2023.12.03

TICかTICCか(GC/MSやLC/MSの用語)

この文章は長くなる見込みです。しかもくどくどしています。そこで、最初に結論を書きます。
「TICでもTICCでも良い。でもTICの方が短いから私は好き。」
結論だけ必要な方は、ここで読むのをやめてください。
なお、それぞれの語は次の語の略語です。
 TIC : total ion chromatogram
 (全イオンクロマトグラム)
 TICC : total ion current chromatogram
 (全イオン電流クロマトグラム)

1.TICとTICC 推奨状況の現状
国際純正・応用化学連合(IUPAC)は 2013年の勧告 でTICを非推奨、TICCを推奨としています。日本質量分析学会の「マススペクトロメトリー関係用語集(第4版)」はTIC、TICCとも認めていますが、後で述べるようにTICCの意味を限定していますので、一般的なユーザーにとっては実質的にTICが推奨語と思われます。
日本産業規格(JIS)の3つの規格
 JIS K 0214:2013 分析化学用語(クロマトグラフィー部門)
 JIS K 0123:2018 ガスクロマトグラフィー質量分析通則
 JIS K 0136:2015 高速液体クロマトグラフィー質量分析通則
はいずれもTICCのみを使用しており、TICの語を使っていません。
装置メーカーの対応は分かれており、分析画面やプリントアウトで表示される名称はTICの場合もTICCの場合もあります。

2.TICでなくTICCが推奨される根拠
日本質量分析学会の学会誌に2007年に掲載された解説「目から鱗のマススペクトロメトリー 第12回「Total Ion Chromatogram」と「TIC」∼「TIC」はトータルイオンクロマトグラムではありません∼」の内容を要約して紹介します。既にこの文章を読んだことがある方は3へ進んでください。

もともとTICの語はクロマトグラムを表すものでなく、「total ion current(全イオン電流)」の略語であったとのことです。そして、全イオン電流を保持時間に対してプロットしたクロマトグラムは「TIC chromatogram」と呼ばれます。「TIC chromatogram」を略さずに書けば
 total ion current chromatogram
すなわち「TICC」となります。それがなぜ「TIC」とも呼ばれるようになったのか。この解説では2つの説を述べています。
 説1 total ion current chromatogramからcurrentが欠落した。
 説2 TICのCがchromatogramのCであると誤解された。
いずれにしても、TICではイオンの何の数値を合わせたものか不明(電流値、質量などがあり得る)という理由から、TICCが正しく、TICは誤っていると書かれています。

3.IUPAC勧告の定義
TICCの項目はこのようになっています。

531. total ion current chromatogram (TICC)
   reconstructed total ion current chromatogram

Deprecated: total ion chromatogram.
Chromatogram created by plotting the total ion current in a series of mass spectra recorded as a function of retention time.
total ion chromatogramの略語としての「TIC」については明確に非推奨です。また、「reconstructed」つまり再構築されたものであることを示す語を並列で置いています。これがあることで、次に述べる日本質量分析学会の定義との違いが際立ちます。
なお、全イオン電流の意味での「TIC」は次の定義です。
530. total ion current (TIC)
Obsolete: after mass analysis, before mass analysis
Sum of all the separate ion currents carried by the ions of different m/z contributing to a complete mass spectrum or in a specified m/z range of a mass spectrum.
「質量分析前のTIC、質量分析後のTICといった表現は使われなくなった」と書かれています。この説明もまた、日本質量分析学会の定義との違いを際立たせます。

4.日本質量分析学会の定義
「マススペクトロメトリー関係用語集(第4版)」のTICとTICCの項目はこのようになっています。TICには2通りの意味があるとの立場です。

total ion chromatogram (TIC)
全イオンクロマトグラムまたはトータルイオンクロマトグラム:ガスクロマトグラフィー質量分析や液体クロマトグラフィー質量分析などにおいて,取得したマススペクトルの全体もしくは特定の広い m/z の範囲におけるイオンの検出器応答値の合計値をクロマトグラフィーの保持時間に対してプロットしたクロマトグラム.
注:略語 TIC を用いる場合は同じ略語が使用される全イオン電流 (total ion current: TIC) と混同されないよう留意する必要がある.

total ion current (TIC)
全イオン電流:ガスクロマトグラフィー質量分析などにおいて,質量分析装置に全イオンモニター(total ion monitor),あるいはビームモニター (beam monitor) と呼ばれる特別な電極を設けて測定した m/z 分離が行われる直前のイオン電流値.
注:略語 TIC を用いる場合は同じ略語が使用される全イオンクロマトグラムまたはトータルイオンクロマトグラム (total ion chromatogram: TIC) と混同されないよう留意する必要がある.

total ion current chromatogram (TICC)
全イオン電流クロマトグラム:ガスクロマトグラフィー質量分析などにおいて,全イオン電流値を保持時間に対してプロットしたクロマトグラム.

この定義にはびっくりするポイントが2つあります。
一つは、IUPAC勧告で非推奨とされているクロマトグラムの意味の「TIC」が非推奨でないこと。この用語集はIUPAC勧告準拠が基本方針なのに、異例です。もう一つは、「TICC」の意味が極めて限定的で、通常のGC/MSやLC/MSで出力されるクロマトグラムには使えず、実質的に「TIC」を推奨していると解釈できることです。

日本質量分析学会の「TICC」の意味が限定的とはどういうことか説明すると、電流のほうの「TIC」を「全イオンモニターあるいはビームモニターと呼ばれる特別な電極を設けて測定した m/z 分離が行われる直前のイオン電流値」と定義しているからです。
普通のGC/MSやLC/MSのユーザーにとっては、全イオンのクロマトグラムと言えば、マススペクトルに表れている各m/zのイオンの信号を総和してプロットしたものでしょう。「m/z 分離が行われる直前のイオン電流値」をプロットしているとは考えないし、私の知る限り、装置はそのような仕様になっていないと思います。
また、3で書いたとおりIUPAC勧告では「質量分析前のTIC、質量分析後のTICといった表現は使われなくなった」と述べているのですから、第4版で新たにこのように定義した理由がまったくわかりません。(用語集第3版では、TICは質量分離後に合計したものという意味になっていました。)

第4版が出た2020年以降、私はこの転換にモヤモヤしていましたが、一会員には情報が入りません。学会誌では追補版が出ていますが、そこでも説明されていません。
ところが最近、
「質量分析学会が翻訳しているGrossの教科書と関係があるかもしれない」
と聞きました。そこでその教科書を確認してみました。

5.Grossの教科書
その教科書とは J.H. Gross「マススペクトロメトリー 原書3版(日本版)」です。この教科書ではTICについてどのように書かれているのでしょうか。
冒頭に略語集があり、次のとおり3つが並んでいます。

TIC total ion chromatogram;  全イオンクロマトグラム;
   total ion current  全イオン電流
TICC total ion current chromatogram 全イオン電流クロマトグラム
いずれも非推奨でありません。一見、質量分析学会の定義に似ているように思われます。しかし、total ion currentの意味が異なっています。p.672にこのように書かれています。
 数十年前は全イオン電流(total ion current : TIC)が,質量分析に先立ってハードウェアTICモニター(hardware TIC monitor)で測定されていた(nA~µAの範囲).今日では,それに相当するものが質量分析後に再構成(reconstructed)または抽出(extracted)される.
これを素直に読めば、質量分析学会は数十年前に使われていたTIC(全イオン電流)の意味をわざわざ復活させて2020年発行の用語集に載せたことになります。Grossの解説は、IUPACの勧告にある「質量分析前のTIC、質量分析後のTICといった表現は使われなくなった」とも整合します。

ところで、Grossはクロマトグラムの意味ではTICとTICC、どちらの略語を推奨しているのでしょうか?その答えは実に明解で合理的です。p.673の表には、TICとTICCの他にRTIC(再構成全イオンクロマトグラム)とRTICC(再構成全イオン電流クロマトグラム)も挙げた上で、コメントとして次のように書かれています。

測定時間,保持時間,またはスキャン数に対して,マススペクトルあたりのピーク強度の総和をプロットしたもの.実際にはこれらはほとんど同じ意味で使用される.ここでは最も単純な語であるTICが推奨される.

6.結局どちらを使えばいいのか?
以上、各資料の記述をまとめると下の表のようになります。質量分析学会用語集第3版はIUPAC勧告と同じ定義でした。日本産業規格は1に挙げた3つの規格の状況ですが、いずれも学会用語集第3版に準拠しており、TICCの語だけを使用しています。

Ticticc

私は用語で迷った時にはできるだけ「最大公約数」を採用するようにしています。どの定義にも反しないように語を選ぶのです。学会用語集第3版までは、「TICC」を使っておけば「非推奨」に引っかかることはありませんでした。
しかし用語集第4版では、「TICC」の定義は極めて特殊な内容になりました。現在のGC/MSやLC/MSではほとんど使われない測定技術によるクロマトグラムが「TICC」であるとの定義になりました。

これはフルネームtotal ion current chromatogramを書けば解決するという問題ではありません。total ion current chromatogramの定義自体が変わってしまったからです。普通のクロマトグラムをTICCと呼びたければ、「質量分離後に再構成されたクロマトグラム」といった説明が必要になります。

いったいどうすればいいのか頭を抱えてしまいますが、Grossに習うのがストレスが少なそうだと思います。Grossの「マススペクトロメトリー」は、商品名だとして非推奨にされがちなDARTやOrbitrapの語も商品名とことわった上で使っています。TICもTICCもRTICもRTICCも紹介した上で、一番単純なTICがいいんじゃないのと言っています。実用性重視だと思います。
「TIC」の語はIUPAC勧告では非推奨、JISでは不掲載ですが、total ion chromatogramの略であることをちゃんと書いておけば、少なくとも誤解は生じません。逆に「TICC」を使った場合、学会用語集第4版に基づいて解釈されたら変な意味になってしまいます。

というわけで、冒頭に書いたとおり
「TICでもTICCでも良い。でもTICの方が短いから私は好き。」
というのが私の立場です。どちらの使用例を見てもいちゃもんはつけません。自分自身は好みで選びます。

2023/12/5 追記
J.H.Grossの教科書「マススペクトロメトリー」は税込み21,560円と高額ですが、TIC推奨部分を含むサンプルページのPDFが無料で公開されています。(p.673の表)
第14章サンプルページ

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2023.09.21

本の紹介「人生は化学反応・化学変化」

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私は著書でメールアドレスを公開しているので、時々読者の方から質問メールが送られてきます。2019年3月頃、丸山晴男さんという方から分析機器に関する質問をいただきました。 たまたま共通の知人がいることがわかったため、何回かメールのやり取りをし、持っておられる私の「よくわかる最新分析化学の基本と仕組み」は初版の方だったので、第2版を送らせていただきました。その後も時々メールの往来がありました。丸山さんがこのほど本を出版されたのでご紹介します。

 丸山晴男さんについて
略歴は版元の書籍ページに書かれています。(Amazon等の書籍購入リンクもあります。)
人生は化学反応・化学変化(幻冬舎ルネッサンス)
岐阜県内の中学校・小学校・高校で42年間教諭や講師をされてきました。そのかたわら、自宅に「恵那エネルギー環境研究所」と「恵那ライブ気象台」を開設して研究活動や学校以外での教育活動を続けて来られました。

丸山さんの研究所と気象台には、太陽光発電システム、2種類の風力発電システム、太陽熱利用給湯システム、気象自動計測システム、ネットワークカメラ、放射線計測システムが設置されているとのことです。詳しくはウェブサイトに設置状況の写真などがあります。
恵那エネルギー環境研究所 総合 Web

また、丸山さんが講師を務められたオンライン市民講座の動画で、講義の様子がわかります。
食品の秘密(恵那市公式チャンネル)

 熱意ある実践の軌跡
「人生は化学反応・化学変化」で一貫しているのは「研究をしたい」「それを教育に生かしたい」という熱意で、自宅研究所を開設してだんだん充実させていった経緯や、活動ノウハウ、人生訓、それらを学校内外での教育で伝えてきたことなどが熱く語られています。

丸山さんの大学・大学院時代の専攻は応用化学科とのことですが、運営しておられる研究所は化学とはあまり関係がないようです。教職に就くため地元に戻る時、試験管、ビーカー、フラスコ、分液ろうとなどをそろえて持ち帰ったそうですが、個人で化学系の研究を続けることは難しく、模索の末に、発電システムや計測システムを使う研究をすることにしたそうです。
高額なシステムを設置するために自動車の買い替えを控えて中古車に10年以上乗っているといった裏話も書かれています。

また、本のタイトルにも表れていますが、人間関係をとても大切にされています。学生時代や仕事で出会った人ばかりでなく、メーカーへの問い合わせやメールで知り合いになった人に至るまで、人間関係を財産として捉えておられる姿勢に、特に学ぶことが多いと思いました。

 オリジナルの誌面デザイン
この本の版元は文芸書を得意としていて、理系の本はあまり扱っていません。そのため、誌面デザインは一から構築する必要があり、なかなかたいへんだったそうです。その際に「分析化学の基本と仕組み」を参考にされたとのことです。これは出版社が何百冊も出しているシリーズ本の一つで、誌面デザインは出版社が作ったものです。でも、似たような誌面のマニュアル本は多数の出版社から出ているので、参考にしたからといって問題にはならないでしょう。でき上った誌面は随所にベンゼン環が描かれている2色刷りで、すっきりしたオリジナルなものになっています。

「人生は化学反応・化学変化」の最後の方に「研究・活動協力機関,協力者」のリストがあり、私の氏名も載せていただいています。人間関係を大切にする姿勢を形にされたのでしょう。私は、最初に分析機器の質問にお答えしたということはありますが、これまでのメールでは出版や執筆に関するやり取りの方が多かったです。そんな話も参考にしていただけたのかもしれません。

 こんな人におすすめ
最後に、どんな方にこの本をおすすめできるか書きます。
間違いなくおすすめできるのは教育関係の方でしょう。教育実践の事例がいろいろ書かれているからです。
ただ、私自身は教育関係者ではないので、この本に書かれていることの新規性や有用性は判断できません。恵那エネルギー環境研究所ウェブサイト には講座メニューなど掲載されていますので、教育関係の方には判断できるのではないでしょうか。また、これから教員を目指される方には、自分の生き方のモデルとしても考えられると思います。

教育関係以外では、こんな人の参考になると思います。
 ・本業のかたわら研究をしたいと考える人
 ・エネルギッシュな生き方に触発されたい人
 ・個人で書籍を出版したい人
ただし「研究」については、普遍的に参考になるかどうかわかりません。というのは、論文リストを見る限り丸山さんの研究は教育実践に関するものがほとんどだからです。様々な機器を使用した計測・観測の結果どんな新しい発見があったかについてはこの本に書かれておらず、計測や観測の実践を教材として利用したことが書かれています。つまり、教材以外の目的で研究をしたい人にとっては、テーマの設定法など成果に直結するノウハウが得られるとは限らないかもしれません。

研究と教育にかける熱意、また、そのような半生を書籍という形にすることへの熱意が伝わってくる本です。そんな生き方に触発されたい皆さんに、本当におすすめです。

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2023.08.07

「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」

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分析法バリデーションに特化した学習用書籍、20年ぶりの刊行です。20年前に出た本は試薬会社による発行でしたから、出版社によるものとしては初めてではないでしょうか。価格が高めなので、購入判断のための情報が欲しいと思っている方がいるかもしれません。そのような方にも役立つように内容を紹介したいと思います。

 本の概要
「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」
香取 典子/著
2023年7月25日 発行
B5判 136ページ
6,600円(税込)

じほう社による書籍紹介 (概要、目次、序文を掲載)

42ページまでが本文で、ICH Q2に沿った分析法バリデーションの解説です。次にAppendixとして統計的な解析の解説が16ページ、用語解説が9ページ、資料編(ICH Q2(R2)分析法バリデーションガイドライン案、第十八改正日本薬局方第一追補よりクロマトグラフィー総論とシステム適合性)が56ページという構成です。

 ICHって何?
私のブログの読者で医薬品分析をしている人は少ないと思うので簡単に説明します。
ICHとは「医薬品規制調和国際会議」の略称です。医薬品の承認申請のルールを日米欧の3極間で調和させる活動をしています。詳しくは下記を参照してください。

ICH 医薬品規制調和国際会議 (独立行政法人医薬品医療機器総合機構)

ICHでは色々なガイドラインを合意していますが、それぞれのガイドラインには記号が付けられています。例えば品質に関するものにはQ、安全性に関するものにはS、有効性に関するものにはEといった具合です。
Q2は分析法バリデーションに関するガイドラインです。これは1990年代に合意されたものですが、30年近くぶりの改正という大きな節目に差しかかっています。また、新たにICH-Q14が合意されようとしており これは分析法の開発に関するものです。このように分析法バリデーションに関わるICHのガイドラインが大きく変わる時期であるために、「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」が刊行されたと思われます。
現時点で2つのガイドライン案は、各極におけるパブコメや寄せられた意見に基づく修正段階のようです。案(原文、和訳)や最新の進捗状況は下記を参照してください。

ICH-Q2 分析法バリデーション (独立行政法人医薬品医療機器総合機構)
ICH-Q14 分析法の開発 (同上)

 何が変わるの?
というわけで、「ゼロから学ぶ 分析法バリデーション」には、ICH-Q2の変更点と新設されるICH-Q14の内容が解説されています。主なポイントを紹介します。

・「分析法のライフサイクル」という概念の追加
・多変量分析法(近赤外分析など)に対応
・「特異性」は「特異性/選択性」に
・「直線性」「検出限界」「定量限界」は「稼働範囲」に
・「範囲」は「報告値範囲」に
・「頑強性」「システム適合性試験」はICH-Q14に

個人的には「報告値」という概念が新しいと感じました。これは、「測定値」が必ずしもそのまま報告されるわけではないからだそうです。言われてみれば確かに…と思います。

 食品分析や環境分析への影響は?
では、ICHにおける分析法バリデーションの変更は、食品分析や環境分析の分野にはどのように影響するのでしょうか?
ひとことで言えば、そんなにすぐに影響するわけではないと思います。ICHは医薬品の承認申請のためのガイドラインなので、直接関係があるのは製薬会社とその分析委託先です。いずれ日本薬局方に反映されるはずなので、そうなれば薬剤師の国家試験を受験する人も直接影響を受けるでしょう。
食品分析のGLPは厚労省の管轄ですし、薬品分析との技術的共通点も多い(ガスクロ・液クロが多用される、有機化合物の分析が多いなど)ので、日本薬局方が変わればそれに呼応した変更はあり得ると思います。環境分析はJISになっているものが多いので、薬局方は無関係と私は考えています。なお、私が知る限りJISに分析法バリデーションの規格はありません。(真度、併行精度、再現精度等の定義や求め方の規格はあります。)

 基本の解説もあり
ICHの変更点だけが解説されているなら読者対象はICHを熟知している人に限られそうですが、この本には「ゼロから学ぶ」と書名にある通り、変更点理解の前提となる基礎事項の説明があります。真度や精度の意味、統計の基礎(平均、標準偏差、母集団と標本、分散など)が書かれています。

 本を買うべき?読むべき?
それでは、この本を買うかどうか迷っている方のために、判断材料になりそうなことを書きます。書店で手に取ってみるのが一番ですが、それができない方は参考にしてください。なお、医薬品分析関係の方は職場で購入されるでしょうから、それ以外の分野を念頭に置いています。あくまで個人の見解です。

【買う価値がありそうな人】
〇分析法のバリデーションをする立場の人
〇分析法の論文を書く人
〇検量線の点数や精度評価の試行数をどうするか根拠がほしい人
〇分析法バリデーションに関する知識を整理したい人

【買うまでもないと思われる人】
ICH Q2(R2)案ICH-Q14案 を解説無しで理解できる人
△分析法のバリデーションをしない人
△自分の分野に波及してから対応すれば良いと思われる人

なお、ページ数のおよそ4割は「資料編」で、ここにはネットで無料公開されている文書が掲載されています。
ICH Q2(R2)分析法バリデーションガイドライン案(e-Govパブリック・コメント)
第十八改正日本薬局方第一追補

個人的には色々な情報を整理できて得るところが多かったです。このブログに書きたいトピックもあるので、おいおい記事にしていきます。

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2023.07.10

「ぶんせき」誌無料公開記事のPDFがある場所

Photo_20230710061301
日本分析化学会の機関誌「ぶんせき」は、なかなか優れものの雑誌です。分析化学の基礎(サンプリングや各分析手法やデータの信頼性etc)から応用(環境や食品やバイオetc)まで、数ページから十数ページ程度の解説が毎月5報ほど掲載されています。ネットで検索しても得られない詳しい情報がまとめられ、しかも公式な文書に引用可能な文献の形で掲載されています。

私は10年ほど前に2年間「ぶんせき」の編集委員を務めさせていただきましたが、執筆依頼のたびに、各分野の専門家の方が実に快く引き受けてくださることに感心しました。分析化学会の歴史や信頼のなせるわざと思っています。

そういう「ぶんせき」ですが、過去分をまとめ読みしようとしたら、かなり参照しにくくなっていることに気づきました。再び探すのはちょっとたいへんなので、自分のメモのためにもどうなっているか書いておきます。

(1)2021年3号-現在の「ぶんせき」のウェブサイトはこちらです。
日本分析化学会機関誌「ぶんせき」
各号の目次が掲載され、伝統的に毎月一部の記事は無料公開されています。今後刊行される号もここに追加されていくと思われます。

(2)2019年1号-2021年3号の「ぶんせき」のウェブサイトはこちらです。
機関誌「ぶんせき」(アーカイブ)
残念ながら無料公開分の記事のみのリンク集です。目次が無いのでその他の記事のタイトルや著者はわかりません。
2023/11/4追記 このリンクは残念ながら無効になりました。(1)の範囲は増えていませんので、非会員は2019年1号-2021年3号の記事内容を参照できません。

(3)1996年1号-2019年12号の「ぶんせき」のウェブサイトはこちらです。
「ぶんせき」目次
全記事の目次と無料公開分の記事へのリンクがあります。現時点ではバックナンバーのほとんどはこのサイトにあります。

利用者の立場からは、3か所に分かれているよりは、全期間分を(1)のウェブサイトで閲覧できる方が便利だと思います。現状では(1)には(2)と(3)の存在について全く書かれていないので、事情を知らなければ、2021年2号以前の「ぶんせき」のサイトに行きつけません。

ところで驚いたのが広告ページの多さ。(1)で無料公開されている解説記事のPDF冒頭には約15ページも広告が付いています。従量課金の環境下ではダウンロードしないように注意した方が良いと思います。ただ、このような広告は(1)の中の解説記事だけのようです。(1)の中の技術紹介やリレーエッセイ等、また、(2)(3)からリンクしている全てのPDFには広告は無いようです。

なお、分析化学会の会員は会員マイページから2001年1号以降の全てのPDFをダウンロードできます。(1)の期間の解説記事についても広告なしのPDFとなっています。

冒頭の写真は会員に配布された最後の冊子版の「ぶんせき」です。表紙左下には次号から電子版に移行する旨のお知らせが書かれています。ちょっと寂しい記念写真です。

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2023.06.25

分析化学会近畿支部 創設70周年記念式典

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日本分析化学会の設立は1952年ですが、近畿支部はその翌年、1953年に創設されたそうです。昨日70周年記念式典が開催されました。 現時点で 近畿支部のウェブサイト に掲載されているのは3月2日付けの案内のみで、ここには記念講演の演者名があるものの、詳細なプログラムは書かれていません。いずれ「ぶんきんニュース」等で詳しい内容が掲載されると思いますが、一足早くレポートします。

日本分析化学会近畿支部創設70周年記念式典
―未来につながる分析化学―

2023年6月24日(土)
大阪工業大学梅田キャンパスOIT梅田タワーにて

10:30-11:30 【プレ企画】常翔ホール前
 学生ポスター発表 27題

13:00-17:00 【記念式典】常翔ホール

1.開会式

2.記念講演
「異分野融合による分析化学の価値向上と国際社会への貢献」
 島津製作所 代表取締役会長 上田 輝久
「科楽のすすめ ―知ることとはかること―」
 紀本電子工業 代表取締役社長 紀本 岳志

3.パネルディスカッション
「分析化学の将来をどう切り開くか」
 進行役 辻 幸一 (大阪公立大学工学研究科)
 支部長 山本 雅博(甲南大学理工学部)
 パネラー
  森 良弘 (同志社大学ビジネス研究科)
  吉田 裕美 (京都工芸繊維大学工芸科学研究科)
  永井 秀典 (産業技術総合研究所)
  鈴木 雅登 (兵庫県立大学理学研究科)

4.学生ポスター優秀賞表彰式
 審査委員長 白井 理 (京都大学農学研究科)

5.閉会式

17:30-19:30 【懇親会】リストランテ翔21

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学会の支部の講演会に島津製作所の会長が!?
これにまず驚きました。上田会長のお話は、自身の経験から得てきた教訓、現在の島津の取り組み、パンデミックが社会を変えた世界史を振り返りつつ未来への展望、という流れでした。分析計測機器の世界市場規模は年間10兆円、島津のシェアは世界第8位だそうです。2026年に市場規模は14兆円になると予測されており、大きな市場というわけではないが確実に伸びているとのことです。世界企業らしい雄大なビジネスの話でした。

紀本社長は近畿支部の個性を表象しているような方で、「はかってなんぼ」のタイトルを考案された方です。100万年前に人類が道具を使い始めて以来の人類史を10万年前、1万年前、1000年前、100年前と対数目盛で俯瞰し、ギリシャ哲学者から現代の理論物理学者までの言葉を引きつつ、観測の重要性や基礎科学衰退への警鐘を語る内容でした。なかなか普段触れることのない教養です。ラファエロなどの絵に青いはっぴ姿の酔っぱらいが隠れている趣向でした。

パネルディスカッションは、最初に山本支部長から、支部会員の年齢層のピークが55~65歳にあり、若手を増やさなければ近い将来支部が衰退しかねない現状が報告されました。それを受けて、学会だけでなく分析化学そのものをどう発展させていくかについて話し合われました。
パネラーの皆さんの意見で共通していたのは、日頃自分が接する範囲の外の専門家と接する機会が欲しいということでした。その際、企業の専門家は対外発表のハードルが高いので、可能な範囲でしゃべれるような工夫が欲しいとか、くじ引きや席の近さでランダムに少人数で話せる場も良いとか、業務で参加すると情報収集が目的になるのでもっと自由に「妄想」を話せればとか、色々なアイデアが出ました。

懇親会で幅広い方々とお話ししました。私は2019年に東京へ転勤しましたが(東京へ転勤&国立衛研旧庁舎)、この春に近畿へ戻ってきました。近畿支部の行事に出席したのも久しぶりでした。しかし話を聞くと、私だけでなく近畿にずっとおられた皆さんもお互い結構久しぶりだったようです。新型コロナウイルス感染症の流行で対面の行事が制約された3年間、その制約が無くなって最初の大きな行事だったようです。
懇親会の締めくくりは恒例の紀本社長による「大阪じめ」でした。

森内実行委員長の発表によれば記念式典は143人、懇親会は104人の参加で、たいへん盛況だったようです。私がこれまでに参加した支部行事の中で一番大きかったと思います。

会場がまた素晴らしかったです。大阪工業大学の梅田キャンパスで、よくあるサテライトキャンパスではなく、高層ビルが丸ごとキャンパスだそうです。冒頭の画像は最上階のレストラン(懇親会場)から見下ろしたHEP FIVEの赤い観覧車です。梅田には高層ビルがいくつもありますが、観覧車を見下ろす眺めにははっとしました。
阪急ターミナルビルとヨドバシカメラとJR大阪駅がどんな位置関係にあるか、地上ではよくわかっていませんでしたが、俯瞰すると理解できました。写真を付けておきます。

この会場、一度は9月に記念式典の日程が決まって確保したのに、分析化学会年会と重なってしまったため急きょ6月に取り直したとのことでした。一等地の大人気の会場で、演者のスケジュール調整も含め、並々ならぬご苦労があったようです。これだけの企画を3カ月も前倒しとは、どんなに大変だったでしょう。タイミングとしては、先月新型コロナウイルス感染症が5類に移行したばかりで、解放感と祝賀ムードが一層盛り上がったように思います。

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