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2007.08.17

分析化学会は「ニセ科学」と向き合うか

この記事を読む前に必ず 「ニセ科学」関連・本当の最終記事 を読んでください。

本来は「ぶんせき」誌に投稿すべき内容だが、同誌は所属併記が原則なのでこちらに書く。

同誌で柘植さんが「ぜひ日本分析化学会においても、ニセ科学問題を取り上げていただければ」と主張したのに対し、このほど河合さんが「似非科学否定は慎重に」と返した。

「ニセ科学」について、私は菊池さんとお会いするまでは「化学」4月号の特集を読んだ程度で、実のところ柘植さんの投稿も読み流していた。これも何かの縁なので、より深く勉強しようとネット情報をざっと眺めてみた。その感想をまとめ、分析化学会はどう対応するべきか、一会員としての希望を述べてみる。
なお、特定の個人・団体は批判していないつもりだが、批判されたと感じた人は連絡をください。当該箇所を削除します。

 「ニセ科学」というネーミング 
「ニセ科学」という名称は非常にインパクトが強く注目を集めやすいが、まだ幅広い人に使われる状況でないように思える。私はあまり考えずに前記事・前々記事でこの語を使ったが、今後はより一般的な「疑似科学」を使うことにする。河合さんが使った「似非科学」も良いと思うが、「えせ」という読みが難しいので。

 何が新しいか
疑似科学批判自体は昔からあるが、「ニセ科学」の語が多用される最近の動きには特徴があるようだ。「ニセ科学というくくりで一群の社会事象をとらえ、それらの傾向や問題点を解析し、啓蒙や科学教育の改善に結びつけることをめざす」活動のように見える。

 「疑似科学的なプロセス」はあるが「対象そのものが疑似科学」ということはない
ここでごく当然のことを確認しておく。例えば「マイナスイオンに効能があるかのような一見科学的な説明によって関連製品が多数発売されて実際に売れた」というプロセスは疑似科学的である。前々記事で私は「マイナスイオン等のニセ科学」と書いたが、それは「疑似科学的なプロセスを経てマイナスイオン製品が大量に販売された社会現象」を指していた。しかし、この書き方では「マイナスイオン自体がニセ科学」と受け取られかねない。もちろんそれは誤っている。マイナスイオンを科学的に研究することは十分可能であろう。

 「疑似科学的か否か」は過去についての評価しかできない
プロセスが問題なのだから、既に行われたことか、または現状として継続的に行われていることしか判断できない。過去にマイナスイオン製品が疑似科学的手法で販売されたからといって、将来の研究もすべて疑似科学的であるとは断言できない。

 ターゲットの収集
安井至さんによるマイナスイオン批判や中西準子さんによる環境ホルモン批判(序盤)は疑似科学批判の一例と考えてよいと思う。マイナスイオンも環境ホルモンも、無視できないほど社会的に広く浸透して国民生活に影響した。
このように個別の課題を対象にする限り、ある程度社会的に無視できないものだけを扱うことになろうが、「ニセ科学」というくくりで進んでいる動きは、むしろ積極的に『疑似科学的なもののコレクション』をする傾向があるように見える。
その結果、予想される問題点が二つある。一つめは、国民生活センターのような公的機関の情報収集と違って個人の活動なので、まんべんない対象から公平に抽出するのは困難(=たまたま発見されたものが標的になる)こと、そして、社会的影響の大きくない中小零細の事業者が標的にされやすい(=当事者にとって痛手が大きい)ことである。

 誤解が生じる懸念
先に述べたように「疑似科学的なプロセス」はあるが「対象そのものが疑似科学」ということはない。ところが一般の人にはなかなか区別が難しい。手っ取り早く「○○は科学、××はニセ科学」とレッテルを貼って分類してもらいたがる人が多いかもしれない。
しかも、いったん「ニセ科学」のレッテルが貼られれば将来もその属性は変わらないと思い込む人もいるかもしれない。(前述のとおり、評価できるのは過去のプロセスのみである。)

これらの傾向と「たまたま発見された中小零細事業者が標的にされる」が複合すると、科学リテラシーを高めるという目標とは裏腹に、けっこう危ないことになる可能性がある。

 所属先との関係
偶然なのかそれとも必然性があるのかわからないが、「ニセ科学」の名で批判を展開しているウェブページは大学の公式サイト内に置かれたものが多いようである。さらに「このような情報発信は大学の社会的責務である」との使命感を表明しているものも多い。

ニセ科学関連で訴訟が起こっているが、その内容は科学論争ではなく、大学のサイト管理責任を問うものである。
言うまでもないが「疑似科学批判」と「専門家のウェブ活動のあり方」は別個の問題である。にもかかわらず、実態として多少なりともリンクしているようである。これは、幅広い立場の人が参加する学会が公式に関わりを持つ際には注意しておくべきことと思う。

 私の考え
科学的なものの見方・考え方を養う努力は重要だ。疑似科学批判は科学教育の教材として役に立つと思う。近畿支部の夏期セミナーで学生たち(化学の専門家の卵たち)は菊池さんの講演を熱心に聴いていた。私にとっても非常に興味深かった。
しかし、分析化学会がより高い位置づけの講演会や、あるいは一般向けの企画で「ニセ科学」を取り上げる場合があるならば、上記の諸点も考慮に入れて慎重に対処してほしいと思う。

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Comments

>「疑似科学的なプロセス」はあるが「対象そのものが疑似科学」ということはない。ところが一般の人にはなかなか区別が難しい。手っ取り早く「○○は科学、××はニセ科学」とレッテルを貼って分類してもらいたがる人が多いかもしれない。

一般の人が「レッテル貼り」を参照してニセ科学対策を行うこと自体は、ニセ科学対策として見る限りはとても有効な手段だと思います。ただ、それは科学的な態度の追及とは逆行する行いでしょう。

(内容ではなく)レッテル貼りで判断をしているのに、「これぞ科学的な態度である」というような考えにまで至ると、これは科学的なリテラシーの向上という面から見れば却ってマイナスだ、というのが、私の考えです。

「○○はニセ科学というレッテル貼りを利用すること」も「科学的態度の追及」もそれぞれに意味のあることですが、強化しあうような関係ではなくて、トレードオフの関係にある、と私は考えます。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.17 at 06:04 PM

> 「疑似科学的なプロセス」はあるが「対象そのものが疑似科学」ということはない

「水からの伝言」がらみは、「対象そのものが疑似科学(というより、似非科学のほうがこれは適切だけど)」と言っていいのでは?

Posted by: 崎山伸夫 | 2007.08.19 at 10:18 PM

というより。何を対象にしてるのか、不明

Posted by: 比ヤング | 2007.08.19 at 10:44 PM

比ヤングさん、「レッテル貼り」が教育的な意味での「ニセ科学対策」になるとは私は思いません。「疑似科学的な手法によるビジネスの被害を減らす」効果はあるかもしれませんが、それは国民生活センターや消費者センターのような公的機関が取り組むほうがよいと考えます。

崎山伸夫さん、おひさしぶりです。
「水からの伝言」は書籍ですから、「対象(書籍)そのものが疑似科学」と言ってよいと思います。ただ、私は実際にこの本を手にとって目を通したわけでないので、もしフィクションや比喩として書かれた書籍であったなら、「書籍の内容がある範囲の人たちに科学的事実と誤解された現象が疑似科学的」と言いたいです。

Posted by: ここの管理人 | 2007.08.20 at 12:25 AM

まず、分析化学を生業とする方が自分の専門から「ニセ科学」について考えておられることに敬意を表します。その上で、なぜ話が「学会として(組織として)」という形になるのかに多少の疑問を感じます。

まず物理学会の「ニセ科学シンポジウム」は、田崎さん達が自発的にグループを形成し、学会の大会でのシンポジウム企画として、学会での研究発表の申し込みとおなじように発表の申し込みをし、大会運営の事務局がOKを出して実現したものです。

学会運営のトップ集団が「学会として」コミットしようという形で企画したものではありません。物理学会の「ニセ科学」への関与は、ボクの理解では、あくまで学会員有志の自発的な活動です。

比喩的に言えば、物理学会による「正規軍の指揮系統下の戦闘」ではなく、「ゲリラ戦」のようなものです。物理学会が「学会として」ステートメントを出すことは多分、ないでしょう。学会誌に意見が載ることはいっぱいあるとは思いますが。

分析化学会でも、例えばこのブログでなさっているような議論をするためのパネルディスカッションのような、「自発的な意見表明の場」を形成できるといいですね。

Posted by: あらきけいすけ | 2007.08.22 at 06:00 AM

こんにちは、皆さん。

私がぶんせきの2月号で「分析化学会もニセ科学問題を取り上げて欲しい」と呼びかけた時にイメージしていたのは、学会が社会に対して「これはニセ科学」とか表明する様な事ではなくて、もっと内向きな会員内の意識向上の様な活動です。支部でも本部でも会員がいろいろな事を深く勉強するためのセミナーとか講演会とかを行っています。例えば、RoHS指令が話題になれば、それについて勉強するためのセミナーなどが開かれて、多くの人が(ほとんど会員ですが)参加して「ふ~んRoHS指令とはそういうものか」と勉強したりしますね。そういう勉強会を学会が行うのはあくまで会員へのサービスであって、学会としてRoHS指令そのもについて意見表明をしようとかいう事では無いわけです。それと全く同じとは言いませんが、「世の中は今どうなっているか」といった事の勉強から始めたらよいという意識はあるわけです。

そうやって勉強した結果として「これについては学会として社会にもの申そう」という意識が会員に共有されるならやっても良い訳ですが、最初から「社会にもの申そうとすると難しいな」と勉強会そのものもやらないというのは違うと思うわけです。

Posted by: 柘植 | 2007.08.22 at 08:14 AM

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