ノイズの話(2)S/N比から検出限界を求める便利さと危うさ
昨日書いたように、S/N比から検出限界を求める際のNの決定方法には少なくとも3通りあるらしい。
ところでそもそも、「S/N比から検出限界を求める」は統計学的にはどのような位置づけなのか。この点についてちょっと確認しておく。
James N. Miller、Jane C. Miller 著「データのとり方とまとめ方―分析化学のための統計学とケモメトリックス 第2版」(共立出版、2004)は、化学分析データの取り扱いに関して定番といってよい教科書だと思う。ところが、この本ではS/N比から検出限界を求める方法について触れていない。では、どうしろと書かれているか。
要約すれば、ブランク信号の標準偏差sBから検出限界を求める。分析対象物質をまったく含まないブランク試料の測定値の標準偏差を求め、
検出限界=(ブランク信号+3 sB ) / 検量線の傾き
とする。
この中に出てくる3という数字は固定されたものでなく、分析目的に応じて任意に選ぶ。sBの求め方としては、ブランク実験を数回行う方法と、検量線の切片の標準偏差を計算する方法とが挙げられ、後者のほうが優れているとされる。
化学同人編集部編「実験データを正しく扱うために」(化学同人、2007)も確かめてみた。こちらにもMillerの本と同様S/N比から検出限界を求める方法については書かれていない。
丹羽誠さんの「これならわかる化学のための統計手法―正しいデータの扱い方」(化学同人、2008)は、統計学的に厳密なことだけでなく、分析において現実に使われている手法も紹介している本だ。この本にはこうある。
クロマトグラムの解析など、シグナルとノイズの弁別が目視的に容易な場合には目視的に認識できる特異的なシグナル(クロマトグラムのピーク)をシグナル、バックグラウンドノイズをノイズと定義して運用することも多い。一般に、シグナル対ノイズ比が2~3となる濃度または量を検出限界とする。
短い記述だ。残念ながら、ノイズの大きさをどう見積もるかについては書かれていない。
以上簡単に見たように、S/N比から検出限界を求めるのは統計学的に扱いにくい(相手にされていない?)方法のようだ。その理由はいくつも考えられるので追々書いていきたい。統計学的にはブランク信号の標準偏差から検出限界を求める方法がスタンダードである。これは上に挙げた3冊すべてに書かれている。
しかしブランク信号の標準偏差を求めるのは手間がかかる。それに対してS/N比はただ一回の測定から求めることができる。統計の本における扱われ方に反して、もっと分析実務に近い文献では幅広くS/N比が使われている。次回以降はそれぞれの文献の内容を紹介したい。
(挿入したノイズ画像はExcelでランダム関数を使って描いたもの。乱数を生成しなおすたびにパターンが変わり、同じものは二度と現れない。なんだか美しい形なので、つい色々遊んでしまった。)
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