2012.01.21

壷から出てきたヘビの正体は?

今週届いた「ぶんせき」の表紙を見て、思わずほっこりうれしくなりました。
分析機器を一通り勉強した人なら、この絵が何を表わすかわかるでしょう。
答えは下のほうに、スクロールすれば見えるようにします。ヒントはインド人。

Bunsekishi
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
では答え。表紙の説明を「ぶんせき」1月号から引用します。

表題「光ぶんせきスネークショー」
グラフィックデザイン:松本堅太郎(株式会社堀場製作所)
この作品は、粘土製作から撮影、編集、そしてレイアウトまで、すべての作業を松本堅太郎氏が一人で行いました。
今回のデザインは、ノーベル物理学賞受賞者であるチャンドラセカール・ラマン博士が、ラマン効果を発見した時の博士の驚きがテーマです。ラマン分光の原理をスネークショーに見たてました。インド人であるラマン博士が笛を吹くと(入射光をイメージ)、壷が振動して(分子振動をイメージ)、3色のヘビ(ストークス散乱、レイリー散乱、アンチストークス散乱をイメージ)が出てきて、博士が驚く(新たな発見)というストーリーです。

ラマン分光の絵なんですね。分子と光と思えば、壷もヘビもかわいいこと!
ヘビのクネクネが短波長の光ほどこまかくちゃんと作られているのも心にくいです。
「ぶんせき」の表紙は一年間同じですから、この表紙の冊子が12回届くことになります。
毎月、こちらで記事の一部のPDFが公開されています:日本分析化学会「ぶんせき」

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2011.10.31

○×問題、誤報はどれか(キログラム原器後の新標準)

昨日、キログラム原器に関する朝日新聞(2011/10/22)の報道が正確でなかったと書きました。(キログラム原器に替わる新標準は?
他のメディアはどう伝えたか気になったのでチェックしてみました。
並べたらなかなか面白い問題集になりました。どれが○でどれが×でしょう? 1号決議に照らして・・・。

日本経済新聞 重さの国際基準、120年ぶり見直しへ 「キログラム原器」から(2011/10/22 10:04)
現時点では記事は削除されているのでGoogleのキャッシュより。

新たな基準には複数の案が浮上しており、加盟国は今後、協調して調査研究を進める。日本の産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が研究を進めているレーザー技術を用いた手法も有力案の一つ。早ければ4年後の総会で新基準が採用される。

読売新聞 キログラムの定義、120年ぶり見直しへ

そのため定義の見直しの必要性が指摘されていた。今後は、質量の単位を原子の数、エネルギー量など普遍的な形で定義し、それをもとに分銅を作製する。

産経新聞 「重さ」120年ぶり新基準 高精度測定へ複数案

新たな基準には技術的に異なる複数の案が浮上しており、加盟国は今後、協調して調査研究を進める。日本の産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が研究を進めているレーザー技術を用いた手法も有力案の一つ。早ければ4年後の総会で新基準が採用される。

NHK キログラムの定義を見直しへ(10月17日 20:50更新)

それでは、今後検討されている新たな基準とは、どのようなものでしょうか。
これまでのように分銅に頼るのではなく、物理現象に基づいた、より普遍的な国際基準となります。もう少し具体的に言いますと、物理定数に基づいて、物体の原子の数から重さを決める方法などが検討されることになっています。

NHK 「キログラム」国際基準見直し(10月22日 4時6分)
現時点では記事は削除されているのでGoogleのキャッシュより。

今後は、日本の独立行政法人の産業技術総合研究所が進める最先端の研究に基づいた物体の原子の数から重さを決める方法などを用いることで3年後の次の総会に向けて、「キログラム」の新たな基準作りを急ぐことになりました。

答えは(ちょっと甘い採点ですが)
正確:日経、産経、NHK
不正確:読売

ポイントは、「定義」と「基準」のどちらの言葉を使っているか。
今回の総会では、キログラムの定義はプランク定数によることが決議されました。ただし、プランク定数を正確にどんな数値にするかはまだ決まっていません。今後何年もかけて多くの科学者が実験をして値を決めます。
さらに、その値を実験的に求めるためには、原子の数を数えるアプローチも重要です。つまり、産総研の研究も基準作りの一翼を担います。

ついでに言えば、CGPMのプレスリリースで、今までの総会は4年ごとに開催してきたけれどこれからは3年ごとに開くと書かれていますので、「4年後」と書いている産経の記述は間違い。NHKの「3年後」が正しい。

それにしても、新定義はプランク定数に基づくとする決議を明確に書いたのは、四大紙とNHKの中では毎日新聞だけのようです。プランク定数6.62606… ×10-34 Jsの最後のほうの数字がどうなるかよりも、これがキログラム原器にとって代わることのほうが、よほど大事件だと思うのですが。

プランク定数という言葉が難しすぎるなら、「(質量とエネルギーは等価なので)キログラムは光子のエネルギーとして定義されるようになる」でも良いと思います。

検索した中で、シェーマさんが作られたまとめページが光っていました。毎日新聞の記事を的確に選んだ引用。さすがです。
キログラム原器とプランク定数(Togetter)

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2011.10.30

キログラム原器に替わる新標準は?

10月21日にパリ近郊で開かれた第24回国際度量衡総会で、キログラム原器廃止の方針が決議されました。すぐに廃止というわけでなく、第25回総会(2014年)以降になるようです。

何がキログラム原器に替わる質量の新標準になるのでしょう?
この報道をめぐって、朝日新聞と毎日新聞の間に一見食い違いがありました。どちらが正しいのかちょっと調べて、ついでにあれこれ考えました。

 アボガドロ定数かプランク定数か

朝日新聞朝刊(10月22日)の「ニュースがわからん!キログラム原器 なぜ廃止なんじゃ」(Web版)では次のように書かれています。

ホ 質量の新しい定義は、どうするんじゃ?

A 検討されている有力な方法が二つある。一つは、純度の高いケイ素の結晶に含まれる原子の数を正確に数え上げ、一定数をもって1キログラムと定義する方法。ケイ素は半導体材料として研究が進み、純粋で大きな結晶を作りやすいから選ばれた。日本と米国、英国、ドイツなどが協力して研究を進め、原子の数をどれだけ正確に数えられるか精度を競っている。

ア もう一つは?

A 非常に精密なてんびんをつくり、コイルに電流を流した際に生まれる磁場の力と、分銅を正確に釣り合わせる。コイルの動く距離とスピード、電流と電圧を極めて精密に測り、1キログラムを定義する。米英で研究が進められているよ。

これらのうち「原子の数を正確に数え上げ、一定数をもって1キログラムと定義」とは、アボガドロ定数を使うことを意味します。

毎日新聞の紙面は私は読んでいませんが、ウェブでは次の記事が掲載されています。国際質量基準:200年ぶり見直し ゲンキがなくなる キログラム原器ですが…(2011年10月22日 東京朝刊)

質量の単位「キログラム」を定義する国際基準が約200年ぶりに見直される。目安となる人工物を使ってきたが、ミクロの世界を記述する量子論に登場する「プランク定数」をもとに決めるという。21日までパリで開かれていた国際度量衡総会で検討が始まった。

つまり、新しい基準を朝日新聞は「未定」毎日新聞は「プランク定数」と書いています。いったいどっち?

 本家のサイトを読んでみたら

国際度量衡局(BIPM)のサイトを読んでみました。結論的には毎日新聞が正確のようです。
1号決議の中で、新しい定義が次のように提案されています。(2ページの最後のほう、大雑把に意訳しました。)

・まず133Csの放射の周期から秒を定義する。
・次に真空中の光の速さcからメートルを定義する。
・そしてプランク定数hは正確に6.62606… ×10-34 ジュール秒と定義する。(…のところは数桁の数字)

アボガドロ定数は使わないようです。しかし、どうしてこれで質量を定義したことになるのでしょうか?

 プランク定数と質量の関係

ここからの説明は、中央公論新社「<はかる>科学」の中の「第2章 キログラムの再定義」(藤井賢一)を参考にしています。
高校の物理で「エネルギーと質量は等価」と勉強しました。静止質量mの物質のエネルギーE
 E = mc2
と表せるのでしたよね。
この物質と同じエネルギーEを持つ光子を考えると、そのエネルギーは、やはり高校で勉強したとおり、振動数νにプランク定数hをかけたものです。
 E = hν
これら2つの式をνについて解くと
 ν = mc2/h
となります。mが1キログラムならν = c2/hですから、

1キログラムは周波数がc2/hヘルツの光子のエネルギーと等価な質量である。
とも表現できます。定義済みの光速とプランク定数で質量を表せるのですね。

 アボガドロ定数で定義するとどうなる?

化学を専門にしている人にとっては、アボガドロ定数と質量のほうがはるかに直感的に結びつきやすいでしょう。こちらを使えば、例えばこんな定義になるそうです。

1キログラムは、5.018… ×1025個の炭素原子12Cの質量に等しい。(…のところは数桁の数字)

どうしてこちらが採用されなかったのか。先の本では、「相対論的量子論の立場から、あるいは、電圧や電気抵抗などの電気量を物理的に決める際の実用性の立場から、プランク定数による定義を支持する関係者も多い」と書かれています。

私には物理のことはよくわかりませんが、時間の定義で133Csを使う上、さらに別の原子12Cも出てくるのは美しくないかなという感じがします。プランク定数のように、より普遍的なもので定義するほうがきれいでしょう。

 実験的にはアボガドロ定数が先行?

プランク定数で質量を定義できるようになるためには、プランク定数の正確な値を求めなければなりません。既にキログラム原器に基づいて築かれてきた科学的な知見の体系とずれるようなことがあっては、後に修正を迫られたりするかもしれません。

そのために、実験的に求められるプランク定数と、まったく別の実験で求められるアボガドロ定数、この2つが質量またはエネルギーを介して矛盾なく整合するのを確かめる必要があります。

今のところ、理論値との整合性ではアボガドロ定数が先を行っているようです。
国際度量衡局のプレスリリースでは、目標の不確かさは1kgに対して20μg以下だが、現在求められているプランク定数の不確かさは44μgであると述べています。
(2011/11/2追記 このプレスリリースからリンクしている CODATAの定数調整2010の概要 を読んだら、アボガドロ定数の不確かさは30μg相当、プランク定数の不確かさは36μg相当、両者の値が一致していないからどちらの不確かさも44μg相当にしたと書かれています。これらは相互に計算で導くことができるので、不可分のものとして考えるようです。)

プランク定数の求め方は私にはよくわかりませんが、実験的にアボガドロ定数を求める方法は、極めて高純度の28Si結晶から1kgのシリコン球を切り出し、その体積と結晶構造から28Si原子の数を数えるというものです。2004年から始まった国際プロジェクトでは、日本も大きな役割を果たしているそうです。

朝日新聞の報道はよく読むと、新しい定義を裏づける実験の経過を説明しているようです。どうも、「裏づけ」でなく「定義」と書いてしまったために紛らわしくなったのかもしれません。

 モルはアボガドロ定数で定義されることに

今回の総会では、キログラムの定義以外にもいくつかの再定義が提案されました。モルも再定義されることになります。現在の定義では1モルは「0.012kgの12Cの中に存在する原子の数に等しい数の要素粒子を含む系の物質量」ですが、新しい定義では具体的な個数が述べられます。この定義のためにも、アボガドロ定数を実験的に求めることは重要です。

新しい定義が採用されたら、12Cのモル質量は、現在のようにぴったり12 g/molではなくなります。12に極めて近い値ですが、ある不確かさを持った値になります。個人的にはなんだか寂しいです。


 ところで1kgの物質のエネルギーって?

最後に、キログラム原器の替わりに、プランク定数を介してエネルギーとして定義される質量単位、それはどんな大きさでしょうか?
E = mc2m = 1と光速(1秒に30万キロメートル。つまり3 × 108m/s)を代入すると、9 × 1016ジュールです。
私たちが1日に食べる食事がだいたい2000kcalとすると、1 cal = 4.2 J なので、約8.4 × 106ジュール。物質1kgのエネルギーは、私たちの食事の約1010日分、約3000万年分ということになります。
また、あまり使いたくない例えですが、広島型原爆のエネルギーは約5 × 1013ジュールだそうですから、1000個分以上となります。

こんな途方もない大きさのエネルギーが、あの手のひらサイズのかわいい分銅に取って代わるわけですね。直感的には、炭素原子からの定義のほうが親しみが持てたかも…と、やはり化学派の私は若干アボガドロ定数からの定義に未練があるのでした。

<参考文献>
阪上孝、後藤武 編著「<はかる>科学 計・測・量・謀…はかるをめぐる12話 (中公新書)」中央公論新社 (2007) 目次(分析化学のおすすめ本)

無料で読めるPDFファイルなら
日高洋、ぶんせき、2005, 72 「アボガドロ定数はどこまで求まっているか」

(2011/10/31 追記)
プランク定数の単位に「秒」を付け忘れていたので付けました。「原子質量」と書いていましたが「モル質量」に改めました。

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2011.09.23

秋分の日に

分析展が終わって秋らしくなってきました。小さな話題をいくつか。

 分析展の愛称
去年 「分析展」「科学機器展」合同展の名称募集 で書いたとおり愛称が決まる予定でしたから、今年は楽しみにチラシを手に取った方も多かったのでは。
残念ながら名称の決定は延期だそうです。当展示会の統一名称決定について(事務局NEWS) から、やはり今年は大変な年でやむをえないことと感じます。

 要旨集の配布終了
日中農薬残留分析交流会セミナー(2011)講演要旨集配布 でご紹介した冊子は、配布可能分が全部なくなったそうです。

 ワインと分析
最新ワイン分析機器、1万円なり…山梨大開発
山梨大学にはワイン科学研究センターという施設があるのですね。そこで、LEDの光の吸収率によって「色」「ポリフェノール含有量」「濁度」「果汁中の窒素化合物の量」「渋み成分の量」の5項目について、ほぼ正確なデータを得ることに成功したというニュースです。ソムリエの 堀野さん と本を書いて以来、ワインに親しみを感じています。

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読み応えのある元素本「スプーンと元素周期表」

Spoonまた出遅れた書籍紹介です。
一か月前に読み終えて、ここに書こう書こうと思いながら忙しさに取り紛れていました。
もう今さらなので、身辺雑記の一つとして数行だけ書こうか?
と思いながら読書メモを読み返してみたら、面白い!
読書メモが面白いなんて自画自賛ですけど、これをこのまま載せれば手間もかからないし、これ以上遅れるよりは良いでしょう。
書き方はぶっきらぼうですがご容赦ください。

(以下読書メモより)-----------------------------
2011年08月23日

スプーンと元素周期表: 「最も簡潔な人類史」への手引き
サム・キーン著、松井信彦訳(早川書房)

予想以上に厚く字が細かい。でもそれだけの価値がある。雑事をこなす合間の時間を工面して、私にしては速く読み切った。

本文と注の合計が440ページほど。図表は少なく、章扉に1ページ使うこともなく(扉も半分以上本文)、びっしり文章が詰まっている。読むには時間がかかる。それだけの分量の中に、人類と元素の歴史が網羅されている。

よくある元素本のように元素順でない。年代順でもない。
「毒」「戦争」「貨幣」「泡」のように、興味を引かれる切り口で、人と元素が語られる。テンポが良い。飽きない。

完結しないまま次へ行く感じはあるが、興味を持ったことはネットで調べられる時代。
読みながら何度も検索した。動画も出てくる。

原題は"The Disappearing Spoon"、ガリウムで作られた消えるスプーンのこと。
検索すれば動画が見られるそうなので検索した。いくつかある中の一つはこれ。
http://www.youtube.com/watch?v=kIbYiO5BRYk
スプーンを自作できるDIYキットの宣伝らしい。

邦訳タイトルは、注意しなければ何のことかわからない。読んでいる途中では、ガリウムのスプーンのこととわからなかった。「消える」がタイトルにないから。
このタイトルは成功しているのだろうか。まあ、「元素周期表」を除くわけにいかないだろうから仕方ないか。

やはり自分は量子力学がまるでわかっていないと感じた。
特に驚いたのは、微細構造定数αと元素の限界の関係。(p.399)
知らなかった。
αは約1/137であり、原子の陽子の数とこの定数との比が1に近づくについて、内核電子の速さは光速に近づくため、137番元素が限界で、それ以上では内核電子は光速より速くなる計算になるそうだ。
元素がこんな制約を受けていたとは知らなかった。

<その他の面白かったところ>
p.155
サマリウムの語源
おべっかだった

p.217
才能がつぎ込まれる動機としての敵意を侮ることなかれ

p.282
アメリカでしか使われていない aluminum
国際つづり aluminium

p.290
「科学史とは科学そのもの」
著者が世話になった実習担当氏の言葉らしい

p.334
人類が力ずくで化合物にするのに最も苦労した元素のチャンピオンはアルゴン

p.342
超微視的スケールでの不確定性が巨視的スケールの何かに影響を及ぼすという事例はほぼ一つしかない。ボース=アインシュタイン凝縮である。

p.358
ラザフォード「科学には物理学しかない。その他すべては切手集めのようなもの」
のちにノーベル化学賞を受賞して言えなくなった。

p.379
オクロ
存在が知られている唯一の天然核分裂反応炉

p.391
地球を構成する元素の中で最も希少な天然元素 アスタチン
総量1オンス(約30g)

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«それでも分析屋ははかり続けるしかない