については充実したサポートサイト 実験データを正しく扱うために が開設されています。


体温計のイラストは下記サイトのフリー素材です。
フリー素材の来夢来人

追記 (2009/4/30)
「5を切り上げるか切り捨てるかランダムに決める」方法も必ずしも合理的でないことに思い至りました。
具体的にはコンピュータで乱数を発生させるなどして実施することになりますが、その過程を検証可能な形で残すことが困難だからです。また、同じデータを処理してもその都度結果が異なります。
JISの規則Aと規則Bは、あるデータから導かれる結果が一通りのみである点、規格名を示せば手順を記述する必要がない点など、他の方法より優位性があると思います。

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2009.04.24

「分析の常識」!

Nyumon_2けっこう大きな活字で配置されている「分析の常識」の文字。なんて挑戦的な表紙でしょう。

最初に校正刷でこれを見たとき、即座に削除して編集に返しました。まるで自分が基準という態度で偉そうじゃないですか。それに学術書らしくない。ハウツー本みたい。
この位置にうたい文句が必要ならば・・・と代案を付けました。

「分析の全体像」
「ピペット操作からデータ解析まで」
「呈色試験からテラヘルツ分光まで」

けれどもこんな案は相手にもしてもらえず、「書名に関しては営業サイドの思惑が入ってくるので、ここは出版社が強行したということで」と押し切られました。

こうして「分析の常識」の本が発売されたわけですが、今のところ私のところへクレームは入ってきていません。もっとも、クレームをつけそうな(親しい)人に対しては、こちらから先手を打って言い訳をしていますが。

この本は秀和システムのシリーズ本の一つなので、装丁や誌面の構成はほとんどおまかせで製作されました。帯が刷り込まれたような表紙はネットでの販売を意識したものかもしれません。露出度が高い表紙画像に最大限の宣伝文句を盛り込んでいます。

また、各項目の最初に2~4行程度の前文を入れる枠があります。
執筆に当たり「わかりやすい文章の書き方」について若干調べたところでは、冒頭に要旨を付ける方法は推奨のようです。それが最初からフォーマトになっていることに感心しました。

その他、各章の扉絵や小見出しの付け方、枠の色の付け方など、プロが練り上げてきただけあって、ほど良いスマートさと実直な雰囲気をかもし出していると思います。
編集の方と話したとき、「先生方は知識を持っているけれど本作りは知らない。僕たちはそれを提供してお金をもらっています」と言われました。

分析化学とは関係ない体裁の話ですが、ストレスなく中身を読んでもらうためには、形も想像以上に重要ではないでしょうか。
「堅そうな本は手に取る気がしないけど、こういう本ならパラパラ見てみようか」という読者が少しでもいるなら、そしてそれが何かの役に立つなら、「分析の常識」も大目に見てもらえるかもしれません。

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2009.04.18

HILICを「逆-逆相」と呼んでもいいか

「図解入門 よくわかる最新分析化学の基本と仕組み」を読まれた皆さんからぼちぼち感想をもらっています。共通して言われるのが「取り上げた項目の幅広さ」と「誌面の親しみやすさ」。
面と向って言われるのは褒め言葉ばかりなので鵜呑みにできませんが、この2点の特徴を持つ分析の本が今まで無かったことは事実でしょう。

それから貴重な御意見もさっそくいただきました。たぶんこれから他にも出てくると思うので、このブログで順次書いていきます。

p.185の表「LCのさまざまな分離モード」の中にHILIC(逆逆相)と書いていることについて「逆逆相という言葉は学術用語でないし、使うべきでもない」と指摘されました。

「逆逆相」や「逆-逆相」の言葉はWatersが積極的に広めていて、資生堂も使っているようです。初学者には直感的にわかりやすい言葉と思うので載せましたが、ここにサポート情報として書いておきます。

「逆逆相」や「逆-逆相」は「順相」や「逆相」のように学術的に認められた言葉ではありません。少なくとも学会発表や公式な文書では使わないほうがいいと思います。

液クロをやらない人のために、ごく簡単に解説。

物質を液体クロマトグラフィーで分離するとき、大まかに言えば
 水やメタノールやアセトニトリルに溶けるもの→逆相
 ヘキサン等にしか溶けないもの→順相
という具合にモードを選びます。

液クロは、筒(カラム)の中に溶媒(移動相)が流れているところへ混合物を注入し、「さっと出てくるもの」「ぐずぐずするもの」の性質の差を利用して分離する方法。逆相系では親水性のものほどさっと出てきて、脂溶性のものほど遅く出てきます。

出てくるのが遅い物質は分析時間が長くなりすぎますが、それは移動相の中の有機溶媒の比率を高めることで解決できます。(有機溶媒が多いほど溶出が速くなる。)

困るのは速く出すぎる物質。物質Aも物質Bもさっと出てきてしまうと分離できません。移動相の中の水の比率を高めれば遅くなりますが、水100%でもさっと出てきてしまう物質はたくさんあります。

そういう物質を分けるために近年普及してきたのがHILIC(ヒリック)。
このモードでは溶出の順序が逆相とは逆になります。だから、出てくるのが速すぎて困った物質Aと物質Bは一転して遅く溶出し、その間に分離してくれる可能性が高いというわけです。そして移動相中の水の比率を変えることで分析時間の長さを調節できます。

要するにHILICも順相です。ただ、「順相」というと水を使わずにカロチンのような脂溶性物質を分離するモードとして定着しているので、区別するためにHILICと呼ばれるのでしょう。
HILICの代表的なアプリケーション例としては、最近中国の粉ミルクで問題になったメラミン(アミノ基が三つもあって逆相では超速で出てきてしまう)があります。

「逆相で対象とするような物質を分けられて溶出順序が逆」というわけで、「逆逆相」はHILICの特徴を瞬時に伝える言葉として便利です。しかし使い方には御注意を!(今後の動向によっては増刷分から削除する可能性もあります。)

もっと詳しく知りたい方のためのリンク

(2011/5/17 追記)何箇所か「逆相系」としていましたが「逆相」に訂正しました。

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2009.04.10

分析化学の入門書を出版

Nyumon_2図解満載の初学者向けの本を出した。発行元はコンピュータ関連書籍で知られる秀和システム。

化学分析業務に携わる人は多いけれど、大学や高専や専門学校で分析をトータルに教える学科や研究室はそれほど多くない。私自身、分析と名の付いた講座で卒業研究をしたものの、試料採取・前処理・データ処理・目的に応じた分析手法の選び方・・・といったことは就職してから必要に迫られて少しずつ身に着けた。

大きな書店へ行けば分析化学の教科書が20~30冊以上並んでいる。でも、学問としての分析化学は化学平衡や電極反応の基礎を教えるという役割も持っているため、教科書では数式の解説に力点が置かれていることが多い。(それはそれで大切だけど、とりあえずの実務に当たってはマイクロ波処理とか固相抽出とか重み付き検量線とかを勉強したい。)

このほど出版した本では、高校の化学程度の知識を前提に、試料採取・前処理・各種分析法・データ処理からラボ管理までを平易に解説した。

しかし、今は何でもネットで検索できる時代だ。本など無くても、誰でもたちどころに最新の解説を入手できる。狭い領域に絞った濃厚な内容ならともかく、幅広い入門書に対するニーズはあるのか。
そんな疑問もちょっと浮かんだが、秀和システムの担当編集者の話を聞いてなるほどと思った。
「実は、本というものはネットよりも検索性が高いんですよ」
書棚から出してパラパラとページをめくる。内容をだいたい覚えている本なら、確かに、コンピュータの前に行ってキーワードを入力するよりも早い。

「検索性のためには紙面の構成も実は重要です」
これにも感心した。提案されたフォーマトは基本的に1項目を見開き2ページに納めるもの。そんな形式にどんな意味があるかわからなかったが、やってみると、項目名が必ず左ページ上部(横書きの場合)に来るので、ページをくって探すときの効率が良いことを実感した。それに見た目が親しみやすくて読みやすい。

「読み物としても面白いものを。240ページという枚数はちょうどよいのです」
これも本ならではのこと。PCの画面でこれだけの内容を通読したら疲れるし、だいたいそんなコンテンツは提供されていない。
紫外可視、赤外、近赤外、テラヘルツ、ラマン・・・ネットで検索したらバラバラの解説しか読めないけど、並べたらそれぞれの個性が物語のようにつながって、一つ一つが輝く宝石のように思えてくる。書いていてとても楽しかった。(ページ数は240ページを超えて270ページになってしまった。)

図版はオリジナルのものも多いけど、約60の企業・公的機関、約20冊の既刊書から、それぞれの専門家による優れた図や写真を提供あるいは参照許可をいただいた。御協力いただいた皆様に感謝します。

この本の目次やネット書店へのリンクは秀和システムの紹介ページにあります。
図解入門 よくわかる 最新分析化学の基本と仕組み

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