一年ぶりの記事
一年ぶりに記事を書いてみた。
ブログがこれほど急速に広がるとは、想像もしていなかった。
そろそろ、本当に私がやってみたかったこと---本業の話題で同業者ブログどうし盛り上がる---というのが実現するかもしれない。
というわけで、同業者以外にはぜんぜん興味の湧かない記事を載せてみた。ついでに、デザインも変えてみた。
一年ぶりに記事を書いてみた。
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ここ一、二年の残留農薬分析をめぐる変化のはげしさには目を見張るものがある。急に農薬を分析する必要に迫られた膨大な数の食品メーカーや流通メーカー、生産者が、真剣に情報を求めている。試薬・機器メーカーの展示会や広告、関連学会の講演会、業界紙誌などには、農薬分析をテーマにしたものが目に付く。言うまでもなく、あと半年後に迫ったポジティブリスト制が根源だ。
最もほしい情報はどこに?
既に農薬分析から離れている私の感想だが、GCカラムやHPLCカラム、固相抽出、MSなどのハード面からアプローチして農薬の標準品を多成分分析できたという情報は多いが、最も求められる情報、そして農薬分析で一番苦労する部分、すなわち試料の前処理については、なかなか核心情報が得られない状況に見える。
いきなり農薬分析することになった担当者が考えるのは、「とりあえず、うちと似たサンプルを分析しているところの方法をそっくり真似したい」ということに尽きると思う。その分析法がなかなか入手できないのである。「似たサンプルを分析しているところ」はライバル会社であり、おいそれと教えてくれるはずがないし、だいたい、ライバル会社だって、同じように農薬分析に関しては初心者だ。
すると次に思い浮かぶのは、委託分析を専門にやっていて既に実績がある分析機関だ。が、民間の分析会社は必ずしもノウハウを積極的に公開しているわけではない。そんな義務もない。となると、既に実績のある公的な分析機関の責任は重大である。税金を使って実施している分析であり、そのノウハウが必要とされているのならば、公開するべきだろう。
ついに公開された試験法
残留農薬の多成分分析で実績のある国の機関といえば、言うまでもなく、厚生労働省の検疫所である。ポストハーベスト農薬が問題化した15年ほど前から、あらゆる種類の輸入食品を分析してきた。現在では、年間に万検体単位で200項目の農薬を一斉分析している。
検疫所は、どんな方法で200農薬も分析しているのか?この情報に到達するのは、実は案外むずかしかった。厚生労働省は、平成9年通知の「迅速分析法」(文献1)以来、お墨付きの多成分分析法を公表してきた。しかし、検疫所で実際にそのとおりの分析が行われているかどうかについては、わかりやすい情報がなかった。
その情報が、ついに公開された。学術論文の形である。日本薬学会の論文誌 "Journal of Health Science" 51巻617ページ(2005年10月刊)、論題は"Validation of Multiresidue Screening Methods for the Determination of 186 Pesticides in 11 Agricultural Products Using Gas Chromatography (GC)" 。この雑誌は全文がPDFファイルとして無料で入手できる。(入手先: Journal of Health Science ホームページ)
国の通知試験法との違い
読んでいただければわかるが、この試験法は、「迅速分析法」とも、また、多くの個別農薬の公定試験法とも、かなり異なっている。私が携わった 残留農薬多成分スクリーニングに関わる試験技能評価 の中で研究班が提案したもの(概要は こちら )に若干の修正が加えられた試験法である。研究班の報告書・論文の中で、これが検疫所で実際に用いられている試験法であることが述べられている。だから正確には、「検疫所で使われている試験法」は今初めて公開されたわけではなく、2年前に既に公開されていた。ただ、あくまで研究の主題は技能試験であったため、分析法については詳しく書かれていなかったし、主著者は国立医薬品食品衛生研究所大阪支所のスタッフだった。
このほど発表された論文は、著者の全員が検疫所の職員だ。これがモニタリングに採用されている試験法であることがはっきり書かれており、今年4月の1,516検体の分析データまでつぶさに載っている。
ところが、厚生労働省のお墨付きの「迅速分析法」は引用文献になっていないし、試験法の根拠も述べられていない。いったい、どんな経過でこういう試験法が?と疑問に思われたかたは、 こちら を読んでいただきたい。簡単に言えば、お墨付きの方法では、手間がかかりすぎて万検体単位の分析に対応できなかったのだと思われる。手間のかかるステップが労力の少ない方法に置き換えられている。また、スクリーニング試験であることから、回収率は50%でよしとし、その分、多数の農薬に対応できるようになっている。農薬が検出された場合は公定法で正確に定量するという前提である。
大量検体の現場から生まれた試験法
私が初めてこの試験法を知ったとき、現場から生まれた数々の工夫に驚いた。穀類の脂質を除去するのにGPCも分液ろうとも使わず、共栓試験管でアセトニトリル/ヘキサン分配するところや、果実・野菜をいきなり酢酸エチルで抽出して、転溶というわずらわしいステップを省いているところなどなど。研究的に数十回程度の試験操作しかしない機関と、ルーチンで数万回試験操作する機関との違いを感じた。
残留農薬分析においても技術の進歩はいちじるしい。いずれLC-MSが主流になれば、検疫所は別の試験法を使うようになるかもしれない。しかし当面はこの試験法が利用され続けるだろうし、予算面でLC-MSを導入できない中小の試験室にとっては、かなり長期にわたって利用できる試験法だと思う。
また、この論文は国立医薬品食品衛生研究所の佐々木久美子室長がレビューされたことが謝辞で述べられている。現場から提案した試験法を国の研究者が認めたということも画期的だと思う。大量検体を扱う分析では、こういうパターンのほうがより実用的な試験法が生まれるのではないか。
幅広い種類の農作物での実績
そして、農薬分析への対応に頭を悩ませているみなさんにとって何よりありがたいのは、この試験法にはあらゆる種類の輸入農作物での分析実績があるという点だ。数品目から十数品目程度で実験してデータを作った試験法とはわけが違う。特殊な試料であっても、問い合わせれば分析例についての情報がもらえるかもしれない。論文には、第一著者の平原嘉親さんのメールアドレスが記載されている。
なお、平原さんは業務の傍ら努力を続けて、一昨年、化学系の検疫所職員として初めて博士号を取得された。ルーチン分析の現場の技術者が、自分たちの工夫を試験室内に閉じ込めることなく、論文を書く力も身に付けて外へと発信していく---それは、技術者たちの誇りにつながるだろう。あとに続く人たちが、どんどん出てきてほしい。
参考文献
1.厚生省生活衛生局長通知”残留農薬迅速分析法の利用について”平成9年4月8日、衛化第43号
(この記事は 本館 と同時ポストしています。)
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