2017.10.09

もし「元素学校」があったら

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冬季オリンピックをひかえてフィギュアスケートのニュースが増えてきました。来月開催されるNHK杯に向けて羽生結弦選手のコメントが放映されていました。
「一つ一つのエレメンツを丁寧にやりながら優勝をめざしてがんばって行きます」

ここで"elements"の語にピクッとしてしまった化学系の人もいるのではないでしょうか?私だけでしょうか・・・

日本語では「元素」といえば元素という意味だけですが、英語のelementには様々な意味があって日常的に使われています。要素、成分、構成部分といった意味です。形容詞形で"elementary school"といえば「小学校」です。

もし化学英語だけを勉強した人が"elementary school"と聞いたら「元素学校」のことだと思うのだろうか?どんな学校だろう?国語とか算数とかでなく、ハロゲンとかアルカリ土類とかが科目だったりして・・・?
などと妄想しました。

西洋の科学知識が大量に導入された時代に「元素」という訳語も作られたのでしょう。明確に「元素」を意味する言葉を持っている私たちは幸運だな・・・と思い、でももしかしたら「元素」だけを意味する英単語があるかも?と考えてWikipediaの 元素 を開きました。この英語版は Chemical element です。なるほど。単語ではなく"chemical element"で「元素」のみを表すのですね。

羽生選手の一言から広がった知識でした。

余談ですが日本語版のWikipediaの 元素 の中で、「元素」の語の使い方に混同や説明不足がある例として某シリーズの元素本が挙げられています。私は同じシリーズから分析化学本を出版しているのでドキッとしました。本を出すというのは勇気がいるものです。

フィギュアスケートのイラストはフリー素材の いらすとや より。

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2017.09.02

「elements~メンデレーエフの奇妙な棚~」のマンガ化

科学技術振興機構の動画サイト サイエンス チャンネル に、実写動画 elements~メンデレーエフの奇妙な棚 があります。
古い動画ですが何とも言えない味わいがあって引き込まれます。このブログでも9年前に紹介しました(紹介記事)。

今年の3月にこの動画のマンガ版が刊行されました。

「元素に恋して マンガで出会う不思議なelementsの世界」
千代田ラフト[原作]、若林文高[監修]、きたがわかよこ[漫画]
創元社
Elements

原作の動画が素晴らしく良いので、果たしてマンガで再現できるのかなと思いました。書店で立ち読みしましたが、あの骨董品店の薄暗さがない白っぽい紙面で、ちょっと買う気が起こりませんでした。
図書館で予約したら3か月でやっと順番が回ってきました。
通読したら、立ち読みした時より少し印象が改善しました。

原作は骨董品店の主人(中高年男性?)が声だけで出演します。そこになんとも言えずミステリアスな雰囲気があります。主人の顔はメンデレーエフに似ているのかも・・・と想像します。

でもマンガでは主人が顔出しで登場。面長でカイゼルひげ、チェックのスーツに山高帽というスタイル。メンデレーエフには似ていません。

プロットはほぼ原作と同じようです。主人が女子高生に元素のすごさをわかりやすく面白く解説。女子高生との愉快なかけあいも原作の雰囲気が出ています。
原作はとてもミステリアスなのですが、マンガでは毎回いつの間にか主人が消えるという設定によってミステリアスさを出しています。

収録されているのは全9話。
第1話は周期表について、第2話は錬金術について。
第3話以降は個別の元素で、取り上げられているのは酸素、金、窒素、アルミニウム、水素、炭素、銀。

マンガをきっかけに久しぶりに動画を見返しました。やはり味わいがあります。最近の技術水準と比べたら画像の質はボロボロと言っていいですが、表現方法が巧みです。

冒頭で挙げた記事で書いた私のおすすめベスト3は、
1 (7)遅れてきた怠け者~希ガス~
2 (17)あやかしの元素たち~ランタノイド~
3 (18)金属の王~鉄~ または (6)永遠の元素~金~ (甲乙つけがたい。)
です。

それから動画のオープニングのナレーションがまたミステリアスなのです。本館サイトの「ふとした言葉」でも一部を引用しましたが(アーカイブ)、マンガ版の扉には全文が掲載されています。これが一番うれしかったりします。以下に引用しておきます。

昔、ある男が奇妙な棚を作り、予言をした。
私はこの棚に「世界のもと」を並べた。
そして棚には空きを残そう。
やがて棚の全てが「世界のもと」で埋まる日が来る。
男は、この世界の姿を解き明かす者。
すなわち、化学をなりわいとする者だった。
男の予言どおり、棚には世界のもとが放り込まれていった。
この棚には、世界の全てがある。
この棚の全てを知れば、
世界の全てを手に入れることが出来る……かもしれない。

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2017.07.17

マニアックな元素本「元素をめぐる美と驚き」

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文庫版の「元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで」(ヒュー・オールダシー=ウィリアムズ著、安部恵子ら訳、早川書房)を読みました。

実は2012年刊行の単行本も読んでいましたが、最後までしっかり読む気になれず後半は斜め読みでした。
今年4月に文庫版が出て、上下巻に分かれているため電車の中などでも読むことができ、きちんと読み終わりました。

化学、特に元素の読みものが好きな方のために、どんな本か紹介します。

まず、初心者向けではありません。既にかなり元素に対する思い入れを持っている人向けだと思います。
その上、本当に楽しむためにはかなり欧米、特にヨーロッパの芸術や文学や歴史に関する予備知識が必要です。

著者は1959年ロンドン生まれのジャーナリスト。学生時代から元素の実物を集めることを趣味とし、芸術や文学や日用品がいかに元素と関わっているかを探求し、元素発見にちなむ各地へ旅をします。

絵画、銅像、彫刻、建築物、ドラマ、映画、詩、小説、果ては化粧に至るまで、元素がどのように活躍しているか述べられます。さらに、元素の命名に神話が使われていることなども。文化と化学を結びつけた膨大なエッセイ集になっています。

Amazonの宣伝文句には「古今東西の逸話を満載した科学ノンフィクション」とありますが、「古今」はあるものの「東西」はどうでしょう。ほぼヨーロッパです。著者が言うには、自然界にある元素のほとんどはヨーロッパで発見されたそうなので仕方ないかもしれませんが。ヨーロッパの文化の素養が無い私にとっては、興味を持続させながら読むのは骨が折れました。

そういうわけで、あまり元素マニアでない方には、まず「スプーンと元素周期表」をお勧めします。元素の面白さがストレートに来ます。このブログでも紹介を書きました(読み応えのある元素本「スプーンと元素周期表」)。これも文庫版が出ています。

が、しかし、「元素をめぐる美と驚き」の元素への思い入れには学びたいと思います。「私たちは元素との必然的な関わりを大事にし、楽しむべきだ」がこの本のメインテーマです。

「へぇ~」と思った内容を箇条書きにしてみます。

  • 炭素が経済の中心に余裕で居座っていられるのは、燃やすとあとかたもなく消え失せる唯一の固体燃料だから

  • メンデレーエフが最初に発表した周期表には、リスク分散のためにさまざまなレイアウトが含められていた。最終形に収まったのは何十年もあとのこと。

  • ジョゼフ・ライトが描いた「リンの発見」の絵。暗い部屋の中でフラスコの中のリンが輝いて神秘的。(参考リンク:3分でわかるジョセフ・ライト

  • アルゼンチンは元素にちなんで名づけられた唯一の国(銀を意味するラテン語argentumから)

  • 硫化カドミウム顔料には青色を除いた虹のほぼすべての色があり、この発見によってゴッホの時代の画家たちは、様々な色を突然使えるようになった。

  • スウェーデンの化学者が使った携帯型の道具「吹管」。分光器に取って代わられるまで使われた。鉱物を熱し、変化する炎の色から金属元素、蒸気の臭いから硫黄などの非金属、音から水の存在などがわかる。

一番印象に残ったのは、最終章、著者がスウェーデンの島にあるイッテルビー鉱山へ旅した話です。この鉱山はイットリウムの語源で、さらに他の6つの元素の発見につながった鉱物の産地です。歴史的な場所であるにもかかわらず今ではひっそりとしていることがうかがえました。
著者が誰もいない道を分け入って小さな鉱山跡にたどり着き、夢中で鉱物のかけらを拾い集める様子は、元素の発見をたどるようでワクワクしました。

冒頭に掲げたのはウィキメディア・コモンズで提供されているイッテルビー鉱山の写真です。

File:Ytterby gruva 2769.jpg
Description
Deutsch: Die Grube Ytterby auf der Insel Resarö in der schwedischen Gemeinde Vaxholm
Svenska: Ytterby gruva på Resarö
Sevärd.svg
Date May 2004
Author Svens Welt

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2017.06.29

麦ごはんに変えた理由

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少し前からごはんに必ず大麦を入れて炊くようになりました。

メディアで大麦(特にもち麦)の健康効果をよく聞きますが、私は「○○は体に良い」という話をいっさい信じたことがありません。
一つ(または少数)の種類の食品だけにそんな万能な効果があるとは思えないからです。

しかし先日、大麦普及の大御所の方とお話しする機会があり、簡単に白米に混ぜて炊ける「米粒麦」というものがあることを知りました。スーパーで手ごろな値段で売られているので買ってきて、白米に3割ほど混ぜて炊いてみました。

おいしいです。私はもともと麦ごはんが好きです。
そしてハッ気がつきました。

「白米は体に良いという話は全く聞いたことがないのに、私は疑いもなく毎日食べ続けてきた!?」

そうなのでした。知らず知らずのうちに「○○を食べ続ける」という生活をしていました。物ごころもつかない幼いころから。

とはいえ、白米って手軽ですよね。どこでも手に入るし、専用の炊飯器があって自動的に炊き上がるし、価格も安いとは言えませんが高いというほどでもない、特売も多い、外食で出されるのもほぼ白飯。白米を食べる習慣を変えるとなると手間や費用がかかりそうです。

しかし「米粒麦」は白米とほどよく混ざり合って手間なくおいしく炊くことができます。これは商品名ではなく、大麦の粒を半分に切断して作られる製品全般のことです。
それから人気の「もち麦」は価格が高めですが、もち麦でない麦(うるち麦)でも効果はあるそうです。

価格は高くない、手間はかからない、味も(私は)好き、それなら「白米を食べ続ける」から「白米と大麦を食べ続ける」に変えるほうが合理的かも?

つまり「白米だけを食べ続ける理由が無いことに気づいた」、それが私が麦ごはんに変えた理由です。

2017/6/30 追記
「大麦普及の大御所」とは、大麦食品推進協議会の会長で大妻女子大学名誉教授の池上幸江さんです。
池上さんは1963年から3年間、国立衛生試験所大阪支所で勤務しておられた大先輩です。先日、支所の最後のOB会でお会いしました。
ご了解を得てお名前を書かせていただきました。

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2017.06.18

GC不要論!?

「ガスクロマトグラフィーは不要になる。残る用途は異性体の識別程度」という、ちょっと過激な予測です。

前記事で書いた興味深い講演をされた津越敬寿さん、その後の懇親会でもう一つ面白い話をうかがいました。

「ソフトなイオン化を使えばGC/MSのGCは不要でMSだけあれば十分になると思う。フラグメンテーションが起こらなければマススペクトル上のピークはすべてイオン付加分子のピークとなり、基本的に化学成分が1ピーク1成分として情報分離されるから。GCは手間と時間がかかるがMSだけなら短時間で結果が得られる」
とのことです。

通常のGC/MSではハードなイオン化(電子イオン化)を行うので1物質から多数のフラグメントイオンができます。こういうマススペクトルがいくつも重なったら解析は非常に難しくなります。
1物質が1ピークになるなら、それはまさにクロマトグラムのようなものでしょう。

津越さんの論文を2報教えていただいて読んでみました。「イオン付着イオン化」というソフトなイオン化を利用して、植物油脂の種類やコーヒー豆の品種を推定するという内容です。どちらの論文にもGCが不要であることの優位性が述べられています。

確かに、GCに注入できる溶液を調製するにはそれなりの手間がかかり、1回の分析にも数分から数十分かかります。ライナーやカラムやMSとの接続部などのメンテナンスも必要です。
別のソフトなイオン化であるDARTがこれだけ普及したのも「試料をかざすだけ」という圧倒的な手軽さゆえ。

共存物質がイオン化効率に影響しないか、定量性はどうなのか、フラグメンテーションが無いとスペクトルライブラリが利用できない・・・といった疑問もすぐに思い浮かびます。でも、GCが不要な分析でGC/MSをやって手間とコストを余計にかけているケースは結構あるのかもしれません。

津越さんとの会話から、「クロマトは当たり前」という自分の固定観念と、ある程度の時間がどうしても必要なクロマトの宿命に気がついたのでした。

参考文献
三島有二ら,「ソフトイオン化質量分析法と多変量解析法を用いる植物油脂の定性分析」,分析化学, 60, 409-418 (2011)
奥村亮平ら,「ダイレクトインレットプローブ/イオン付着イオン化質量分析法を用いるコーヒー豆のアラビカ種及びロブスタ種の識別と配合比率の推定」, 分析化学, 63, 825-830 (2014)

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«「技能試験」「標準物質」の用語に疑問