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2007.08.23

環境ホルモンとニセ科学

この記事を読む前に必ず 「ニセ科学」関連・本当の最終記事 を読んでください。

前の記事で「一群の対象をニセ科学と認定する活動」と書きました。これがどういう意味かわからないと菊池さんからコメントをいただきました。

どういう意味なのか、また、なぜ私がこれほど警戒するのかお話します。できればニセ科学について書くのはそろそろ終わりにしたいと思います。

唐突に思われるかもしれませんが、私にとって「ニセ科学」という言葉が色々な意味で「環境ホルモン」とオーバーラップするのです。

既に忘却の彼方の感もありますけど、いわゆる環境ホルモン問題(内分泌かく乱化学物質問題)とは、「野生生物やヒトに様々な異変が起こっており、それらが一群の人工化学物質の『内分泌かく乱性』によって統一的に説明できる」という仮説です。

仮説を検証するためには、とりあえず何が環境ホルモンに該当するか目星をつけて研究を始めなければなりませんでした。
目星の物質リストは国内外の色々な機関から発表されましたが、日本で最も権威を持ったのは環境庁(当時)から発表されたリストでした。ところが仮説を確認するための候補物質であったはずなのに、あたかも「これが環境ホルモンであり危険な物質」であるかのように一般に受け取られました。
カップめん容器や塩ビ製品が消費者に忌避されて各業界に大きな影響が出たことはみなさんも覚えておられるでしょう。

環境ホルモンが「ニセ科学」と類似していると私が考える理由を挙げます。これは環境ホルモンについての説明なので、「ニセ科学」の場合は「可能性・懸念」などと置き換えられます。

(1) まったく性質の異なる物質あるいは対象を同じ言葉のもとにくくってしまう。
(2) 選定基準が公平または妥当か疑問がある。
(3) 「候補物質」という本来の意味が誤って解釈されて広まった。
(4) いったんレッテルが貼られるとそれを剥がすのは難しい。
(5) 対象とされるものに現在製造・流通中の製品が多く含まれており、ネガティブな宣伝によってダメージを受ける業者が存在する。
(6) ネーミング的に成功しているように見える。

環境ホルモン問題で私がどんな経験をしたか少しお話します。

2000年に厚生省(当時)がフタル酸エステル類の一種DEHPを含有する塩ビ製手袋の食品への使用を避けるよう関係機関に通知しました。これは環境ホルモンが問題化後、リストの物質を行政が規制した初めてのケースでした。

私は当時国立医薬品食品衛生研究所の研究員としてこの根拠となった研究に携わりました。その経過は 食品中のフタル酸エステル類と塩ビ手袋 に書いているので詳しくは説明しませんが、実は塩ビ手袋の規制は環境ホルモンとはまったく無関係なものでした。

それでも世間は「リストの物質=環境ホルモン」と見ますから、研究部のホームページ内に「DEHPの毒性がどの程度のもので、なぜ規制されたか」の解説と共に「規制された理由は環境ホルモン作用によるものではありません」との解説も掲載しました。

本来は毒性の程度のみ説明すればよいはずですが、「DEHPは環境ホルモンではない」というレッテル剥がしの説明も加えたわけです。客観的には馬鹿馬鹿しいことですが、当時は必要な説明でした。
研究部に対して市民から「食事からダイオキシンが見つかったそうですが」との問い合わせがありました。(ダイオキシンも環境ホルモンリストの物質。)また、業者からは「当社の製品が環境ホルモンなど含まないことを証明したい。環境庁のリストに載っている物質をすべて分析してくれるところはないか」という切羽詰った相談がありました。

リストは単に項目を並べれば作成できますが、リストに収載される側には、各製品の売れ行きに生活がかかっている人たちがいます。環境ホルモン問題のようないきさつで生活が脅かされる人が発生するのは社会的に不公正なことだと思います。

以上の経験を通じて私は、包括的で印象の強い言葉のもとに一群の対象をくくってしまう動きには非常に警戒するようになりました。力のない個人が趣味的に行う分には問題がありませんが、社会的な影響力の大きい人が行う場合、また、集団的・組織的におこなわれる場合など、権威が大きそうなときほど警戒します。

菊池さんの真意は色々なものを「ニセ科学」に分類することではなく、(環境ホルモンが候補物質であったように)現代社会の問題点を考えるための教材または実例として取り上げるということのようですが、それが一般市民に誤解なく伝わっていくのか、環境ホルモンのような問題を引き起こさないか懸念するものです。

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Comments

こんにちは、津村さん、そして皆さん。

今日明日は死ぬほど忙しいことになっていて、あまりゆっくり考えていられないかも知れませんが、私なりに考えると、リスク回避のための情報発信に対する態度と利得確保のための情報発信に対する態度には「使い分け」はあると思っています。

環境ホルモンなどのようなものの危険性に対する情報発信は、科学的な判定にあいまいさがある段階でも世の中にきちんと発信してかまわない面があると考えますが、「マイナスイオンで気分すっきり」などのようにように「この科学的に定かでない物質で気分がすっきりしする」といった利得を誇示するような情報発信はすべきではないと考えています。

Posted by: 柘植 | 2007.08.24 at 03:39 AM

>リストに収載される側には、各製品の売れ行きに生活がかかっている人たちがいます。

 生活がかかっているのであれば、その製品が拠って立つべき科学的・技術的根拠だってきちんと調べているはずですよね。事業者というのは、扱っている製品についてはプロであるとみなすのが前提でしょう。
 これまでいろいろ「生活がかかっている」はずの製品に対する批判を行ってきましたが、プロにしては調べが甘いものが続出しているんですよねぇ。だとすると「生活がかかっている」製品の宣伝はすべきではないでしょう。
 別に、ニセ科学批判から不利益を受けなかったとしても、どっかのクレーマーに「オマエの製品で被害を受けた」などと言いがかりをつけて紛争に持ち込まれてしまったらそれで終わりですよ。拠って立つものがなければ、製造物責任を問われたときにどのみち立証できませんから。

Posted by: apj | 2007.08.24 at 05:13 AM

初めまして。科学者でも技術者でもありませんが、「ニセ科学の蔓延」という現象に興味を持つ人間です。kikulogに書き込みをする事もありますが、馴れ合いを感じる余裕はないです(礼儀正しさには好感を持っていますが)。私のような素人にとって、kikulogへの書き込みは、学会などで老練な批判者たちを前に自説を発表するときのような緊張感があります。以上、自己紹介です。

私が「ニセ科学批判」として考えているのは、まさに津村さんが環境ホルモン問題で体験したような事態が、同じ根を持つ問題が、広く深く社会に蔓延している事に対する批判です。
津村さんが環境ホルモン問題に悩まれていた時、なぜ、環境ホルモン問題のようないきさつで生活が脅かされる人が発生するのか、考えませんでしたか。それとも、科学者として、一般市民のほうにはまったく問題がない、むしろ当時の状況での一般市民の反応は望ましいものであり、すべては科学者・為政者側が悪かったという認識なのでしょうか。

私はそうは考えなかったので、ニセ科学批判(の真似事)をしているわけです(ニセ科学批判をしている他の方々がどうかは知りませんが)。
津村さんが環境ホルモン問題の教訓として、権威の発動に対する警戒感を持たれた事はとても価値があると思います。しかし、一方で、(事実を正確に発信したにもかかわらず)情報が誤って伝えられ、決して望ましいとは言えない(むしろ愚かな)事態を招いてしまった社会そのものの病理に対して、危機感をもった人がいても不自然ではないでしょう。

ひとつひとつの「ニセ科学」は、私にとって、環境ホルモン問題で浮き彫りになった社会の病理の、とても分かりやすい表出に見えるのです。分かりやすいだけに、具体的に社会のどんな病理が、そのような「ニセ科学」を広めたのか、非常に検討しやすいようにも感じます(追記しておくと、私は「ニセ科学」の存在そのものにはあまり問題意識はありません。あからさまな「ニセ科学」が多数の人に信じられ受け入れられる現象に興味があるのです)。
例えば、『水からの伝言』は、「善悪の明快な二分法」あたりがポイントでしょうか。ニセ科学的な代替医療などは、「断言してくれる」あたりに陥穽がありそうです。もちろん、他にも様々な病理について議論されてきましたし、しています。そして、その病理をどうにかしたいと、悩んでいるわけです。決して、ニセ科学のリスト作りをしたり、ニセ科学のコレクションを鑑賞しているのではない──という事は、明らかだと思います(その点を明確に表明しているところが「と学会」とは最も異なる点だと、私は感じています)。

だから、もし仮に、「これはニセ科学、これは未科学」といったふうに、科学者が安易にレッテル貼りを始めたりしたら、まっさきに異を唱えるのは、ニセ科学批判者に違いないですし、実際、そういう実績がある事は、この場でこれまでいくつも挙げられていた通りです。

もちろん、常に「ニセ科学認定問題」を自覚しておく事は大切ですし、遅れてきた慌て者が「ニセ科学認定問題」を再発見し騒ぎ立てる事はよくある事なのですけど、津村さんほどの方が、そういった点を読み取れなかったというのは、私としては大変ショックです。今後、私がニセ科学問題に関わるときには、この点にはこれまで以上に特に注意しなければならないのだと、改めて痛感しました。

Posted by: 田部勝也 | 2007.08.24 at 05:44 AM

長文の連投になってしまい、申し訳ありませんが、最後に一点だけ。

前のエントリのコメント欄で、
>この懸念が払拭されない限り、私は「ニセ科学批判」の普及に関わるのを躊躇する(ブログに好意的に書く程度でも)ということです。
──と書かれていましたが、私としては、「この懸念」を払拭したいからこそ、「この懸念」がないような社会に少しでも近づいて欲しいからこそ、「ニセ科学」の蔓延する実態とその病理を広く社会に知ってもらうための「ニセ科学批判」をしているのだと、理解して欲しいと願っています。

はっきり言うと、「この懸念」が払拭されたときというのは、ニセ科学批判が望ましい形でその役目を終え、ニセ科学の蔓延が生じなくなったときしか、有り得ないでしょう──という事です。

だって、環境ホルモン問題のとき、津村さんたちは、正しい情報を発信したのでしょう。それなのに、誤解されて、客観的には馬鹿馬鹿しい説明をしなければならなくなったり、不当に生活が脅かされる人を出してしまったのでしょう(と、エントリ記事からは読めるのですけど……)。
さらに言えば、これだけニセ科学批判者たちが、「自分たちはニセ科学認定者ではない」という事を強調していたにもかかわらず、津村さんほどの人でさえ、その人たちに対して「ニセ科学認定する事への危惧」を表明されたわけですよね。

つまり、ニセ科学が蔓延する土壌が社会にある限り、津村さんの「この懸念」が払拭される事はないんだろうと思うんですよ。
もちろん、「だからどうすれば良いのか」に対する答えは、ニセ科学批判だけではないと思いますし、ニセ科学批判が最も有効な手段とも、私は思いません。ただ、ニセ科学批判をする事は、少なくとも状況を悪化させる事ではないし、まったくの無駄でもないと思っているだけです。

Posted by: 田部勝也 | 2007.08.24 at 05:47 AM

 トラックバックがうまく飛んでいないのかもしれないので、コメントします。このエントリに言及しました。
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20070824

 津村さんには、懸念の表明の前にニセ科学批判の実態について、もうちょっと詳しく追って欲しいなと思いました。
 「多くの人が同じように実態を把握せず、印象だけで判断してしまうだろうから、そういう方面からの意見があってもいいだろう」という話はその通りだと思いますが、それはエントリを読む側の判断であって、津村さんの問題を免責するものではないと思います。
 私も割と無責任な人間なので、津村さんに責任を果たせとは言いませんが、ちょっと考えて欲しいなと思いました。

Posted by: lets_skeptic | 2007.08.24 at 05:28 PM

こんにちは。科学者ではない一般市民です。

>以上の経験を通じて私は、包括的で印象の強い言葉のもとに一群の対象をくくってしまう動きには非常に警戒するようになりました。力のない個人が趣味的に行う分には問題がありませんが、社会的な影響力の大きい人が行う場合、また、集団的・組織的におこなわれる場合など、権威が大きそうなときほど警戒します。

もっとものことと思います。
現在ニセ科学批判の対象になる事物は多種多様であり、個別的に対処することが必要なのは言うまでもないことでしょう。
それを、「ニセ科学」の評語で一括りにすることは、共通の「敵」を想定することで批判者側の結束を強める効果はあるでしょうが、その思考の単純さはアメリカがそれに逆らうものを悉く「テロリズム」と呼び、国民を煽動する様子に類似しているとさえ言えると思います。
さて、ニセ科学批判者たちは、田部さんのコメントからはニセ科学のレッテル貼りには批判的であると読み取れます。ですが、部外者から見れば、(管理人削除)に代表されるように、実質的に彼らは「ニセ科学認定者」として機能していると思います。これは、否定のしようがない事実でしょう。管理人さんはこのような現状に対し警戒心を抱いているのではないかと思います。

Posted by: 虚無僧 | 2007.08.24 at 11:41 PM

ここに書き込まれた虚無僧さんからのコメントに個人名を挙げた批判(と思われるもの)が含まれていたので非公開にしました。
個人名の部分を消してもかまわないのでしたら復活させます。ご連絡ください。
個人名を抜いて新たに書き込んでいただいても結構です。

Posted by: ここの管理人 | 2007.08.25 at 08:36 AM

>虚無僧さん。
ご意見に対する返答の必要を感じるのですけど、ここは他人に対する批判は禁止されているようですので、場所を借りました。以下の場所で私の考えを述べていますので、ご一読頂ければ幸いです。
http://hpcgi2.nifty.com/k-tabe/yy-nifty/yy-nifty.cgi?

Posted by: 田部勝也 | 2007.08.25 at 11:37 AM

管理人様

私のコメントに「個人名を挙げた批判」があるとのことですが、その個人名は実名とハンドルネームであったと思います。

以下、私の考えを述べます。

実名の方ですが、これは伏せて頂いても結構です。
一方ハンドルネームの方ですが、これは単なる例として挙げたのであり、某氏の某サイトを批判しているわけではありません(この注釈を私のコメントにつけ加えて頂いても結構です・・・というか私がそうすべきでしたね)。ですから、これは伏せないで欲しいのです。これを伏せて「某氏の某サイト」では私の主張に説得力がなくなってしまいます。

なお、このコメントはその役割を果たし次第削除して頂いて結構です。

Posted by: 虚無僧 | 2007.08.25 at 01:41 PM

こういった議論に一見似た例えの話を持ち出すことはケースによっては有りだと思いますが、議論の次元を考えれば「ニセ科学のレッテル貼り」と「環境ホルモン候補のレッテル貼り」の同一性を論じるのは少々乱暴でしょう。

環境ホルモンで一番重要な問題は、ある物質を候補とする理由・プロセスが果たして科学的に適切なのかどうかということです。レッテルを貼ることが単純に悪いというのではない。だから同じ次元で考えると、何だかニセ科学のレッテル張りのプロセスが非科学的だと言いたいのでは、と曲解してしまいそうです。

Posted by: KEN | 2007.08.25 at 07:02 PM

虚無僧さん、特定のサイトに言及した部分を削除してコメントを復活させました。
ご要望ではこの部分は削除せず田部さんのコメントに言及した部分は削除してもよいとのことですが、当該サイトが虚無僧さんの認識どおりか否か私には責任が持てませんので、名指しは控えたいと思います。
一方、田部さんのコメントに言及した部分は単なる要約であり内容も間違っていないと思うので問題ないと思います。
これでご不満なら他のサイトに書いてそこへのリンクを張る形でお願いします。

KENさんのご指摘はごもっともです。私が「レッテル貼り」がきらいな理由を自分の体験に基づいて説明したかっただけですが、そもそも「環境ホルモン」に対する認識が人によって大きく違いますし、余計な混乱を招く書き方だったと思います。

Posted by: ここの管理人 | 2007.08.25 at 11:19 PM

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