« 医薬基盤研究所を見学 | Main | 実名ブロガーは「匿名による批判へのポリシー」を示しておいてはどうか »

2006.02.24

分析屋と統計

 分析化学とその周辺の分野で、「統計」がどのように使われているか、分析屋はどの程度「統計」の知識を身に付けなければならないか、議論する機会があった。けっこう網羅的な話ができたので、まとめておく。

 まず、たいていの定量では検量線を描かなければならない。その検量線の直線性を評価するために、相関係数を求めなければならない。同じ測定を繰り返した場合には、平均値標準偏差を算出する。このあたりはExcelを使って簡単にできるし、統計であることすら意識しないくらいだ。

 分析法バリデーションのためには並行再現性室内再現性を求める。大規模なバリデーションでは室間再現性も求める。検出限界及び定量限界は、シグナル/ノイズ比やブランク値の標準偏差等から求める。範囲も求めなければならない。これらの計算式は単なる標準偏差の算出よりもややこしいが、難しいというほどではない。

 不確かさの見積もりあたりから、少し高度になる。誤差法則の応用。内部精度管理においては、管理図を描き、管理限界を決める。管理試料によって得られるデータはあくまで標本であることを意識して、その数値から母集団(分析系)の状況をモニターする体制の構築。

 さらに外部精度管理となると、同じ分析化学でも分野によって評価基準が様々で混乱する。しかし、おおもとにある概念はどれも同じだ。例えばzスコアHorwitzの式HORRAT値等、次々に新しい評価法、新しい述語が生み出されているが、統計の基本がわかっていれば理解するのは困難でない。

 サンプリングにも統計の知識が必要だ。全数検査するのでない限り、「このサンプリング数でどの程度正確に全体像を把握できるのか?」という問題が付きまとう。目的に照らして合理的なサンプル数はいくつか。どんな方法でサンプリングしたらいいか。最低限のコストで最大の効果を上げるためのツールが統計だ。

 得られた分析値から何かを結論付ける場合もある。公衆の安全確保を目的とした分析であれば、例えばある有害物質について、分析値から摂取量を推定し、健康被害の懸念される摂取量と比較してリスク評価が行われる。また、特定の物質の環境中濃度データから環境動態モデルを導く場合もある。いずれも高度な統計処理が必要だ。

 さらに、量的な分析のためだけでなく質的な分析のためにも統計が使われる。各種スペクトルデータや不純物のクロマトグラムパターンから、農産物の産地を推定したり違法薬物の流通ルート解明を試みたりするケモメトリックスが話題を呼んでいる。

 上記全部にまたがって、研究を行うのであれば実験計画の策定に統計的手法が必要だ。

 分析屋が統計を使う場面はこんなに多様に存在する。専門外の人は、「数値を出すのが仕事の分析屋は当然統計を勉強している」と思うことだろう。ところが実は、大学の化学系できちんと統計の基礎を教えているところは少ない。教養課程の選択授業に入っている程度だ。このページを読んでおられる皆さんの大部分は分析屋だろうが、「統計をちゃんと勉強した」と言える人はあまり多くないのではないか。

 生物系では統計は必須アイテムなのに、なぜ化学系では統計を教えないのか。このことについても面白い話をしたのだが、続きはまた今度。なお、大学で統計を教わらなかった私が自費でした勉強の詳細は、現代統計実務講座を受講して に書いている。統計の知識を使ってドキュメンタリー風に書いてみた小論は、残留農薬スクリーニングの腕前を確かめるには に。

(この記事は 本館 と同時ポストしています。)
(久しぶりなので、沢木さんの 「宇宙怪人しまりす 医療統計を学ぶ」 にトラックバック。)

|

« 医薬基盤研究所を見学 | Main | 実名ブロガーは「匿名による批判へのポリシー」を示しておいてはどうか »

分析化学/化学分析」カテゴリの記事

Comments

はじめまして。以前から津村さんの実名への考え方に共感していました。

>生物系では統計は必須アイテムなのに、なぜ化学系では統計を教えないのか。

私はコンピュータサイエンス専攻の学生ですが、実験をした上で論文を書く必要がある人にとって生物・物理・化学でなくても統計学は必須だと思います。学部時代は日本の大学でしたが、統計は必須ではありませんでした。なので卒論になると検定もしたことがないのに統計的に「有意な結果である」というようなニュアンスで結論を書く人がたまに見られます。
大学院はアメリカなのですが、外国(特に中国人)では日本に比べて学部での統計の教育がしっかりしているような印象を持ちました。

Posted by: shima | 2006.02.25 at 08:04 AM

shima さん、コメントありがとうございます。
学部時代からコンピュータサイエンスを専攻されているんですね。化学系以外の事情はよく知りませんが、他分野でも、統計の教育が不十分と感じる場面があるわけですか。
日本よりも欧米の研究者のほうが統計が得意そうだなと感じることはよくあります。日本の理系学部・学科で統計が必修になっているところって、どのくらいあるんでしょうね。

Posted by: ここの管理人 | 2006.02.25 at 10:02 PM

 農薬ネットのたてきと申します。
ポジ制がらみで残留農薬検査結果の確からしさに注目が集まっていますが、検査機関の信頼性を農家などはどのようにして判断すればいいのでしょうか。また、検査機関は信頼性を高めるためにどのような事をすればいいのでしょうか。できましたら当ブログかHPで教えて頂けないでしょうか。

Posted by: たてき | 2006.02.26 at 10:55 PM

たてきさん、こんにちは。
あまりにむずかしい御質問・・・でも、切実ですね。
厚生労働省は、食品衛生法に基づく登録検査機関に対してGLP査察を行っていますから、タテマエ的には「登録検査機関ならオーケー」ですかね。
その先となると・・・現役の農薬分析専門家のみなさんにきいてみます。

Posted by: ここの管理人 | 2006.02.27 at 09:44 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/9170/8820076

Listed below are links to weblogs that reference 分析屋と統計:

» リンク/ブログ [天敵Wiki (PukiWiki/TrackBack 0.3)]
Prev Next リンク 農業関係のブログ † 最近はブログをつけておられる農家さんが増えてきています。 農作業日誌を楽しく簡単に記録できれば、貴重な事例情報になると考えます。 ここでは、Webを検索して見つけた興味深いブログをご紹介します。 農業ブログサ... [Read More]

Tracked on 2006.02.26 at 01:24 AM

« 医薬基盤研究所を見学 | Main | 実名ブロガーは「匿名による批判へのポリシー」を示しておいてはどうか »