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2004.05.14

木村さんの訴え方のうまさ2

 木村さんが新しく書かれた記事は、迫力と読み応えがある。(モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために)。15年間文筆家として活動してこられた経験の重みを感じる。
 木村さんに対して「コミュニティを壊すような行為が許されないことは、実名・匿名とは関係ない」との意見が多数寄せられたわけだが、この記事では匿名の人こそが自重しなければならない特別な理由があることを述べておられる。その理由とは、匿名での発言は、訴訟という究極の事態になった場合の責任を他人に負ってもらっているところにある。(2ちゃんねるのひろゆき氏のように。)匿名の人たちが、このことを忘れた振る舞いを続けると、匿名発言という自由は社会的に抹殺されかねない。
 見事な切り返し方だ。こういう深い背景があって「匿名性というセーフティネットの中で許される言論の自由とは如何なるものであるべきなのか」の問いかけをされたとは、私には思い至らなかった。

 ところで、今回の記事を単独で読めばすこぶる感動的なのだが、これは話の起点とどう結びつくのか。

 もともと、木村さんファンの女性のblogに匿名書き込みがあって場が荒れたという一件だった。(リンクをすべきでないとか議論があったがご本人のHINAさんは名前を隠されるほうがむしろ「ムズ痒い」と書いておられるからリンク:お騒がせしております。
 この一件を木村さんの匿名論で解釈すると、こうなる。(匿名の人をXさんとしておく。)Xさんが捨てハンドルだったとすれば、XさんはHINAさんが100%発言の責任を負う状況下で木村さんを批判または中傷したことになり、そのせいでHINAさんが困られた。HINAさんは木村さんにとって大切なファンだ。自分の周囲の人が自分を原因とすることで困るのは見過ごせず、木村さんは ご批判はできれば直接私に対してお願いしたい と書かれた。

 木村さんは「訴訟を起こされるリスク」があるかないかで「匿名」を区別しておられる。つまり、木村さんの言う「匿名」には、固定ハンドルでblogを開設しているような人は含まれていない。

 ネットでの匿名・実名論に慣れている人なら、ネット上の人格は主に「実名/固定ハンドルネーム/捨てハンドルネーム」の3段階で認識されることをよく知っている。そして、「固定ハンドル/捨てハンドル」の議論は良識的な意見の合唱で収まるが、「実名/固定ハンドル」はしばしば扇情的な激論になることを知っている。
 なぜなら、捨てハンドルの人はどう言われようと自分のアイデンティティーなんかにこだわりがないのに対して、固定ハンドルの人はその名での人格に愛着があるからだ。

 私がここで展開しているのは、「実名/固定ハンドル」の議論だが、木村さんが念頭に置いておられるのは、実は「固定ハンドル/捨てハンドル」のほうだった。となると、匿名の人はコミュニティを壊す権利を持っているのか? の記事は、やはり若干トリッキーだったと考えざるを得ない。固定ハンドルネームの人たちの感情を刺激しやすい「実名/固定ハンドル」論を前置きとして、「固定ハンドル/捨てハンドル」の問題を語られたわけだから。最初にトラックバックを寄せた50人以上のブロガーの多くは、自分も「匿名」の中に入れられたと考えて反応したと思うが、今では木村さんの「匿名」に自分が該当していないと理解して気持ちが和らいだことだろう。

 ただし、木村さんのネット歴を考えると、このような3段階の認識がなく、単に匿名と実名の2つしかないと思っておられる可能性もある。また、木村さんの訴え方のうまさ でも述べたとおり、ネット社会のありかたを多くの人が考え直す機会として有益だったとも思う。今回書かれたような名文も生まれたことだし。

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