« August 2004 | Main | October 2004 »

September 2004

2004.09.14

ブログで書いたことが原因で解雇された社員

 ちょっと最近、ネット上の情報にうとくなっている。すでに一回りしてしまった感じのニュースだが、このブログのテーマに照らしてはずせないので書いておく。

 あらきけいすけさんの日記(9月13日付け) で知った 個人ブログが「やぶ蛇」に--ネット企業が社員を解雇(CNET Japan、9月1日付け)の記事。

 Friendsterが米国時間8月30日、個人的に付けているBlogの内容に問題があったとして、従業員の1人を解雇した。同社は、オンラインソーシャルネットワーキングという新しい分野を開拓し、仲間うちでの自己表現を促進していることで有名な企業だ。解雇されたのは、カリフォルニア州サニーベル在住のウェブ開発者Joyce Park(35歳)だ。同氏は、個人的に書いていたBlog「Troutgirl」の内容が許容範囲を越えていると、30日に上司から告げられたという。また、最高経営責任者(CEO)Scott Sassaの決断だということ以外、解雇に関する説明は会社側から得られなかったと同氏は述べている。

 「解雇される前に、私がBlogのなかでFriendsterに言及したのは、3回だけだ。3回とも、一般に公開されている情報しか掲載していない。Blogをつける場合の社内規定もなかったし、(自分の行為について)事前に警告があったわけでもない。Blogの記載を取り下げるように言われたこともない」(Park)

 Friendsterの広報担当Lisa Koppは、従業員の人事についてはコメントしないと述べている。


 「一般に公開されている情報しか掲載しない」のは、私がとっている方針でもある。それでも問題が起こるのか?具体的に、どんな情報だったのか?会社側は説明していないが、記事にはこうある。
 Parkによると、同氏はそれまでJava J2EEで書かれた同社のウェブサイトをPHPに書き換えるため、今年1月に同社に採用されたという。新しいサイトは6月から運用が開始された。同社ではサイトのリニューアルについて大々的に宣伝しなかったが、外部の人たちのなかには、ウェブサイトのファイル拡張子が変わっていることに気が付いていた人も多い。

 ちょうどその頃、Parkは自身のBlog「Troutgirl」のなかで、Friendsterの以前のサイトは処理が「遅かった」と述べた。このコメントは、すぐにハイテクマニア向けの情報交換サイト「Slashdot」で取り上げられた。さらに8月には、このことがInfoWorldの記事のなかで書かれることになった。また、Parkは近ごろ、ソーシャルネットワークはもっと進化すべきだといった内容のコメントをBlogに掲載している。


 つまり、解雇された人がブログで書いたのは、自分の会社のリニューアル前のウェブサイトの処理が「遅かった」ことと、自分の会社が手がけているサービス分野が「もっと進化すべきだ」ということらしい。「遅かった」発言はメジャーなサイトで取り上げられたからある程度影響があったのだろうし、「進化すべきだ」のほうは、おそらく根拠=現状に対する批判を含んでいたのだろう。

 私は 「組織の人のblog」過去ログ の中で、組織の人のblogが問題になるとすればどんな場合が考えられるかについてまとめを書いた。今回のケースは、「たとえ既に公開されている情報であっても、組織として実施した事業内容に当事者の立場で言及するのは情報管理上好ましくないとして問題視される」というのに当たりそうだ。単に「言及」でなくネガティブな評価を述べたらしい。
 会社側がとった「解雇」という措置について論評はしないが、こういう事例があったことは心にとめておこう。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

2004.09.07

ネットでどこまで信用されたいか

 自分がネット上で提供している知識や表現している人格をどこまで信用してもらいたいか考えてみる。そして、その程度信用してもらうためにはどんな方法を採るのがいいかも考えてみる。

 酔うぞさんが インターネットで発信者の信用をどう確保するか? で述べられたとおり、「インターネットという一つのバケツの中にあまりに違う情報の入れすぎなのではないか?」と感じている人は多いかもしれない。公的機関や大企業が開設しているページも個人の日記やおしゃべりも、ネットバンキング等の財産に関わる情報も、同じネット内で流通している。フィッシング詐欺のようなことも起きる。

 しかし、いろいろなものが混在していて危なっかしいのは、別にネットだけではない・・・というのも、誰でも考えるところだろう。高い殺傷能力のある自動車が個人で所有できて歩行者と同じ道を走り回っているし、満員電車には痴漢もいるし様々な感染症の媒介スペースになっている。ごちゃ混ぜバケツはいたるところにある。それでもまあまあ平穏に世の中が動いていくのは、便利さと比べればこの程度のリスクは仕方ないという「社会的合意」があり、問題が起これば「ルール」が追加されていくからだ。
 ただ、インターネットは、発展と普及があまりに急速なために、既存のバケツよりも社会的合意やルール作りが遅れがちなのは確かだ。

 そういう発展途上・交通整理が遅れがちなネットの中で、ある程度の信用を得たい情報発信者はどうしたらいいか?個人の場合はネットバンキングほど信用が必要なわけではないが、それでも個々の事情に応じて、「信用してほしいレベル」が存在する。
 私は、
(1)提供する情報内容をある程度区分けする。
(2)区分けしたそれぞれについて、信用してもらいたい分だけ信頼性向上のための努力をする。
(3)期待するほど信用してもらえなくても、それ以上の努力ができないなら諦める。
という方法を採っている。
 具体的には、本館 で提供している専門情報は、私なりの最高の信頼を得たいので、元文献を示したり自分の経歴を公開したり、できる限りのことをしている。これに対して、このブログで書いたいくつかの体験談()は、話として聞いてもらえれば十分で、書いた以上の情報を求められても答えるつもりはない。答えるリスクのほうが、信用してもらえない不都合よりも私にとって大きいからだ。

 ネットは確かにごちゃ混ぜバケツだけど、参加している一人一人の意志で、自分の力の及ぶ範囲内の整理整頓をすることはできる。別の参加者の意識に働きかけることもできる。たとえば「匿名情報など信用できない」「匿名での発言はマナーが悪い」と一律に片付ける意見が幅をきかせそうな場合には、固定ハンドルネームの人たちは反論したほうがいいと思う。ルール作りが遅れがちなインターネットの世界では、そういう個々の参加主体による世論の力はかなり大きいような気がする。
 その一方で、自分の身の安全確保やもろもろの事情から十分なことができず、期待するほどの信用が得られない場合には、いさぎよく諦めるのも精神衛生上よいと思う。

酔うぞさんの記事以外の参考リンク

バカはサイレンで騒ぎ、インターネット利用者は激減する!?
インターネットが怖くてトラックバックが出来るか!
 「週刊!木村剛」より。木村さんは、御自身のビジネスにもネットを最大限生かそうと考えておられるようなので、匿名発言も含むネット情報全般ができるだけ信用される方向を意図した記事が多い。最初の記事に対する続編記事の受けはごく自然。

”別人格”の理由
 「d-mate weblog」より。前回記事で引用した 自サイトで書く の続き。日常生活でも、場面場面でちょっと(または大きく)違う自分を演じるのはよくあることで、それぞれをどうコントロールするか、という考察。
 リンクだけしてトラックバックしないのは失礼だったでしょうか。前回分もトラックバックしておきます。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2004.09.01

自分の発言ログを管理する目的

 前の記事「自分の足跡を管理する」では、発言ログを管理する「方法」について述べましたが、管理する「目的」には全く触れませんでした。そこへ 酔うぞさんからコメント をいただいて、念頭に置かれている目的が私の想定とはかなり違っていたので、面白いなと思いました。
 酔うぞさんが想定する目的とは、「ネットで別人格を表現する」 あたりにあるようです。なるほど。意識的・無意識的に別人格になっている人って、多いかもしれませんね。たしかに、別人格を演じるならそれなりの注意を払わなければならないでしょう。特に性別や年齢や立場を詐称(までは行かなくても、読者の勝手な想像を誘うような書き方を)している場合などは。
 別人格を演じるのは疲れるし、長続きしませんよ、「自然体」が一番・・・というのが酔うぞさんの御意見です。

 私のブログは方法論だけ書くようにしていて、目的にはあまり触れないようにしています。「目的」は個人個人の価値観と密接に結びついていますから、目的そのものに対していいとか悪いとか評価したら、ネットでは過敏な反応が返る場合もあるからです。それと、他人の「方法」は参考になっても、「目的」はすぐには参考にならないことが多いです。

 けど、今回だけはちょっと口をはさんでみましょう。私は、「別人格を演じる」人がいるのは理解できるし、そういうのもまた楽しいと思います。
 匿名で表現されている人格はすべて、現実にはまったく存在しない可能性があります。大多数の匿名の人は、身元が割れるのを警戒しつつも、リアルの自分に結びつくかもしれないリアルな情報を提供しているでしょう。リアルさがない情報は、書いても読んでも魅力に乏しいものですから。でも、現実としか思えないリアルな人物像でありながら、実は虚構なのかも・・・と想像すると、真剣に読む自分がばかばかしくなったり、これが作り事だとすればすごい筆力だなーと感心したり。
 こんな余地を残しながらコミュニケーションできるのも、ネットの面白さではないでしょうか。「別人格を演じる」目的にも、発言ログ管理の方法論は役に立つと思います。

 ところで、「発言ログを管理する目的」、私の場合を書いておきます。
 「仕事の上で差し支えのある情報」「不正確な情報」「個人情報」を流してしまうのを防ぐため。それと、「発言相互の矛盾(分析屋としての信用に関わる)」を避けるためです。たとえば、過去に書いたことと一見矛盾することを書く場合、なんの説明もせずに書いてしまうことはしたくない。前のときとはどのように観点が違うか述べたり、実際に考えが変わったのであれば、変わった理由を述べたい。過去の記述に認識不足や間違いがあれば、訂正したい。そのために、自分の過去の発言は管理できるところに置いておきたいです。
 この際、前に掲載していた内容を痕跡なく消してしまうのは避けています。取り消し線や追記を使って、どこをどう修正したか示すようにしています。トラックバックいただいた 自サイトで書く (d-mate weblog)で、こういう御意見が書かれています。

もちろん、管理下にあるからといって、むやみに過去に公開したコンテンツを書き換えたり削除したりするのは好ましくないだろう。逆の立場に立ち、自分が言及したコンテンツが突然正反対の意味に書き換えられたりしたら、不快どころではない。
 これはまったくそのとおりだと思います。

 もうひとつ、「自分の発言ログを管理する目的」として読まれたくない相手に見つからないようにしておくためというのもあるかもしれません。たとえば、こっそり書いたつもりでも、あとでそのページへのアクセスが思いがけず増えた場合は削除するとか。
 まあ、そういう目的のためにも発言ログ管理は必要でしょうが、「絶対読まれたくない相手がいる内容は公開の場で書かないほうがよい」と私は思います。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

« August 2004 | Main | October 2004 »