分析屋は口が固い
残念ながら、化学分析の仕事が好きという人ばかりが分析屋になるわけではない。
学生の頃、友人が「理系だと、とりあえず分析はできることが期待されるんだよなあ」とつぶやいたことがあった。当人は基礎的な生物学を専攻していて、でも、そういう分野での研究が続けられる見込みはあまりなくて・・・という状況下での言葉だった。
大雑把に言って、未知のものを探究したり、新しいものを生み出す仕事は楽しいだろう。それに対して、決まったことを確実にこなすだけの仕事は面白くないと感じる人が多いと思う。また、決まったことをこなす仕事であっても、顧客との接触があって自分が役立っている実感があったり感謝されたりすれば、それがやりがいにつながるに違いない。
分析は、正しい分析値を出して当たり前という世界で、成果が評価される機会は非常に少なく、失敗が命取りになる危険は常につきまとう。しかも、たいてい顧客と直接顔を合わせることはなく、検体を受け取ってデータを返すだけになる。
そのせいかどうかわからないが、あまり強く志望したわけでなく、技術を持っているからとか、他に就職口がなかったからという理由で分析技術者になっている人はけっこういるようだ。
以前 分析技術者のかた発見 で紹介した齋藤 喬さんのココログ オールインワン日記。齋藤さんは新年度から異動されて分析の仕事から離れたらしい。
あまり分析がお好きでないことは以前からうかがえたが、 4月1日付けの記事 では
とはいえ、内心で悩んでいる部分が無きにしも非ず。私がこれまで覆面勤労大学院生などという奇妙な形態で翻訳の勉強を続けてきた、その原動力としては、「こんな仕事、辞めてやる!」という後ろ向きな情念が非常に大きかったわけなのです。負の思考をなるべく有意義なかたちにねじ曲げながら、もう一息で大学院を卒業できそうなところまでたどり着きました。そこまでだったとは。
しかし今さら仕事が面白くなり、辞めたい気持ちが無くなったら、翻訳の方はどうすればよいのでしょうか。もちろんここまで来た以上、なんとしてでも大学院は卒業しますが、そのあとは……?
齋藤さんの記事をいくつか読むだけで、きっちりとした文章、端正な暮らしぶり、人間関係での誠実さがうかがえる。こういう人にこそ、分析の仕事は向いているように思うのだが・・・。
いったい、どんなところに不満を持っていたのか、ちらっとでも書いてくれないかなと思いつつ時々のぞいてみたが、一ヶ月経ってもいっさい理由らしきことは書かれていない。分析機関の管理職の人たちには興味のあるところだと思うのだが。
しかし、ペンネームとはいえ、公開の場で具体的なことは何一つ書かないというのもまた、分析屋らしい心がけだ。
日本分析化学会の会誌「ぶんせき」2004年2号の巻頭言で、財団法人日本分析センターの高田芳矩さんが述べておられる。
分析技術者は古くから、(1)うそをついてはならない、(2)依頼者の秘密は守る、(3)信頼を失う行為はしない、ことを徹底的に躾けられてきた。その結果、分析技術者には無口の人が多くなった。
分析屋は口が固いのだ。
2004/5/20 追記
この記事に関連してクロやんさんが 気まぐれ日誌(5/15付け) で、自分自身はどんないきさつで「好きでもない分析屋」になったのか書かれました。
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