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2004.01.28

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このblog」カテゴリの記事

Comments

線分BEとCDのかさなった所に線分BCと平行な線を引くと・・・

僕は安積高校を目指す中三生です!!

Posted by: master | 2007.07.30 at 06:57 PM

私が問題性を感じた理由
http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_79e7.html
に書き込まれた比ヤングさんのコメント


>ニセ科学問題に取り組むために科学者有志による団体を作りたいという人がいれば、それは別に悪いことではないと思います。

ま、その場合は「科学者」である必要はあまりなくて、単に有志でいいと思います。既にあるようですけれど。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.22 at 11:53 PM

繰り返しになる部分が多いはと思いますが、私の考えを述べます。

建前として、あるいはスローガンとしては「一般の人へ科学を啓蒙する」ということが言われます。その中では「科学は単純な二分法ではない」といったような注意もあるようです。

ところが、一般の人へそれを伝達する場面では(建前として何が言われているかはともかく)現実には「これはニセ科学だ」という二分法(レッテル貼り)の方が進行することは十分に予想できることです。啓蒙の観点から言えば、同時にこの事を注意し、そういう反応をも批判する事が必要です。

一方、啓蒙ではなく「ニセ科学の被害防止」という観点から見ると、このような事態はむしろ有効と言えます。
建前と実際との間に、ちぐはぐな感じを抱いています。

研究者の個人的活動としては「ニセ科学の被害防止」という観点を重視される方がいるのは大変に結構なことと思うのですが、教育機関や研究機関としては啓蒙を重視すべきで、その啓蒙重視は建前だけであっては良くないのでないか、と思います。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.23 at 12:19 AM

ちょっと言い方で気になったのは、「ニセ科学の被害を防止」することが「科学を伝える」ことの意味でないと思うのですよ。正確には、被害の防止の意味もあるかもしれないけれど、それは普通は「科学を伝える」意味のごく一部でしかない、と思う。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.23 at 02:16 AM

もちろん「科学を伝える」価値とは独立に「ニセ科学の被害を防止」する価値があると思っていますので、ニセ科学被害防止の活動に意味がないと言いたい訳ではありません。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.23 at 02:25 AM

柘植明さんのコメントへの返信
http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0298.html
に書き込まれた比ヤングさんのコメント


啓蒙:「一般市民の科学リテラシーを高める」
運動:「ニセ科学による被害を防ぐ」

この二者はそれぞれに意味がありますが、大きく異なるものです。運動にはなっているけれども、啓蒙には全くなっていない。それはそれで構わないのですが、啓蒙であると勘違いする人も多いように思われる点が気になります。

>たぶんあそこに参加した人の99%は、批判の内実をわかっていないと思うんですよ、それはつまり非常に専門的なことなので、相当に勉強した人じゃないとわからない。もちろん僕だってわかりません。だけれども、とにかく善悪図式だけが存在し、わかりやすいキャラクターがいて、敵もはっきりしている。

啓蒙から運動にこぼれるとき――サブ政治とポピュリズム
http://ised-glocom.g.hatena.ne.jp/ised/00061030
言説を紡ぐ/に対する態度
http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-355.html

Posted by: 比ヤング | 2007.08.22 at 12:31 AM

>研究者はニセ科学に対してもっと発言しなくてはならない

それはそれとして意味のあることだと思います。問題は研究者個人や別種のタイプの機関がではなく、【学会として社会に向けて】発言する場合に、学会に寄せられた情報の中からリストを作成してそれに批判的コメントをつけて発表するようなことが適切なのかどうか、ということだと思う。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.22 at 12:10 PM

>僕などが危惧する社会全体の非合理化であるとか、柘植さんの言われる「健全な保守性が失われている」みたいな話

それは、極めて印象批評ですね。【だから、悪い】とは言いませんが…

Posted by: 比ヤング | 2007.08.22 at 12:51 PM

「一般市民の科学リテラシー」が高くないことが「ニセ科学の被害を拡大」している側面が一部にあるとしても
「ニセ科学の被害を防止」する運動が「一般市民の科学リテラシー」を上げるかと言うと違うと思います。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.22 at 01:52 PM

糖尿病については、「現実的に可能な検査」によって、糖尿病であるのか、ないのかを判定できる訳ですから、その兆候のようなものが見られれば「検査」を勧めれば良い訳です

血液型診断を「国民のほとんど」が信じている、という前提は簡単には共有できないと思います。事実、信じていない人が周囲に沢山いるのではないでしょうか。その確認のためには、社会調査のデータ等が必要ではありませんか

Posted by: 比ヤング | 2007.08.22 at 09:02 PM

分析化学会は「ニセ科学」と向き合うか
http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_60e8.html
に書き込まれた比ヤングさんのコメント

はい。ですから、「ニセ科学による被害」の防止という観点と「科学に興味を持つ」という意味での教育ということにトレードオフがあり、後者の観点は(各分野で)リテラシーの向上に至るまでの間に、誤認や失敗がつきものである、ということです。

危険を自分で見分ける能力が向上するには、危険を経験する必要があります。例えば自動車の教習所のように、実際には安全な形で擬似的な危険を経験し、危険回避の能力をつけるのは難しいことです。それを、一つ一つの分野でやっていくことになります。

「教科書に書いてあることか、どうか」というレッテル貼り、「お上がどう言ってるか」というレッテル貼り、「保険が利か、どうか」というレッテル貼りの利用は、科学的態度の追求という面では逆行はしますが、有効な対策である、と私も思います。そして、科学の専門家も自分の専門外の分野については、科学的態度を追求して自分で判断するよりも、そういったレッテル貼りを利用
する方が普通でしょう。

もちろん、ニセ科学対策に逆行する面があるとしても、科学教育には価値があると私は思っています。

------

江本氏が書いた「??」という本は対象でしょうけど。でも、本って、自然科学の対象ではないと思いますね。でも、人文科学の対象にはなりますね。我輩は猫とか。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.20 at 01:59 AM

>「レッテル貼り」が教育的な意味での「ニセ科学対策」になるとは私は思いません
>国民生活センターや消費者センターのような公的機関が取り組むほうがよいと考えます

私もそう思います。その一方で、ある一個の人間が、ある場面ではニセ科学対策に関わり、ある場面では科学教育に携わるということは、何の問題もないと考えます。ただし、教育・研究機関がニセ科学対策に【直接的に】関わることは問題があるかもしれません。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.20 at 02:37 AM

5分で伝授できる「ニセ科学」対策
http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_48b0.html
に書き込まれた比ヤングさんのコメント

>私の文章の主旨は「科学的な態度の追求」ではなく「手っ取り早い対策」なので

『科学的態度の追求』は、ニセ科学対策としては労力を要するので万人向けではない、と私は思います。それに科学的態度の追求は間違うことも含めて試行錯誤が大事ですので、その過程で、あるニセ科学を「本当かもしれない」と推量することはある程度の頻度で起こるはずのことです。そうでなければ科学的態度とは言えない、というのが、私の考えです。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.15 at 11:38 PM

要するに、学会が社会に向けてやるようなことではないが、(学会にたまたま所属している)個人がやる分にはかまわない。ニセ学会になってしまう

Posted by: 比ヤング | 2007.08.21 at 02:27 PM

Posted by: ここの管理人 | 2007.08.23 at 06:51 AM

>比ヤングさんのコメントについては、今後は1記事につき1つまでにしてください。

うまくできそうにないので私はこちらの方で。

>菊池さんたちの形成しておられるネット上のコミュニティが以下のような構造に見えるからです。
(中略)
>・非専門家も認定活動に協力することで何らかの社会正義を実行したとの充足感を得ているようである。

それだと「ニセ科学認定活動」になっているように思う訳です。
それはそれで「ニセ科学の被害防止」という点では利に適っているとは思います。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_79e7.html#comment-15131745

Posted by: 比ヤング | 2007.08.23 at 07:28 AM

建前としてどう言っているか(どう考えているか)と、実際にどうなっているかは違うので

実際がほとんど建前通りにいっていない、ということを認めていれば外野がとやかく言うことはあまりない、と思うよ

私は、実際の問題としては【自警団】のように機能している、と思います。建前と違っていても、それはそれで意味があるでしょう

Posted by: 比ヤング | 2007.08.24 at 12:39 AM

ニセ科学問題に根本解決はないです。科学リテラシーの向上にも上限はないです。「ここまで科学リテラシーが向上すれば、ニセ科学問題が根本解決する」なんて線がどこかに引かれている訳でもない

Posted by: 比ヤング | 2007.08.24 at 02:33 AM

結局

レッテル貼りは科学啓蒙には反するけれど、ニセ科学の被害防止には有効だ

という当たり前の結論でいいように思います。科学啓蒙に反してはいけないと考えるから、無理というか、誤魔化しが発生してるんじゃないでしょうか。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.24 at 04:34 AM

津村さんは風評被害を問題にしてるんだ、と思うけど…

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_431f.html

Posted by: 比ヤング | 2007.08.24 at 05:44 AM

もし【レッテル貼りを回避】してニセ科学批判をしたいなら、【一般論を中心】に議論をすればいいですよね。

かくかくしかじかの条件・状態においてはかくかくしかじかの問題が発生しがちである

というような感じで。私自身はレッテル貼りがいけないとは思いません。実際にレッテル貼りをしているのに、レッテル貼りをしていないと言い張る必要はないと思いますよ。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.24 at 06:08 AM

ここでの問題はむしろ逆で、「セミナーで聴いた」印象
からその方法(=啓蒙)では足りない部分を補う意味で「5分で伝授できる」というエントリーの中でレッテル
貼りの有効性を述べた。

ところが、実際を見てみたら、(ほとんど黒のものに)黒だとレッテルを貼るようなことが中心になっていた。

最初に聴いたセミナーでの啓蒙という価値観から見ると
成功していないので、それが悪印象になっている。そういうことだ、と思う。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_431f.html#comment-15151596

Posted by: 比ヤング | 2007.08.24 at 06:57 PM

>問題なのは批判対象がピックアップされる手続きと考えます。批判されて当然なものが批判されるのはいいとして、批判されるべきなのに運良く対象にならないものが発生するのは不公平でしょう。
>個人がボランティアでやっている段階では仕方ないかもしれませんが、多数の科学者の同調を得て進む場合、しかも「被害防止」でなく「科学の啓蒙」が目的であるなら、公平さが求められると思います。

研究機関や教育機関がこの問題に関わるときは、上記の懸念に十分に配慮する必要があると私は考えます。

>私個人の経験では、個別の「ニセ科学」についての議論を深めていくなかで、より深い社会の病理に気づき、教えられる──という学び方でしか、この問題には気づけませんでした。
>個別の「ニセ科学」についての言及を最小限に努め、メタな理念の議論に終始していたら、少なくとも私は、これほど明瞭なニセ科学問題に対する認識をもつ事はなかったと思います。

それは要するに【ニセ科学批判の運動のため】に必要なことである、ということですね。科学の啓蒙のためではない。

>危機感の根拠は、現実に起きているニセ科学被害だけでも十分過ぎるくらいだと思います。

それならニセ科学被害を防止できればいいのであって、そこから【社会の病理】まで拡げて考える必要があるのでしょうか。私には、【ニセ科学被害の防止のために、社会全体の有り様まで変えたい】というのは、少し行き過ぎのように思えます。
社会の病理まで拡げるなら、ニセ科学被害に留まらない【社会全体に関する問題として病理がある】ことを示す必要があると思います。

>「学力低下」でさえ基礎データ不足が云々されています。もっと検証しにくいと思われる「科学的な態度の欠如」をどうやって測定して「病理」とまで呼ぶのか、私は知りたいです。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html

Posted by: 比ヤング | 2007.08.25 at 12:38 PM

>「その批判の強さは対象の行為・言説に比べて不当に行き過ぎている」という事ならば別ですけど、そういうニュアンスではないですよね

いや、普通はそういう感じだと思うよ。よく分からないけど。

>今の社会は、その点で異常だ

異常なのかなあ?適切な比較対象が思い浮かばないから
これもよく分からない。

要するに感覚の問題みたいですね。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15169640

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 12:54 AM

>もしその当事者に、自分は悪い事・望ましくない事をしていたという自覚があった上で

「自覚ある悪徳」系の人は無視する、隠れる、逃げる。そんな感じが普通じゃないですかね。ネットは学校とは違って、うるさい人はスルーすればいいんで。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 01:17 AM

>どこで誤解されたのかわからないけど、「科学の啓蒙」が目的で「ニセ科学批判」をやっているわけではないです。
それがはっきりしていれば、あまり問題はないような気がします。「被害防止が目的です」ということで。

>「優先順位問題」は完全にFAQで、これには三つの立場があります。
(1)と(3)は論外でしょう。しかし、(2)以外に「政治的合意のプロセス」を使うという選択肢もある訳です。菊池さんにそのお考えは毛頭ないと思いますが。公的機関による取り締まりや法律の改定などはこの範疇になります。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15170608

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 03:13 AM

>「科学の啓蒙」が目的で「ニセ科学批判」をやっているわけではない

>学問上の批判とはまったく違います

よく分かりました。ただ、大学のサイトを使っているというだけで、その誤解の余地は発生していると思います

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 03:44 AM

>「定かでないことを社会に対して定かである様に言うのは悪である」という社会的判断基準における悪

これも少し乱暴な話で、と学会なんかの笑えるトンデモさんはむしろ社会的に善ではないのかな
悪と言うからには【被害】という基準が必要でしょうね

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15171084

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 08:13 AM

「アルコールは善だが、アル中は悪である」というのが普通の社会的基準であると思う。確かに「アルコールが悪である」という個人的基準をお持ちの方がいても構わないし、禁酒法時代というのもあったりするようですが

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 08:36 AM

>津村さんが「現実など見る気はない、自分は学問的正しさの中で遊んでいたい」といわれるのを止める気はありません。でも現実は動いていますので、邪魔をするのはほどほどにしていただければと思います

研究機関や教育機関が学問的正しさという社会的役割を担っている、と看做されるのは普通のことではないでしょうか。個人が正しいと考える政治活動をなされるのは別に構わないのですが、機関と個人の関係がはっきりしないのも誤解の要因になっていると思います

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 09:05 AM

>「定かでないことを社会に対して定かである様に言うのは悪である」という社会的判断基準における悪

そういう社会的判断基準を「厳密でない基準」としては是とするならば、【きれいな言葉を使うのは善で、きたない言葉を使うのは悪】という基準も厳密でないものとしては、是だと思うんだけどね

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 12:18 PM

>次に新しいニセが出たとき自分で判断できるような考え方を教えないといけない

つまり、【ニセ科学被害防止のための啓蒙】だよね。

>他人を騙す宣伝で商品の差別化をした(ように見せかけた)時点で、社会的な規範からは外れています

ここで問題になるのは、本当に騙しているか、どうか。「騙しているように見える」だけでは駄目な訳で、それは「学問的判断」を完全に越えますよね。

>多分これは一周遅れた認識じゃないかと感じました

「一周遅れた」という表現は誤解の元ですよ。「転倒した認識」でしょう。「科学の啓蒙」ではなくて、あえて言うなら【ニセ科学被害防止のための啓蒙】ということよね。ただ「啓蒙」とか「科学の啓蒙」とか聞くと、「啓蒙のためのニセ科学批判」と思うのは当然の誤解だと思うね。

>科学リテラシーをどうやって教えるかからやらないといけない

【ニセ科学被害防止のための科学リテラシー】ということだね。

>「これは科学である」というレッテルが先に貼られているという現実がある

個別の事例について言えば、それは【「レッテルが貼られている」というレッテル貼り】をしている訳だ。その判断は、やはり「学問的判断」を完全に越える。もちろん、それがいけない、という訳ではないが、それが単なる【学問的判断に基づくという誤解】は避けるべきだとは思う。

>脅されたり嫌がらせされたりして止めるくらいなら、表に出て個別の批判などやらない方がいい

【そういう方には早々に止めて頂いた方がいい】というご判断ですね。

>「あるある大事典」の「実験」を信じたり、みのもんたの健康番組を信じて翌日のスーパーから特定の商品が消える

本当に信じているのかな?【信じた振りして噂話し】、【単なるブームに乗る楽しさ】は?それも病理と言えば言えると思うけど、「信じている」というのは仮説にしか過ぎない。いや、もちろん中には信じている人がいたのは間違いない事実だろうけど。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15176263

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 06:29 PM

>「マイナスイオン製品」に関してBBSなどで議論していると、批判派の方から「危ない人」と思われてしまうことがあります。
>ニセ科学も問題だけど、教科書に書かれていることを疑う人間を否定することも危ういことだと感じています。

これも、【ニセ科学の被害防止】の観点と【科学的好奇心】の観点の対立ですね。
どうしても対立してしまう部分はあるんですよ。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15177990

Posted by: 比ヤング | 2007.08.26 at 08:43 PM

>私は、ニセ科学批判の目的について誤解していました。科学リテラシー向上のための啓蒙活動のように考えていました。
>「啓蒙が目的」と聞くと、お行儀のいい活動をイメージします。ネットでの確執は、啓蒙や教育とは相容れないように思います。
>コミットにそれほど覚悟のいる活動とは思いませんでした。

要するに【この誤解】が行き違いの原因になったんですよね。

>他人の「批判のしかた」がおかしいと思うなら、自分の「批判のしかた」を実践してみせるしかないです。それ以外のやりかたはないんですよ。「批判はすべきだが、連中のやりかたはおかしい。自分ならもっとうまくやれると思うが、やる気はない」というのでは、誰にも対応できないです。

それは、どうかなあ…?

他人の「ビジネスのしかた」がおかしいと思うなら、自分の「ビジネスのしかた」を実践してみせるしかないです。それ以外のやりかたはないんですよ。「ビジネスはすべきだが、連中のやりかたはおかしい。自分ならもっとうまくやれると思うが、やる気はない」というのでは、誰にも対応できないです。

今回の件は【啓蒙が目的だ、という誤解】が原因ですよね。その後、「いいえ、科学の啓蒙が目的ではありません。ニセ科学の被害防止が目的です」とはっきり説明があったので誤解が解けたのだから、津村さんが疑問をぶつけたことは意味があったと思う。
そういう誤解があるということが分かったので、今後は【そういう誤解が起こっていないか、少し注意しよう】ということでいいのではないでしょうか。少なくとも私は【そういう誤解を防ぐことに関心を持ちました】。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html

Posted by: 比ヤング | 2007.08.27 at 01:23 AM

>紛争の過程を見せることも教育のうちです。法的紛争だって、決着が付く前から訴状やら訴訟資料やらを全部公開しながら進めてたりしますので……。

それは単純な話で、「科学の教育ではない」ということですよ。「科学+教育」と言えば、科学の教育のことだと普通は思うでしょう。だから「【科学の教育】ではなく【被害防止の教育】である」と注意を重ねていくことをしないと誤解が生じるんです。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15184158

Posted by: 比ヤング | 2007.08.27 at 06:03 AM

>あちら側が理不尽なわけです。あちらにはあちらの都合があるのですよ。理屈よりは都合でしょうね。もし、「確執」として問題視されているのがああいうことであるなら、まともな批判はできません。

相手が理不尽(あるいはニセ)かどうかではなくて、そういった【科学の教育】にはそぐわないことがめったに起こらない事故みたいなものであるかどうかでしょうよ

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15185423

Posted by: 比ヤング | 2007.08.27 at 11:58 AM

>実体があやふやなものに対し「これは科学である」というレッテルが先に貼られているという現実があるんですね。それを批判するということは、「科学である」レッテルの上に「ニセ科学である」を貼り付けるか、もしくは既に貼ってある「科学である」レッテルを間違いを理由に剥がす行為であるかのどちらかです。

いや、それだけなら【ニセ科学】というレッテルは過剰でしょう。【非科学】というレッテルで、十分。プラス「社会悪」にもなっているということがないのに【ニセ科学】というレッテルを貼るのは不公正ですね。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15176263

Posted by: 比ヤング | 2007.08.28 at 02:36 AM

>菊池さんの講演では、「ニセ科学は悪いものなんだ。自分たちはそれらをやめさせるための批判活動をしている」というまっすぐなメッセージが伝わってきませんでした。
>しかし、菊池さんも実は「ニセ科学という社会悪を正す」が最大の目的なのですよね。みなさんにとっては「何をいまさら」かもしれませんが、apjさんのわかりやすさに比べて、菊池さんはとてもわかりにくいです。

これに関連して、【ニセ科学の定義】も分かりにくいのではないか、と思います。はっきりと

   疑似科学の中で【社会悪】になっているものを「ニセ科学」と言う。
   従って、「笑えるトンデモ科学」のように、疑似科学ではあっても
   【社会悪】に属さないものに関しては「ニセ科学」から除外される

とすれば、菊池さん達が何を「ニセ科学」と呼び、その批判が何を目的にしているのかも明確になる、と思います。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15195314

------

「善とは何かを伝える」という目的で「悪を糾弾する」活動をしている人達がいたら、普通は引きます。それに対して、「悪を抑止する」ために「悪を糾弾する」のは、普通のやり方ですし、「善とは何かを伝える」という目的で善と対照させるために「仮想的に悪を示す」のも、一つの方法でしょう。

善とは何かを伝える:啓蒙
悪を抑止する:被害防止
悪を糾弾する:批判A
仮想的に悪を示す:批判B

批判にも2種類あることが、混乱の原因になっているように思います。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.28 at 06:54 AM

>「ニセ科学」を社会の病理だと考える

 解釈1:疑似科学の内で、社会にとって悪いものだけを「ニセ科学」と呼ぶ
 解釈2:疑似科学は社会にとって悪い。(よって、それをニセ科学と呼ぶ)

のどちらかでしょうけれど、解釈2は極論だと思って私は棄却したのですが、まさかそういうことなのでしょうか?

ただ、これに続くあとの部分から読み取れる可能性があるのは、

   ニセ科学という分かりやすいレッテルに託けて、
   自分達が気に入らない社会の有り様を批判する

というものです。その場合には、「それと同じような社会の有り様」を気に入らないと感じている人達が賛同し、そうでない人は反対する可能性が高くなるでしょう。このように解釈することはとても意地の悪いことだと思って、とりあえず棄てていました。だた、「どのような社会の有り様」を気に入らないと考えているのか、私には判然としないのですが。当然ながら、そこを反対者に対しても明示してしまうと、この戦略は失当してしまいますから。これは、私にとっても嫌な解釈です。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.28 at 08:12 PM

>僕は「元々怪しい話が好きで、笑っていたのだが、オウム真理教をきっかけに、笑っているだけでは済まないかもしれないと思い始めた。最近特に批判を強め始めたきっかけは"水からの伝言"が授業に使われていることを知ったからだ」と明言しました。

正確には

   【ニセ科学やオカルトなどに現れる社会病理】批判。
   ここで言う社会病理の説明は以下をお聞きください

ということだね。まず第一に、そこで説明されたようなことを【社会病理】と看做すかどうか、という点で見解が分かれるだろう。次に、それを仮に【社会病理】と考えたとしても、科学者にできることはあまりないだろう。教育にできることはありそうだが。
いずれにしても、「科学の啓蒙を目的にしている」と看做されたことは明白な誤解だった訳だ。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15210888

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 02:05 AM

>「啓蒙目的」で代用したかったのは「知的楽しみが目的」、「批判そのものが目的」で代用したかったのは「社会的意義があるとの信念に基づいて真剣にやっている」でした。
>今では皆さんが「社会的意義があるとの信念に基づいて真剣にやっている」と疑いません。

それは多分、そう(ただし「科学の啓蒙」を社会的意義があるとの信念に基づいて真剣にやることも可能ですが)。しかし、その目的が【組織が担っている社会的意義】に含まれているものなのか、どうか、という問題があります。「科学の啓蒙」が目的であるなら、それは【大学が担っている社会的意義】に含まれると考えることは、自然です。しかして、大学から情報発信をしている限りは、「科学の啓蒙が目的である」との誤解を誘発することは必至です。組織とは独立の【個人の信念に基づく行為】であることを、明確にするような振る舞いが必要がある、と思います。

余談:しかし、氏のホームページに説得力があったなんて……… orz

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 11:03 AM

>あちらが僕を勝手に「敵」扱いしてご自身のウェブサイトに書いておられるだけで、僕は基本的に無視しています。

「水商売ウォッチング」批判本(ただし、自費出版) /weblog/index.php?UID=1132064252
敵の敵が味方とは限らない /weblog/index.php?UID=1181694301
「マイナスイオンウォーター、お茶大を訴える」の件 /weblog/index.php?UID=1182740906

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 03:40 PM

>「研究者」相手ですので、僕も単刀直入に書いています。
「その研究者の研究分野」に関わることならその通りだが…

要するに、【科学の啓蒙】や【社会の論評】などを目的に、相手が科学的に間違っていることを理由に強い批判をすべきではない、と津村さんは思っている訳でしょう。私もそう思います。例えば他人を騙して金儲け(法律上の詐欺)による被害を防止する目的であれば、強い批判で相手を貶めることも理解できる訳です。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 07:32 PM

>組織内の規範より、公共の利益のために闘え(大げさですが)という社会規範の方が上位ですし私にとっては大切です。

そういう考えは分かります。しかし、そうならば、【組織とは独立】の活動であることが明確であるように振る舞うべきではありませんか。特に、【その公共の利益】が【その組織の社会的な意義】に含まれることの公共的な合意がない場合には。

【社会に対する啓蒙】は確かに公共の利益には適っています。しかし、そのような目的で、相手が科学的に間違っていることを理由に強い批判をして相手を貶めるべきではありません。そこまでの批判をするには、別の理由が必要です。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15221254

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 07:52 PM

>他人の生活を脅かすほどの活動をするなら、真剣さが相手にも伝わるように行うのが礼儀ではないかと思っただけです。(私個人の価値観です。)

いや、いくら真剣でも【科学の啓蒙】や【社会の論評】とかじゃ駄目ですね。(私個人の価値観です。)

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 09:40 PM

>ニセ科学は消費者の生活を脅かすものです。

だから、疑似科学をすべて批判している訳ではなくて、例えば「消費者の生活を脅かす」と言ったような

【疑似科学の中でも社会悪になっているものだけ】

を批判しているんだ、ということが多くの人に分かれば問題ないと思います。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15223563

Posted by: 比ヤング | 2007.08.29 at 11:34 PM

>大学の教育者としてこれらの活動が社会教育の一環として「仕事のうち」になる

えっ?
ニセ科学批判って「科学の啓蒙」が目的じゃなくって、【社会病理の指摘】や【ニセ科学の被害防止】が目的だったよねえ。

Posted by: 比ヤング | 2007.08.30 at 05:25 AM

>真剣さを読み取る鍵になりました

真剣であるが故に「人を騙すことも厭わない」なのか、それとも、「自分や他人が見えなくなっている」のか、よく分からないとこがある

わざわざ「会社のロゴの入ったはしご」を使わなくても自分のはしごを使えばいいじゃないとか、そもそも消防車は呼んだのかとか…

Posted by: 比ヤング | 2007.08.31 at 04:01 AM

たまたま出くわしたんなら、ま、そうなんだろうけど、会社のはしごを持って火事場を探し回っていたら普通は変だと思うが。自分のはしごを用意したらいいのでは…

Posted by: 比ヤング | 2007.08.31 at 04:14 AM

>私も最初から「社会病理」なんて意識があってそこからニセ科学批判がはじまったわけではないんです

病理を云々するのも別にいいし、そのために【症例】に注目するのもいいんだけど。その目的で患者のプライバシーどころか、「あいつは病気だ!」と公然と糾弾するのは変でしょ。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_05f4.html#comment-15258030

Posted by: 比ヤング | 2007.09.02 at 01:38 AM

合理性を重視しましょう、と言うなら、早急に結論を出す前にいろいろ調べてみましょう、とならないのはどうして?

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a5a6.html#comment-15284758

Posted by: 比ヤング | 2007.09.03 at 07:45 AM

>社会全体が「合理性を軽視する」という方向に「じわりじわり」と動いている

そういうことを気づいてもらうために、「あいつは病気だ!」と公然と糾弾するのは変でしょ。それこそあまり合理的でないように思うのですが

Posted by: 比ヤング | 2007.09.03 at 07:52 AM

津村さま

田崎氏の文章で代表させてしまうと、「科学の啓蒙」と誤解する恐れが高いと思うのですが。
天羽さんの「水商売ウォッチング」などの方が良い気がします。

Posted by: huma | 2007.09.04 at 04:57 AM

津村さんは、「科学の啓蒙」的な活動までならコミットできます、というご判断なのかもしれませんが

Posted by: huma | 2007.09.04 at 05:02 AM

>僕たちは、上のメタレベルでの議論には辟易しています。それはただ単に不毛だからです。

いや、単に不毛なら無視すればいい。不毛ではなくて、不都合を感じたんでないかな?

Posted by: 比ヤング | 2007.09.04 at 04:31 PM

ニセ科学と一言で言っても問題の大きいものから、ほとんど問題のないものまで、いろいろある。「ニセ科学はすべて問題だ」というようなスタンスを感じることに、違和感を持つ訳でね。

http://blog.so-net.ne.jp/schutsengel/2007-09-03

Posted by: huma | 2007.09.05 at 01:29 AM

田部さんと論争中です。

「田崎晴明氏の水伝批判文について問題を感じる点」などを述べています。

http://hpcgi2.nifty.com/k-tabe/yy-nifty/yy-nifty.cgi?mode=res&no=261

Posted by: ふま | 2007.09.05 at 03:29 AM

>危機感を共有できないのは結構。しかし、それならなぜ沈黙を守らないのか。

科学者の多くが危機感を共有しているとの誤解を避けるためとか、いろいろありますわな

誤解が広まることが好都合である人にとっては、誤解を防止する発言が不都合だってのは、分かるけどね

Posted by: 比ヤング | 2007.09.06 at 03:52 AM

>いろいろなかたに伺ってみれば、僕の解釈に同意されるかたも多いことがわかると思いますよ。すでにコメントもありますが。

それは、イナゴ…

Posted by: ネット稲葉。 | 2007.09.06 at 04:46 AM

朽木先生@阪大サイババの重要発言

>「科学」と「ニセ科学」の違いを理解してもらって、科学的な思考を身につけてほしい
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1132064252#CID1137070748

>ニセ科学だから悪かったのだ
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1175691784#CID1175827738

誤解!曲解!

Posted by: 朽木 | 2007.09.06 at 12:13 PM

>科学の分野で第一線で活躍して下さっている
本当に活躍しているか、確認されていますか?

それはともかく【科学者代表】としてのニセ科学判定が必要であろうとお感じになっておられるのですね

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a5a6.html#comment-15341083

Posted by: 比ヤング | 2007.09.06 at 08:06 PM

>津村さんは、ニセ科学問題に関わるだけの知識を持っておられ、もし実行すればそれなりに影響力を発揮し、問題解決につながるケースが出てくるはずでは。

【良い影響】をそれほど与えることが期待できない、と感じているんでしょう。【つまんない影響】なら、いろいろとあるのは分かります。

>なぜに「危機感を共有できない」ことについて、繰り返し繰り返し説明されるのでしょうか。

むしろ、【そういう発言がなされることに不都合を感じる】ことに興味がある。つまり、【科学者の多くや市民の多くの支持があるかのように見える】ことが必要だ、という訳でしょう。建前はどうあれ、現実にはそういう活動なんですね。結局、それも信じるものは救われるの一形態ですよ。他人のそういった形態を批判しながら、自分達はその形態から一歩も出ようとしないんですね。

Posted by: 比ヤング | 2007.09.07 at 04:19 AM

もし【組織の社会貢献】としてやっている活動ならば、その観点から批判されるのは当然のことでしょう。その反応次第で【組織の社会貢献】としてやっていることも非常に疑わしくなる訳ですが…。

Posted by: 比ヤング | 2007.09.07 at 05:29 AM

>多数の気楽な「ニセ科学だってさ」の発言が生じてはじめてなんとかなっていくものだろうと思っています。

それは津村さんも肯定している訳だが。ただ、そういう抑制は「ニセ科学が広まる過程」と同じことを繰り返すことだよな。個人的にはそれでいいと俺は思うが、そういうのは【社会の病理】とやらで君達の批判の対象ではなかったのかな?

それから観光協会はマイナスイオンという言葉を使っただけで、マイナスイオンの効果を謳った訳ではないんだけどね。言葉狩りですか?

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a5a6.html#comment-15352526

Posted by: 比ヤング | 2007.09.07 at 09:25 AM

>ほんとに取り越し苦労だと思う

A.ニセ科学に問題があるか
YES。

B.ニセ科学が蔓延していて、それは重大な「社会の病理」の兆候であるか
NO。

Aについては協力したい気持ちはあるが、Bについてはそうではない、ということでしょう。ま、普通、そんなもんだと思うけどね。あと、【ニセ科学問題】と言えば前者(A)を指すのが普通だろう。自分流に勝手に拡大解釈して活動している人達がいることはよく分かった。自分流に解釈することは別に構わないが、それ(B)を【ニセ科学批判】と言うのは、ミスリーディングです。

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a5a6.html#comment-15366042

Posted by: 比ヤング | 2007.09.08 at 05:45 AM

>よく調べもしないでわざわざ意見を公表した

それは順序が逆だね

よく調べずに講演の印象などから【科学の啓蒙】だと勘違いして最初に意見を書いたが、調べるとそうではないので、誤解を解くために書き続けることになったんだな

http://ytsumura.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a5a6.html#comment-15370393

Posted by: 比ヤング | 2007.09.08 at 12:34 PM

【社会の病理】云々という話について言えば。

ある一つの「社会傾向」何なりには、良い面も悪い面もある。【ニセ科学やオカルトを助長する側面がある】という批判は悪い面を指摘しただけで、それを以って社会病理だと言えるような話でないから。

http://d.hatena.ne.jp/arakik10/20070906/p1

Posted by: 比ヤング | 2007.09.09 at 06:35 AM

> 現在の「ニセ科学」の対象は、これに加えて「人を傷つける要素を持つもの」という要素も含めて考えておかねばならない
> (ひょっとしたらきくちさんは違うとおっしゃるかもしれませんが。)

>「科学」と「ニセ科学」の違いを理解してもらって、科学的な思考を身につけてほしい
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1132064252#CID1137070748
>ニセ科学だから悪かったのだ
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1175691784#CID1175827738

前者のご発言からは【科学ではないが、科学だと誤解を与えるもの】が定義のように思われます
しかし、後者のご発言からは、それだけではなくて【他者を不当に傷つけるもの】という条件も重要なものとして定義に含むように伺えます

------
あらきけいすけの雑記帳
http://d.hatena.ne.jp/arakik10/20070911/p1

Posted by: マルチ商法君 | 2007.09.12 at 07:35 AM

初めて投稿いたします。きくちさんたちのニセ科学批判に2年近く前は共鳴したのですが、この1年は失望させられることばかりのSSFSと申します。私が参戦すると、管理人さんのご負担が増えるおそれがあるのでいままで書き込みを控えていましたが、彼ら彼女らの専横が収まる様子がないので、ひとことだけ申し上げておきます。

上の方のtaoyさんが非常に良いことを書いています。「ちゃんと調べない、知ろうとしない、考えようとしない」。ただし、これはニセ科学側でなく、ニセ科学批判をしているきくちさんたちの病理と言えます。

きくちさんたちが展開しているニセ科学批判の最大の問題点は、科学的な検証をそっちのけにして、自分たちがニセ科学とみなしたものをとにかく叩くというイデオロギーが基本になっていることです。

人を欺くニセ科学は批判されるべきですが、きくちさんたちのやり方はベストではなく、ベターとも思いません。いろいろな立場の人がそれぞれの感じ方でニセ科学と向き合えばよいわけで、一方的なイデオロギーの押し付けは、ニセ科学以上に有害でしょう。

書きたいことはまだたくさんあるのですが、今夜はこれぐらいにしておきます。管理人さんがきくちさんたちの問題点について具体的な事例を知りたいとお望みなら、いくらでもお示しできます。迷惑だから書いてくれるなということであれば、これまでにします。どちらでもお好きなほうをお選び下さい。

Posted by: SSFS | 2007.09.15 at 01:51 AM

Posted by: SSFS | 2007.09.15 at 06:13 AM

以下のコメントはすべて同じIPアドレスから書き込まれていたため移動させました。(管理人)


>自分が軽く言ったことだから、軽く受け止められねばならない…なんて道理はありません。軽く言ったことのわりにはいつまでも執着されてるのが不思議でなりませんが
 
ある意味で、これに集約されると思います。つまり
 
「軽い問題」であっても問題である以上は強く批判して構わない
 
ということですね。私はこれに強い違和感を覚えます。問題の程度に応じて批判の強弱を変えた方が良い、問題の程度がどのくらいかを大きく誤解させるようなことは避けた方が良い、という認識があります。
 
 
 
> 「この温泉はリウマチに効く」という表示は、実際に「臨床試験」が無い限り、ウソなので一応「ニセ科学」ではないか。でも目くじらを立てて糾弾するような対象ではないし、その点で「ニセ科学ではない」という結論には合意できます。
> 温泉の場合は、温泉の効用として、病気の「治療(リウマチへの薬効を求める)」と、休暇を取りリラックスするといった「療養」の側面があり、供給者と消費者の間で「リラックスにカネを払う、薬効の有無には目くじら立てない」という暗黙の合意が伝統的に成り立っていると考えられます。
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=6414#com6415

Posted by: なか | 2007.09.15 at 08:30 AM

管理人さまは、菊池さん達の言葉をよく噛み締めてください

> そういう立場から書かれた「ニセ科学批判批判」に見るべきところは何もない。しかし、それが「科学に携わるもの」の立場で書かれると、非常に迷惑だったりする

> 実り無きニセ科学批判批判をする「科学に携わるもの」という言葉は、やはりあの分析化学の方を指すんでしょうね

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1189578348

Posted by: 匿名 | 2007.09.15 at 08:43 AM


>柳沢前厚労相だの

ニセ科学シンパを装った、フマさんの成り済まし???

Posted by: anyy | 2007.09.15 at 11:45 AM


要するに、要求を飲みそうにない天羽さんでなく、判決次第で態度を変えそうな大学を相手にするということでしょう
判決がどうであれ、天羽さんは活動を止めないでしょ?

http://www.minusionwater.com/ochaacjp.htm

Posted by: なか | 2007.09.15 at 07:08 PM


>名誉毀損だ営業妨害だという脅しには散々向き合って、何をすれば名誉毀損や営業妨害といえるかについては熟知

名誉毀損で訴えられるのは大学であって、書き込み人でないことも事前に熟知しておりましたし。

Posted by: 偽法律マニア | 2007.09.15 at 08:42 PM

Posted by: 移動 | 2007.09.15 at 09:33 PM

風の予防(養生)を推奨することと、風の予防をしないこと(不養生)を悪として非難することは区別した方が良いと思います。

Posted by: 大坂 | 2007.09.17 at 06:06 AM

Posted by: 大坂 | 2007.09.17 at 08:52 PM

水伝批判について

道徳『善悪は水の反応を見ることで決定できる』

A.この道徳を伝えない
B.この道徳を伝えて、反発される
C.この道徳を伝えて、受容される

授業のやり方にも依存するとは思いますが、私はAのケースが大半だと思います。しかし、ニセ科学批判者の方達がご指摘のようにBやCのケースも可能性としてはあり得ます。
ところで、Bのケースであれば、その授業はむしろ反面教師として批判者の方から見れば却って良い影響を与えるように思います。つまり、マッチポンプです。
Bのケースはともかく、Cのケースはほとんどないと思います。本当にCのケースが受容されているならば、「裁判の判決に水の判断を活用すべき」という意見を真面目に主張したりすると思います。ほとんどオカルトですね。

Posted by: 大坂 | 2007.09.18 at 01:21 AM

良エントリー:『科学の道徳化現象』
http://mercamun.exblog.jp/7461836/

Posted by: 社会学と論宅 | 2007.09.19 at 08:46 AM

もし本当に個人の発言であることを明確にしたいのなら、大学サイトでやらない方がいいのに…

http://slashdot.jp/comments.pl?sid=374583&cid=1221783

Posted by: Anonymous Coward | 2007.09.20 at 10:27 AM

自由度を確保したいなら、学外サイトを使えばいいのに
 
>大学側の果たす責任と発信者の果たす責任を切り分けて、表現の内容については発信者が責任を負うというのが、自由度を確保する一つの方法だと考えています。
http://slashdot.jp/comments.pl?sid=374583&cid=1221878

Posted by: Anonymous Coward | 2007.09.20 at 03:11 PM

水商売ウォッチングは、お茶の水大学の業務の一貫として運営されているとのことです。

http://d.hatena.ne.jp/arakik10/20070919/p1#c1190370477

Posted by: 匿名 | 2007.09.21 at 11:48 PM

一方で、こういうこともあるようです

> 大学の関係者がネットにいろいろ書くのはいけないそうです。

事情によりプロフィールを変更いたしました。
http://d.hatena.ne.jp/osakaeco/20070808/p3

Posted by: 匿名 | 2007.09.22 at 10:25 AM

津村さんのご関心に重なると思います。

> 宗教的世直し(怒れる神父)を教会は正当化できない。世俗の知恵的には、体制反体制を問わず特定の政治勢力への加担は、社会の変転で教会の存続を危うくする。
> だから宗教的世直しに乗り出す「怒れる神父」は、異端審問を通じて教会から放逐される以外ない。
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=563

Posted by: 匿名 | 2007.09.22 at 02:40 PM

この欄のコメントはほとんど比ヤングさん(ふまさん)のIPアドレスから書き込まれています。ハンドルネームが次々に変わること、挑発的な内容が多いこと等、私のブログのめざすところに反する点が多いので、今後は削除させていただきます。

Posted by: ここの管理人 | 2007.09.23 at 07:54 PM

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