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2004.04.10

私がネットで実名を名乗る理由2

 私が加入していたある専門家団体でのできごと。その団体は大きめのサークルという感じの任意団体で、啓蒙や社会的提言を目的として、会員の書いた文章を集めた機関誌を発行したり講演会を開くのが主な活動内容だった。機関誌の内容の一部はホームページでも公開していた。
 あるとき、「匿名(ニックネーム)の一市民」を名乗る女性---仮にAさんと呼んでおく---が団体の掲示板に書き込みをしてきた。団体のホームページ内で掲載されている解説記事の内容に非常に問題がある、どういうつもりでこういう文章を掲載しているのか説明してくれ、といった文意だった。

実名の個人と団体に、匿名の人が議論を挑んできた
 問題の解説記事とは、ある医薬品に関していくつかの資料を引用しながら述べたものだった。文章全体としても結論としても、「この医薬品は、使用する人に深刻な健康被害を与える」という主張になっていた。
 Aさんは、その医薬品を推進する立場のホームページを開設している人だった。Aさんのサイトでは、その医薬品を使用するメリットとデメリットがわかりやすく詳細に解説されていた。普通の一市民ではなく医療関係の専門家に違いないと思われる知識の深さ、また、本当に医薬品を使う人の立場に立った思慮の深さがうかがわれた。

 私はそれまで特段その医薬品に関心があったわけではなく、問題の解説記事も読んでいなかった。記事を書いたのは、Bさんという実名の専門家だった。Aさんのサイトと比べながら読んでみると、バックグラウンドの違いは歴然としていた。Bさんの記事は、別の団体が集めた資料をもとに、その団体の主張をそのまま紹介したものに過ぎなかったから。

団体はAさんの申し入れを無視した
 Aさんの書き込みに対してBさんが掲示板で返信したが、Aさんは納得せず、個人でなく掲載した団体としての見解を示せと要求してきた。しかし団体としては反応しなかったので、Aさんは自分のホームページ(1日1000ヒット)で、団体とBさんを名指しする批判を掲載し始めた。そして団体内部のメーリングリストでは、ある程度ネット歴がある人なら誰でも想像がつくようなすったもんだが起こった。

 途中は省略するけれど、結果としては、団体は掲示板を過去の発言も含めすべて削除した。そして、機関誌の記事をホームページに掲載する期間を限定することにして、Bさんの記事はその期間を過ぎているという理由で(つまり、Bさんの記事が妥当かどうかという議論は抜きで)、他の古い記事とともに削除した。
 表向きは全く無視された形のAさんは、自分のホームページでしばらく批判文の続きを書いていたが、完結せずに止まってしまった。

有意義な議論になったはずなのに
 私が今でも残念に思うのは、ちゃんと議論が行われれば、その医薬品について一般の人がより深く理解できる機会になったはずなのに、そうならなかったことだ。
 なぜ団体は、Aさんに対して全く反応しなかったのか。内部には、Aさんが匿名だからだと説明された。ちゃんと名乗っている相手であれば、たとえ普通の一市民であっても、ネットでの問いかけに対しては団体としてネットで何らかの反応をするのが礼儀だったと思う。記事を書いたのはBさん個人だが、機関誌やホームページで掲載したのは団体だったのだから。

匿名と実名の間の大きな隔たり
 この事件をきっかけに、私は、匿名と実名の間の厚い壁を意識するようになった。匿名どうしまたは実名どうしで話すときにはほとんど意識しなくてもいいことが、いざ匿名vs実名での激しい議論になったときには、強烈に効いてくる。
 たとえ一日1000ヒットのサイトのオーナーであろうと、Aさんは匿名だった。充実したサイトという実績は、Aさんの過去を映すものではあるけれど、未来のことは全く保証しない。明日にはAさんはサイトを閉じてしまうかもしれない。
 それに対して、Bさんは別に有名人ではないけれど実名だった。医療関係の専門職として、所属する病院の職員や患者さんには名前が知られている。Bさんの氏名は、Bさんの一生と共にある。
 つまり、議論によって優劣がつく場合、Aさんの失うものに対してBさんの失うものはかなり大きいのだ。これは対等に議論するには不公平な条件だ。

実名で行くか匿名で行くか
 こういう経験から私は、これからネット上でまとまった人格を表現しようという人は、実名で行くか匿名で行くか、早い段階で自分の中ではっきりと決めておくほうがよいと思う。
 「実名」というのは、いきなり本名を書くという意味ではなく、ゆくゆく、実名を出すことになったとしても困らないように心構えしておくということ。こういう意味では、けっこう多くの人が「実名」ではないかと思う。Aさんのように徹底して匿名を貫く人のほうがむしろ珍しいかもしれない。(彼女は個人的なメールでも全く名乗らなかった。)

 ところで、完全に匿名の人から激しく批判されるというのは、ものすごく気持ち悪いものだ。これは、実際に経験した人でないとなかなか分からないと思う。団体の中では、Aさんの正体に関して、実は製薬会社の男性社員だとか、複数の人物が作り上げている架空の人格だとか、元過激派だとか、ありとあらゆる憶測が飛び交った。
 また、匿名で発言すると、リアルな人間関係では使わないような激しい言葉を使ってしまいがちだ。Aさんは最初はまあ礼儀正しかったが、だんだん挑発的な言葉づかいになった。相手にされないことへの苛立ちがあったためとも思うが、挑発的になるほど、実名の側では無視が妥当という意見が優勢になった。

おまけ
 なお、この一件は私に「専門家が組織の名を借りて発言することの危うさ」を痛切に感じさせた事件でもあった。Aさんのやり方はともかく、主張の内容は傾聴に値するものだったから、私はBさんには自ら記事の内容を検証しなおした記事を書いてもらいたいと思った。また、団体に対しても、Bさんがそうするように促すか、あるいは他の会員が書くかしてほしいと期待した。
 しかしそうはならなかったし、私も医薬品が専門ではないのでできなかった。つまり、一般の人から見れば、専門家団体が発行する機関誌の記事は、一人の専門家の発表したものより信頼できそうに思われるにもかかわらず、実態としては内部でのチェックが働いていないどころか、発表することへの覚悟も十分でなかったのだ。Bさんが一人でやっていたなら、もっと覚悟が必要だから、ホームページでの発表はしなかったと思う。
 先月、「専門家は個人の責任で情報発信するな」をめぐる一連の議論 が起こったとき、自然と私はこの一件を思い出していた。
 チェック機能が十分働いていない組織の名のもとで専門的な発言をするのは危うい。専門外の人に過度の間違った信頼感を持たせてしまう。水面下で他者の力を借りて自己点検するのは有意義だけど、組織の裏付けがあるかのような物言いをするのは慎むほうがいいと私は思っている。(繰り返しになるが。)

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